第326話


「ううう〜」

「・・・」

「やだっ」

「はぁ〜、ディア」


 渋るディアを何とかクズネーツ迄連れて来た俺だったが、ディアは直前になり最後の抵抗に出ていた。


「アナスタシアだけじゃ、流石に手が足りないんだよ」

「ちゅかさがいけばいいっ」

「出来ればやってるさ」

「うそっ、さむいからだ‼︎」

「だからなぁ・・・」

「司様」

「あ、あぁ、アナスタシア」


 俺が抵抗するディアに困り果てていると、手早くダイバースーツに着替えたアナスタシアがやって来た。


「どうかしましたか?」

「ディアがなぁ・・・」

「・・・っ」


 俺がアナスタシアにディアの抵抗を伝えると、ディアはその身をびくりと強張らせた。


「なるほど・・・、ディア」

「うっ・・・」

「早く着替えなさい」

「・・・ゃ」

「ディア・・・?」

「ううう〜・・・、わかったっ‼︎」


 アナスタシアからの静かなるプレッシャーに、ディアは殆ど抵抗もせず、王都の開発関係者の用意してくれたテントへと移動していった。


「ふぅ〜、すいません、司様」

「いや、アナスタシアは何も悪くない。俺こそ謝らないといけないんだ」

「いえ。私の教育が上手くいかなかったのです」

「・・・いやぁ」


 アナスタシアは彼女の真面目さの分かる反応を見せたが、アンならともかくディアはそもそも屋敷の仕事を殆どさせていないのだし、その教育の責任は全て俺に有るだろう。


「でも、それ・・・、寒く無いのか?」

「ええ、問題有りません」

「そうか、なら良いんだが」


 急な俺からの依頼にもアナスタシアはすぐに応えてくれて、今日は屋敷の仕事をアンに任せクズネーツへと来てくれていた。


「司様の狩った海龍の鱗と皮を使用して製作したそうですよ?」


 確かに見てみると、アナスタシアの着ているダイバースーツには海龍の素材を使用してるのが見て取れた。


「へぇ〜、そういえば鱗と皮と骨は陛下に売ったからなぁ」


 俺が最初のクズネーツへの航海で手に入れた海龍の素材は、肉は殆ど市場とマランに売ったが、一部の肉は国王に献上したり、ローズに渡し国内の貴族達へと贈り物とした。


(その時に国王が王都の魔工技師達から頼まれ、開発に使用出来そうな素材を国で買い取りたいと言って来たんだよな)


 その後、どんな物を作ったか情報は入って来なかったが、今になって助けられるとはなぁ・・・。


「司」

「ブラートさん」

「船の準備が出来た様だから、俺はそっちへ行かせてもらう」

「はい、お願いします」


 今回の引き揚げは、調査を経ずに即実行となる為、作業時間の見当が付かず、不測の事態に備えてマラン達の船団が近海を警備していた。

 ブラートは引き揚げの作業を行う船に乗船し、警戒に当たってくれる様だ。


「むう〜」

「おぉ、ってディアッ」

「なに?」

「何で幼児形態のままなんだ?」

「べつになにもこないし、だいじょうぶっ」

「ディア」

「・・・っ」

「九尾になりなさい」

「ううう〜、なんかきたらなるっ」


 本当の最後の抵抗だろう。

 ディアは幼児形態のままダイバースーツを着込んでいた。


(でも、魔工技師達はよくこのサイズを用意しておいたなぁ・・・)


 ディアも最近は任務に対して協力的だったし、颯の世話などもよく焼いていてくれたが、今回は流石に真冬の極寒の海での作業、如何に種族的に活動が可能とはいえ、この抵抗も仕方ないと感じた。


「ディ・・・」

「良いよ、アナスタシア」

「司様・・・」

「ディア?」

「・・・なにっ?」

「そのままで行って良いぞ」

「・・・」

「ただ、海の中ではちゃんとアナスタシアの手伝いをしてあげてくれ」

「・・・」

「良いな?」

「・・・わかってるもんっ」

「良し・・・。悪いが頼む、アナスタシア」

「ですが・・・」

「大丈夫だっ」


 アナスタシアは危険を考え、ディアを変身させようとしたが、俺はそれを遮り漆黒の装衣を纏った。


「司様・・・」

「安心しろ、アナスタシアとディアは必ず俺が守る」

「・・・」

「分かりました・・・、お願いします」

「あぁ。頼んだぞ、アナスタシア、ディア」


 2人を激励し、俺は漆黒の翼を広げ空へと飛び立った。


「・・・良し、異変は無いな」


 クズネーツ近海は海龍の生息地では無かったが、地球と同じで此のザブル・ジャーチも海底の全ては解明して無かった。


「始まったか・・・」


 俺が上空で警戒に当たっていると、アナスタシアとディアが海へと潜って行った。


「ナウタの船からの連絡も無いな」


 俺は岸から少し離れた洋上で警戒に当たる、ナウタの船団から信号が出ていない事を確認した。


「・・・やはり無理かぁ」


 俺は瞳に魔力を込めてみたが、海中で作業するアナスタシアとディアの様子は窺えなかった。


「・・・」


 その後、1時間は経っただろうか・・・。


「・・・っ、はぁ、はぁ・・・、はぁ」

「アナスタシアッ‼︎」


 海面に浮上したアナスタシアへと俺は翔け寄った。


「・・・はぁ、つか・・・さ、様ぁ」

「大丈夫か⁈」

「は・・・、い」

「ディアは?」

「もうすぐ・・・」

「・・・ぶっ」


 アナスタシアの言葉通り、ディアは1分とせず浮上して来て、勢い良く水を吐き出した。


「ディア‼︎」

「う・・・う、ぅぅ・・・、うっ」

「大丈夫か⁈」

「うっ・・・、さいっ‼︎」

「・・・っ」

「だい・・・、じょぅ・・・わけ、ないっ‼︎」

「あぁ、すまない」


 ディアは寒さと疲労で震えながら、イライラを吐き捨てる様に応えて来た。


「・・・始まったか」


 船に視線を向けると引き揚げ作業が始まっていた。


「とにかく、2人共つかまってくれ」

「はぃ・・・」

「ぅぅ・・・、っ」


 俺にしがみついた2人を抱えると、2人の身体の芯から冷気が伝わって来て、如何に大変な作業で有ったかが伝わって来た。


「ありがとう・・・、アナスタシア、ディア」


 2人を抱え陸へと空を翔けた俺。

 其の背には纏う漆黒の装衣よりも、深い闇を感じさせる漆黒の鉱石が引き揚げられていたのだった。

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