第260話


「終わったわね」

「あぁ」

「・・・」

「ローズ?」

「改めまして・・・。不束者ですがどうかよろしくお願いします」

「此方こそ、至らないところだらけですけどよろしくお願いします」

「司・・・」

「ローズ・・・」


 俺とローズは結婚式を終えた夜、ローズの部屋、窓から注ぐ月明かりがだけを頼りに強く抱き合った。


「おはようございます、司様」

「おはよう、アナスタシア」

「早いですね?ローズ様は?」

「もう起きてるよ。颯が珍しく朝から元気でな」

「そうですか・・・」


 翌朝、俺がリアタフテ家の演習場へ向かうと、アナスタシアが既に稽古を始めていた。


「どうだ、ラプラスから教えられた魔法は?」

「そうですね・・・、正直なところ、かなり難しいのですが、何とかものにしたいですね」

「そうか・・・」


 ラプラスがアナスタシアへと教えた魔法は、単純なものだが、これ迄魔法を使用した事の無かったアナスタシアには、瞬時に其れを詠唱するのは難しい様子だった。


(ただ、魔法の効果的には、詠唱に時間が掛かるとなぁ・・・)


「ううう・・・」

「おっ、居たのか、ディア?」

「・・・むう〜」


 幼児形態で地面に座り込み、俺を恨めしそうに見上げるディア。

 次の標的であるゼムリャー戦に向け、彼女には家事の手伝いを辞めさせて、訓練に時間を当てさせていた。


「さあ、立ちなさい」

「うう〜、ちゅかさっ、このわんこうるさい‼︎」

「・・・貴女ね」

「すまん、アナスタシア」

「司様・・・。私は良いのです。それよりもっ」

「・・・ふんっ」

「ディア、司様は貴女のご主人様なのですよ?礼節をわきまえなさい」

「べ〜・・・、だっ‼︎」


 ディアは舌が攣るんじゃないかと心配になる位、目一杯舌を伸ばしていた。


「ディア、いつまでも座ってないで立つんだ」

「やだっ」

「ちゃんと訓練しとかないと、お前自身が危険に陥る可能性が出て来るんだぞ?」

「ちゅかさ、ひとりでいけばいいもんっ」

「嫌だね」

「むう〜」

「俺は自殺志願者じゃ無いんだ、そんな無謀な真似はしないぞ」

「・・・ふんっ」


 ラプラスから得られたゼムリャーの情報。

 其れは土龍を副産物として従えているという事だ。

 力関係として、ゼムリャーがスヴュートと比べて、どの程度の位置にいるのかは分からないが、同程度だと想定するなら、俺1人ではゼムリャーを相手にするのが限界だろう。

 その為、土龍を抑えるパーティメンバーが、絶対必要だった。


「それに・・・、此れを」

「・・・っ」

「司様、其れは?」

「あぁ、血縫いの槍という・・・、ディアの得物だ」

「なんで?」

「あぁ、陛下が調査終了したから返してくれたのさ」

「・・・」


 俺は最近船の相談や、結婚の事を連絡する為に頻繁に王都に顔を出していたのだが、その時に国王が此の槍の返還と、取り扱いについては、俺に一任するとの許可を得た。


(正直、此れ程強力な武器を返してくれるとは思わなかったが・・・)


 だが、折角返してくれたのだから使わない手はなかった。


「同時に陛下は、お前のエルマーナの件等への関与の可能性も無いとの判断を下された」

「かんけいないもんっ‼︎」

「そうだ。だから、旅への同行にも問題は無い」

「・・・」

「お前が此処に残って屋敷の役に立てるなら、俺も無理にとは言わないが、それが出来ない以上、俺と同行してもらう」

「むう〜」

「ディア、働かざる者食うべからずだぞ?」

「・・・」

「ディア?」


 俺からのとどめの一言に、ディアは渋々ながらも九尾の銀弧の姿へと変化した。


(意外とシビアな感覚だからなぁ・・・)


 ディアはその幼少期のミラーシでの扱いからか、我儘な態度はとるが、仕事をして糧を得るという事には不満は口にしても、逆らう事はしなかった。


「妾は土遊びの趣味なぞ無いっ」

「なら、完封すれば良いさ」

「気楽に言いおって・・・」

「そうかぁ?危険が減るのは俺も望むところだ」

「くっ・・・」

「・・・まぁ良い、始めるぞっ‼︎」

「・・・ふんっ、地面に這い蹲らしてくれるっ‼︎」

「おいっ、血縫いの槍は稽古で使うな‼︎」

「聞こえぬっ‼︎」

「・・・っ‼︎」


 こうして、世界一スリリングな稽古を始めたのだった。

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