第178話


「・・・」

「どういう・・・、っ⁈」


 行方不明になったと思われていたエルマーナが眼前に現れ、俺は何の目的で族に協力などしているのか問おうと、倒れたエルマーナへと詰め寄りかけた・・・、次の瞬間。


(しまった・・・)


 背筋が凍る様な寒気を感じたが、然し、俺の身体は身震いをする事すら出来なくなった。


「ふふ、お見事です」


 わざわざ、俺の目の前迄、歩いて来たルグーン。

 其の表情は、何の変哲も無い相貌に、引き攣った異常な笑みを浮かべていた。


「やはり、真田様でも動けなくなる様ですね?」

「・・・」

「おや?口や喉も動かさなくなるのですか?其れだと呼吸はどうなっているのでしょう?」

「・・・」


(其れは可能なんだよっ)


 俺は焦り一色の意識の中で、律儀にルグーンへと答えてやった。


(あれはやはり・・・)


 視界の先、月光により地面に描かれた影が僅かに動くのが見えた。


(一瞬の隙を縫狙われたか・・・。つまりあの仮面を被った敵は既に回復を終えているのか)


 俺は其れを理解した所で何も出来ない事で、言い様の無い焦燥感に駆られた。


「さて・・・、真田様?」

「・・・」

「我々もそろそろ退がる頃合いですので・・・」

「・・・」

「死んで頂けますか?」

「・・・」


 俺へと5センチの距離まで詰め寄り、顎下から眺める様にし、小馬鹿にした様な態度で、然し、無表情で俺へと終わりを告げて来た。


「あっ?私とした事が失念していました」

「・・・」

「真田様、九尾の銀弧の行方を知りませんか?」

「・・・」

「サンクテュエールで最高の賞金首だった、伝説の獣人。真田様が捕らえたと聞いているのですが?」

「・・・」


 ルグーンはディアについて、俺へと問い掛けて来たが、俺は何の事を言ってるのか理解出来なかった。


(確か、ルグーンは捜索の時や街でディアと会っている筈だ)


 もしかして、此の混乱に乗じてディアが何処かに逃げ出したのか?

 俺はそんな風に考えたが、どうやらそうでは無かったらしい。


「私が何とか仕入れた情報は、真田様が九尾の銀弧を捕らえたという事。其れと協力者にディシプルのフォール将軍、そしてあの忌々しいダークエルフが居たという事だけなのですよ」

「・・・」

「九尾の銀弧については、真田様が王都に連行して以降の消息が掴めていないのです」

「・・・」

「止む得なく、ミラーシを襲い此の長を手に入れたのですが・・・」

「・・・」


(・・・っ⁈)


 ルグーンの口から語られた衝撃の事実。

 今、此奴は確かにミラーシを襲い、エルマーナを手に入れたと言った。

 つまり、目の前のリエース大森林が焼け野原になったのも、ミラーシが滅んだのも、犯人はルグーンという事なのだ。


「・・・」


 俺はルグーンが語る事に何も反応を示さないエルマーナに、何らかの支配的な魔法を疑った。

 俺がミラーシを訪問し、エルマーナに謁見した時の振る舞いを思い出すと、ミラーシと自身への口振りを許す筈は無いだろう。

 其れらの内容を整理すると、どういう原理かは分からないが、ルグーンはディアの事を九尾の銀弧としては認識出来ていないらしかった。


(此奴の目的などに協力する必要は無いだろう)


 俺のそんな心の声に気付いたのか、ルグーンは俺から距離を取った。


「まあ、良いでしょう。今日はリアタフテに至る可能性を、2つも手に入れたのですから、此れで良しとしましょう」

「・・・」

「其れでは、お願い致します」

「・・・」


 上空に向かい、恭しく一礼するルグーン。

 空に浮かぶ敵は、光の剣を生み出し、俺へと狙いを定めた様だ。


(くそっ・・・、どうにか出来ないのかっ)


 俺は頭では全身に力を込め様としたり、魔力を循環させ様としてみたが、四肢も魔流脈も其の脳からの指示には応える事は無かった。


「其れでは真田様、短い異世界生活お疲れ様でした」

「・・・」


 ルグーンの言葉を合図に、俺の胸を貫こうと襲い掛かった光の剣。


(くそおぉぉぉ‼︎)


 眼前へと迫った其れに、俺は心の中で咆哮を上げる。

 次の瞬間、俺が喰らった衝撃は、覚悟した胸を貫抜く刺突の痛みでは無く、脇腹に減り込んだ打撃の痛みと、其れにより吹き飛ばされた自身の身体が地面を滑り出来た擦り傷の痛みだった。


「・・・な、何だ?」

「・・・」


 俺は吹き飛ばされた事により、縫の効果が切れ、声が出せる様になったのだった。

 視線を自身が先程迄、身動きが取れなくなっていた場所に移す。


「・・・っ」


 其処には狙いを失い、地面へと突き刺さった光の剣と、そして・・・。


「あ、貴方は・・・、ケンイチ様っ‼︎」

「・・・」


 其処には、絶体絶命だった俺を救った、ケンイチ=リアタフテその人が立っているのだった。

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