女優島崎遥香2026




TWO DECADES AKB20th


AKB48オープン20周年記念祭、2026年11月、於 東京コンベンションホール





「来ないよ、もうぱるは。大河ドラマ大詰めでしょ、来れるわけないっしょ」




「うん、でももうちょっと待ってみる」




「だったら、中で待てばいいじゃん、風邪引いちゃうよ」




「なんか来そうな気がするんだよねぇ、胸の辺りがざわざわっとして」




彼女は昔からそういうところがあった。


美侑のざわつく時は何かが起こる。


美奈の移籍もまりやぎの卒業もぱるるの卒業の告白も、


そしてあのJAPAN48の衝撃も、


みんな、そんな美侑のざわつきから始まった。




でもそれは、いわゆる、人の持つスピリッチュアル的なものではなく、美侑の場合、きちんとしたデーターに裏付けされたざわつき


美侑の持つ天性の洞察力は、卒業後、フォトアーティストとして開花した。そんなアーティスティックな目線でかき集めた情報、それが彼女の頭のなかでピンポ~ンと弾けた時、そのときだけ美侑の胸のなかがざわつく。


ちなみに、私の卒業に関しては彼女の胸はざわついたことはまだない。


だって・・・まだ居るんだもん、私はAKB48に。




「島田~~!」




「ハイ~、なに~たかみなさん!」




「ちょっとこっち来てみんな案内して~」




「は~い、今行くっす~!」




まさかトゥディケイド20thまでいるとは思いもしなかった。


当然のことながら、九期生は誰もいない。横山も東京オリンピックの前年に辞めていった。


AKBグループ最年長、アイドルで32歳ってどうかとも思うけど


でも、出てけと言われないんだから仕方がない。




「島田ももうある意味レジェンドなんだから」


秋元先生のそんな言葉が私の折れそうな心を後押ししてきた。


圏外の意地で押し通ってみろ、そんな言葉も頂いてる。


幸せだとも思う・・・


17年連続圏外、1000人の大台を越えたAKBグループで80人のなかに入れるなんてもう思ってやしない。


私のたどり着くべきところはもうそんなところではないんだ。





「晴香」




「うん?」




「ほら、見て!」




ぱるるだった。


見覚えのあるリンカーンコンチネンタルのピュアホワイトの車体がエントランスを抜け、滑るように車止めに止まる。辺り一帯が波打つようにざわつき始めるのが分かった。


待ち受けていた報道陣が群れを成して一斉に駆けていく。


それを予期していたように数人の大柄なボディガードが後部座席のドアに張り付くようにして待機。スタッフも総出で報道陣を掻き分け彼女の為の道を作る。穏やかだったお祭りムードが一転して緊張感に包まれたようにも見えた。




「あそこ迄しないでいいと思うんだけどねぇ、いくら今をときめく島崎遥香でも」



「知らないの?晴香」




「なにを?」




「なにをって、殺害予告流れたらしいのよ、ネットで」




「えーっ、なにそれっ!」




「殺すぞてめーっとかそんなんじゃなくて、なんかもっとねちっこ系のやつ・・」




そういえば朝からやたらと警備の人達が目についた。


スタッフさんのそわそわもいつもと違ったし、初めて見る人が多かったのはそのせいかもしれない。


なんか知らないところで大変なことが起こってる、


そう思うと急に変な汗が首筋から背中にかけてジュワッと沸き上がった。




「じゃあ、あんたなんで、ぱる来るって思ったのよ、来るわけないじゃんそれだったら」




「だから来るって。そんな時に限って来るのよ、何故かぱるるは」




確かに・・・


こちらの望んだ事の逆を行くというか、流れに逆らうというか


なにか常識と非常識のひやひやとワクワクの間をまるで楽しむように泳ぎ回ってる印象がぱるるにはずっとある。


でも後から考えてみると結局のところいつもぱるるの選択が正解だったような気もする。




「一流女優になってそれが余計にミステリアスになったんだけどね」


美侑はそう言って周りを気にしながら、いつもより少し控えめな笑みを私に向けた。










「だから言ったでしょ、一人で行くって!」




こういうのが一番嫌だった、いかにもな芸能人。高級外車に乗ってレポーターに騒がれて、自分がいつも話題の中心のように振る舞う。売れないならそれでいい、どんなに塩を舐めても泥の川を這いずり回らされても、女優としてのプライドを保てる自信は私にはある。




「凛子さん、まさかあなたやってないでしょうね」


菊地凛子、AKSの元チーフマネージャー、今は私のマネジメント全般を取り仕切っている。


目的には手段を選ばない、昭和の匂いがぷんぷんする典型的な上昇志向マネージャー。


アラフォーを過ぎても未だに一マネージャーでいる自分の立ち位置をいつも疑ってる、


B型、ドS、43歳。




「まさか?どういうこと、まさかって?」


車外に目を配らせながら、菊地凛子は何人にも動じる事のないその瞳を私に向けた。


それこそ、まさかこの人とこんな形で仕事をしていくなんて夢夢思わなかった。AKB時代、ある日突然消えた菊地凛子に私は胸を撫で下ろし、神に感謝さえした。




凛子が辞めないなら私が辞めてやる、そんな私の自殺行為にも似た決心に神様が慈悲をもって微笑んでくれた、その時は私は本当にそう思った。


そんな会うことはおろか話題にすることすら拒んでいた私がなぜ彼女を受け入れたのか。






あの日、私は2020年、東京オリンピックオープニングセレモニー、JAPAN48のレジェンドセンターとして新国立競技場のメインステージに立っていた。




両サイドに前田敦子と大島優子、直後にたかみな、由依、朱里の新旧総監督トリオが並ぶ。




「結局美味しいところはやっぱりあんたが持って行くんや」




七色の紙吹雪が舞うなか、後ろから、そんな由依の声が弾む。


でもその時私にはなにも聴こえていなかった。


由依の声もみんなの笑い声も地響きのように唸りをあげて聞こえてくるはずの祝福の大歓声も。




私の頭のなかに繰り返し響いていたのは直前に再会したあの人の耳元での囁き。




「お腹に赤ちゃんいるよね、あなた」




今思い浮かべても周りのみんなの笑顔どころか、


あの日の空の色さえ私は覚えていない



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