こんな俺でも、思いを奏でていいですか?
腹筋崩壊参謀
第一楽章
今度のコンクールで金賞を取ったら、君に伝えたい事がある――。
「えっ?」
――同じクラスの幼馴染に、大声でその事を告げたのは、夏の暑さと湿気が少しづつ強まってきた、とある午後の休憩時間だった。
「コンクールって……吹奏楽部の?」
「そう、夏のコンクールだよ!」
青春真っ盛りの学生時代、俺は文化系の代表格にして体育系に匹敵する体力と精神力を持ち、日々楽器の腕を伸ばし続ける部活、『吹奏楽部』に所属していた。それも、あの花形楽器・トランペットパートに。
ずっと憧れていたあの楽器を思い通りに演奏できる喜びを知ったあの日から、練習や合奏の時間は勿論、休みの日でも俺は音楽室にやってきては大好きなトランペットを吹き鳴らしていた。そして、毎年8月に開催される吹奏楽コンクールで演奏する楽曲の中で、この俺がメロディライン、しかも非常に重要な部分を演奏する事になったのだ。
その旨を伝えると、彼女はおめでとう、と優しい声で言ってくれた。
吹奏楽とはあまり縁がない部活に所属しているせいであまり会う機会がなかった彼女だけど、いつもこの笑顔を見ると不安や疲労があっという間に無くなっていた。心の中が暖かな気分で満たされてしまうのだ。その『不思議な気分』の正体にようやく気付けたのが、彼女へ決意を込めた言葉を伝えた理由だった。
だけどもう1つ、若干ネガティブめいた要因もあった。
「……でも、大丈夫?」
「え、何が?」
「凄い重要な部分を演奏するんでしょ?ちょっと心配かなって……」
「な、何言ってんだよ……俺だって何年間もトランペット吹いてるんだ、どんな曲でもどんとこいだぜ、な!」
「そうかな……?」
「うっ……」
強がっていた俺だけど、彼女の瞳はどことなくその言葉に若干の嘘や見栄っ張りを含んでいる事を見抜いているように感じた。でも仕方ないかもしれない。小さい頃からの顔馴染み、小学生の頃からずっと同じクラスな彼女には、俺が『ダメ男』だっていうのがバレバレだったのだから。
昔から俺は、あちこちでよくドジを踏んだり間抜けっぷりを見せてしまう事が多かった。教科書を忘れたり、体操服を裏表間違えて着てしまったり、左右別の靴下を履いてきり、失敗エピソードを纏めただけで本が出来そうなほどだった。当然吹奏楽部でも俺は頻繁にドジな事をやらかしては苦笑いをさせてしまう事が多かった。持ってきた楽譜が別の曲だったり、チューニングが絶妙にずれてしまっていたり。大事な楽器を教室に忘れかけてしまった時は先輩から少し怒られてしまい、落ち着いて行動しろと釘を刺されてしまった。
それ以降は深呼吸をしたり掌に『人』と書いて飲み込んだり、何とか気持ちを落ち着かせてから行動しようとはしていたけれど、結局あんまり変わないまま、夏のコンクールが近いこの日を迎えてしまった訳である。
だけど今回ばかりはそう言っていられなかった。今度のコンクールはそれまで以上に奮闘し、今までずっと手に届かなかった、県大会よりも上の『地方大会』の大舞台へ立たなければならない、と言う決意を固めていたからだ。
その大きな要因は、吹奏楽部の顧問の先生――笑顔の似合うイケメンだけど、注意は的確で厳しい時はとても厳しい、まとめると少し怖い先生からの喝だった。
『なんか思うんだけど、最近君たちのやる気が見えないんだよね?』
ミーティングの最中、先生から飛び出したその言葉が出た瞬間、部室を張りつめた空気が包み込んだ。
地方大会へ今年こそ出よう、と皆で決意を固めたのはいいものの、それ以降の練習はイマイチ盛り上がらず、悪く言っちゃうとユルユル、なあなあな雰囲気が漂ってしまっていた。それを薄々感じていたであろう先生は、このままだと地方大会は夢のまた夢、金賞すら取れない結末に終わってしまう、とはっきり告げた。そして、直後に先生の口から出たのは思いもよらない言葉だった。
『もし今度の大会で君たちが「結果」を見せてくれないのなら、顧問やめちゃおうかな?』
『『『『……!?』』』』
あんな変な脅しをかけて、きっと冗談に決まっている、と言う部活仲間もいたけれど、俺の頭の中は衝撃音に包まれていた。もし今度のコンクールで『金賞』を獲得し、地方大会へ進出できなければ、先生が吹奏楽部から辞めてしまう。そうなれば吹奏楽部で指揮を振ってくれる人もいなくなり、下手すれば吹奏楽部そのものが廃部に追い込まれてしまうかもしれない――そんなの嫌だ、絶対に嫌だ。絶対に練習を頑張らないと、大変な事になる!
すっかり大混乱してしまった俺だけど、家に帰って少しづつ冷静さを取り戻す中で、もう一押し『金賞』を目指す動機が欲しい、という想いが浮かび始めた。先生が辞めちゃうと言う事も重要かもしれないけれど、それだけで演奏を続けていると絶対に無理が来てしまう。いつもドジばかりの俺の場合、もう無理ですごめんなさいなんて合奏中に大泣きしてしまうなんて恥ずかしくて情けない結末もあり得る訳だ。
せめて何か、俺を勇気づけてくれるきっかけがあれば――!
「……ごめんごめん。君の決意、受け取りました。楽しみに待ってるね」
「ほ、本当!?ありがとう!お、俺絶対頑張るから!絶対にコンクールで金賞取るから……!」
「まあまあまあ……ふふ、頑張ってね♪」
――これが、彼女に向けて『告白』の予約を伝えた、もう1つの、そして最大の理由だった。
どんな宝石よりも綺麗な笑顔を背に受け、俺は心機一転、コンクールに向けての練習に励む決意を固めたのだった……。
(よし……待ってろよ!絶対に伝えるからな!!)
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