第29話 彼のヒロインは偽物
一番心配だった、女らしくなることで私がショウの友達じゃいれなくなったら……そう思っていたけれど。
ショウは私がいつの間にか自分より小さい、その辺にいる女の子サイズであることに気がついたくらいで、私への態度が友達のそれから特に変わることはなかった。
雑誌の発売日に届く漫画の感想、モンハンしようぜの呼び出し。
私は女らしくなっても、ショウの友達として隣に入れたのだ。
もう、オシャレはウソの私じゃなきゃ楽しめないものじゃなくなった。
お化粧もスカートも今の私はしてもいい。
おしゃれなスィーツも食べたいなら食べに行けばいい。
私を長い間苦しめていた呪縛は、本当に、拍子抜けするほどあっさりと解けた。
ユウキの呪縛が解けたと同時に、新たな呪縛が私の心に絡みついた。
リサ姉に化粧のアドバイスと指導をしてもらいながら私が詐欺メイクで作り上げた――ユウの存在だ。
ユウは、ショウとの会話の断片から、ショウの好みのを反映して詐欺メイクで作られたウソで塗り固められたもう一人の私だ。
詐欺メイクの名の通り、メイク後の姿は、ユウキでしているユウキの顔のよさを残しつつ可愛くしようとしているメイクとはまったくの別物。
ユウの素顔がこれだなんてきっと皆思わない。
何より凄いところは、メイクするにあたってショウの好みを私が知りえる限り反映させたこともあってか、元はショウのヒロインをあっさりと諦めた私の面に詐欺メイクを施したユウは――ショウのヒロインになってしまったのだ。
ウソの私は、本物の私がずっとずっと願っても叶わないだから彼の親友って役どころに落ち着こうとした私をヒロインにしたのだ。
私の指に絡めてくる骨ばった指、優しく名前を呼ぶ声。
私のしぐさや態度に一喜一憂する姿。
友達の私じゃ一生聞くことができなかっただろう、ショウからの『好き』
でも、それを手に入れたヒロインは
ショウが好きになったのは、詐欺メイクをした私だなんて、いつまでも突き通すことのできるウソじゃない。
ユウと私は同一人物なのだから……
自分が好きになった人は、本当は男女みたいな姿で自分の傍にずっといた子だったとばれたら……と思うと怖くて怖くて仕方なかった。
たとえ偽物でも、ずっと好きだったショウの彼女として隣に入れる時間は幸せで、幸せで。
だからこそ、ずっとこの時が続けばいいのにと思うほどだ。
ショウも私と同じくらい幸せだったとする、いつかウソがばれるのは最悪だし、付き合いが長くなれば長くなるほど、ウソをいつまでもついていては別れた時に大きなダメージをショウが受けることになると思う。
ここが偽物のひきどきだ。
夏が終わったら、嘘の私は本物の君の前から去る。
ひと夏の恋だったとかドラマでよく見るし。今決断しなければ、私達はもっと深い付き合いになると思う。
今ですら、別れたくないのに、より深い付き合いになれば絶対に別れたくなくなるはずだ。
いつかは、ショウが絶対に聞きたくない私の秘密をばらさない限り私達は先に進めないのに。
私だったら、好きになったのが本来の顔とは似ても似つかない友人だとわかったら絶対嫌だ。
けじめをつけるために。この夏で終わりにしようと思ったの。
そうすれば、夏以降の二重生活のお金の心配もしなくていいし、思う存分ひと夏の恋を楽しめる。
旅行はもうする予定が入っているし。一番欠かせないのは花火大会だ。
好きな人と浴衣をきて花火大会にいって花火を一緒に見上げるって一度くらいはしてみたかった。
よし、せっかくの夏なんだものどんどん一緒に入れる予定を入れちゃおう。
そして、夏の終わりと共に、私はショウに別れを告げる。
私が別れを告げたらショウはどういう顔をするだろう……それでも、いつかを先延ばしするより絶対ましなはずだし。
ショウのヒロインにはなれなくても、女らしくなってもショウの友達の枠に入れた私なら、友達として慰めることができるはず。
よーし、リサ姉に相談しなきゃ!? って電話をかけたんだけど。
リサ姉の返答は
「ユウキちゃんはそれで本当にいいの?」
というものだった。
「そりゃ……別れたくはないですよ。好きでこじらせちゃうほどでしたし。でも、好きだからいつまでも嘘はつけないなって思っちゃって……」
「私が悪い大人だからかもしれないけどね、今焦って別れなくてもいいんじゃないかなって思うの。ショウ君も傷付くけど、好きなのに振って、その後ショウ君に新しい恋人ができるのを友達として見ることになるよ」
次の恋人は私はともかくショウは、自分の気持ちさえふっきれてしまえばできてしまうと思う。
思わず、ショウに新しい恋人ができたことを想像してしまって電話口で黙りこくってしまう。
「……ユウキちゃんにユウちゃんの時の恋愛相談沢山してくる話してたじゃない。ショウ君はユウちゃんの正体を知らないなら、親友であるあなたにこれまでのように恋愛相談をしてくるんじゃないかな? その時本当に大丈夫なの?」
言葉を選ぶかのように、ゆっくりゆっくりとリサ姉はそう言った。
恋愛相談……そんなの絶対聞きたくない。でも、ユウではいつまでも傍に入れないし。
ユウの正体をショウは知らないのだから、リサ姉の心配通りのことになる可能性は高い。
「ショウからの恋愛相談は……大丈夫じゃないかもしれないです」
想像だけで私の声が震えてしまうほどショックだし、本当に次のショウが好きになったこの恋愛相談など受けた日には私はどうなるのかだ。
「本当のことを……ショウ君にいつか打ち明けることを考えたらどうかしら」
「それは……」
「おせっかいなことかもしれないけど。これから、ショウ君は恋愛するような年齢なったわけだし。ユウキちゃんがね、ショウ君のことを好きなままじゃ友達の枠にずっといることは難しいんじゃないかしら」
これまでずっとショウの傍にいた、ただそれはショウが恋愛をしない時間だった。
「それにね、ユウキちゃん。今回は詐欺メイクってイレギュラーのせいでだけど、一度彼の恋人を経験してるわよね。どんなふうに彼女に接するのか知ってて本当に見守れるのかな? まだ、別れるって言ったわけじゃないでしょ。少し考えたほうがいいと思うわ。私がショウ君じゃなくてユウキちゃんの友達だから、ユウキちゃん寄りに考えてしまうのかもしれないけどさ」
リサ姉のいうことはもっともだった。
私はすでに、ショウと友達ではない一線を越えている。
ぎこちなく私に背に回る不器用な手付きも、恋人の距離じゃないと感じることができない彼の体温も香りも全部知ってしまったのだ。
「よ……よく考えてみます」
「それがいいと思う。夏を楽しむのはでも賛成よ。その後どうするかはまた考えればいいのよ。問題の先送りはできることはしてもいいと思うって言っちゃうのは悪い大人だからかもだけどね……相談も協力もするから。私いつの間にか、こうお姉ちゃん見たいな気持ちになっちゃってておせっかいなのはわかってるんだけどね」
リサ姉はそういってヘヘっと笑った。
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