第16話  大砲王、あるいは死の商人

「彼がクルップ社の人間だ。名前はハンス・ミュラー」


 隣でマグナス卿が囁いた。

 ハンス・・・。話し相手は誰だ? あの二人、どこかで・・・。


「なぁ、あの二人は・・・って」

 横を見たら卿は既にいなくなっていた。

 あの人はなんでも俺にやらせるんだから、嫌になるぜ。

 そこでパーティー客でひしめき合う視界の端に、何かがチラチラ動くのが目についた。


「トキジクさーん! おーい」


 なんとそれは下のホールから俺に向かって手を振る春日だった。

 バカ、早く上がってこい!

 俺は身振りでそう示した。

 階段を駆け上がり、呼びかけに応えて走り寄ってきた犬コロみたいに、息を切らせて春日は二階の俺のところまでやってきた。


「トキジクさん、ここの料理すっごく美味しいいんですよ! 特に西洋料理が珍しくて! ローストビーフとか、コロッケとか、コンソメスープとか、ミートパイとか・・・」

「あーはいはい、わかったからちょっと静かにしろ」

「えーなんですか? トキジクさん食べないんすか? 美味しいのに」

「俺は酒でいい」

「それじゃ今度作ってあげますね! だったら味を盗まないと・・・」

 こいつ、段々おかしな性格になってないか? まぁいいけど。


「それよりも、だ」


 俺は春日に、クルップ社の男と、話している男女のことを説明した。

「クルップ社って、凄い会社なんですか?」

「今や強大な軍事国家になりつつあるドイツの原動力は、このクルップ社が担ってる。鉄鋼をばかすか生産して、蒸気機関車やレール、そして特に大砲は世界中に売りさばいてる。そのほか、この不穏な世界情勢の下、いろいろ暗躍しているらしい。正に死の商人だな」

 春日は真剣な顔をして、小さく唸り声を漏らした。


「それで、だ。おまえに重要任務を与えようと思う。どうだ?」

「な、な、な、なんすか⁉」

 怖気づいていた表情はサッと消え失せ、代わりに目を輝かせて身を乗り出してきた。

「あのクルップ社の奴と話している男の後をつけるんだ」

「うわっ、もの凄く探偵って感じですね‼」

「バカ、遊びじゃねーんだ。これは危険な任務なんだぞ」

「百も承知です! おれはトキジクさんの助手っすよ!」

「よーし、よく言った。それじゃ、あいつから目を離すなよ」

「合点!」

 春日に尾行を任せるのは不本意だが仕方がない。俺はあのドイツ人、ハンス・ミュラーを調べなくちゃならないんだ。


 さて、この線はいったいどこへ繋がっていくのか。

 まったく見ものだぜ、マグナス卿。あんたは俺たちに何を見せたいんだ?

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