第5話  まるで違う何か

 その場にいた全員の動きが止まった。

 真夜中の、暗く人気の無いお堀沿いの道。

 響き渡る大きな水音。


 おいおい、今のはいったいなんの音だ?

「なんの音でしょうね?」

 眼鏡坊ちゃん、いいね! そう正にそれだよ。俺もそれが知りたい!

「堀の下の方からでしたね、先生。魚が跳ねたにしては、随分デカイな・・・」

「おい、ワン公、ちょっと見てこいよ」

「ワン公とはなんだ⁉ 失礼な!」

「いいから見てこいって言ってんだ!」

「そういうお前が見てこい! この拝金主義者!」

「酷さが止まんねぇな、俺の呼び方!」


 犬コロ書生と言い争っている間に、眼鏡の坊ちゃんがスーと堀の下を覗きに行こうとした。


「せ、先生! いけません! 危ないことはこの金の亡者にやらせれば十分です!」

 え、俺、もしかして嫌われてんの?


 その時、さっきよりも更に大きな水の音がしたと思うと、びちゃびちゃと水滴が辺りに飛び散った。

 俺と犬コロは咄嗟に身構える。

 案の定、近くに何かが着地したような音がした。

「おい、何か来たぞ」

 俺は警戒して呟いた。


 ソレは、背後のガス灯の淡い光に照らされて逆光になり、黒い輪郭としか見えなかった。

 2メートルくらいある影は人型をしていて、堀の水に濡れ、ポタポタと雫を垂らし、こちらを窺っているようだ。そしてなによりもこの異臭。魚っていうか腐った泥っていうかとにかく生臭い。


「これが・・・河童か?」

 俺は後ろの二人に確認するように言った。

「いや、暗くて良くわからない」

 後ろで眼鏡坊ちゃんが答えた。

「おい、テメェ、河童なのか?」

 影に声をかけてみたが反応がない。

「返事しろ! テメェは河童なのか、河童じゃないのか⁉」

 なんか俺間抜けだなぁ。河童、河童連呼して。

 それでも生臭ぇ影は呼びかけに反応しのか、少しずつこちらににじり寄ってた。


「黙って近づいてくんじゃねぇよ! なんとか言えよ、喋れねぇのか?」

「・・・すけ・・・」

 ひどく濁った呻き声。しかしなんとか言葉のようなものが聞き取れた。

「おい、ちゃんと喋れ! テメェはナニモンなんだ⁉」

「・・た・・すけ・・・て・・・」

「もしかして、助けてって言いたいんじゃないですか?」

 また眼鏡君が後ろで言った。

 助け船、ありがとよ。

「ああ⁉ テメェ助けて欲しいのか? 俺様に助けて欲しいのか?」

 いったいどうやってこうなったのかまったくわからねぇが、とにかくこいつの正体と状況を確かめねぇとな。


「おねが・・いたすけ・・て」


 そう聞こえる音を発し、黒い影はこっちへ向けて震える手を伸ばしてきた。その腕はぬらぬらと粘液で覆われ、指の間には水掻きのようなものがあり、まるでデカイ山椒魚だった。

 しかしこれだけは言える。コイツは河童なんかじゃねぇ。

 まるで違う「何か」だ。

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