第9話 窮迫


 戦いはまず、凄まじい魔撃戦となった。

 中央の魔族軍と、両翼に分かれたヴァルーシャ軍の<魔道師ネクロマンサー>と<魔術師ウィザード>たちが、一斉にその杖から魔撃を繰り出す。

 俺はやや後方に退き、その周囲にはあの元赤パーティの面々と、緑パーティの面々が集まってきた。

 緑パーティのフレイヤ、サンドラ、そしてアデル。彼女たちはリールーに乗っている。

 さらに赤パーティーのガイア、マーロウ、アルフォンソ。ヴィットリオとユーリ、テオもいる。彼らは三人ずつで、赤色と金色の兄妹キメラ、マインとプリンに乗っていた。

 かれらはかつて、マルコに<エンチャント>されたはずの騎獣だったが、主人の心からの「お願い」により、今ではあちらパーティーに協力してくれているらしい。


「ほらほら、もっとさがっとけよ、ヒュウガ! お前、今はこっちの大将アタマなんだからよ」

 鼓膜をつんざくような魔撃の轟きと閃きの中、そんな軽い声を掛けてくるのはヴィットリオだ。相変わらず、爽やかな好青年である。

「お久しぶりですな、ヒュウガ殿。此度こたびもまたよろしくお願い申し上げまする」

 品のいいロマンスグレーのマーロウが、白いマントを揺らしてちょっと気取った一礼をする。 ほかの懐かしい顔の面々も、それぞれに微笑んで俺に手を上げたり、頭を下げたりしてきた。


「お下がりください、ヒュウガ様。マリアの狙いは、誰よりもあなた様です。シールドを絶やさぬよう気配りは致しますが、万が一ということもありますので」

 らしい落ち着いた声でそう促してくるのは黒髪の美女、フレイヤだ。彼女は俺に向かってそう言いながらも、自分の杖を大いに振るって、得意の火炎魔法を次々にくり出している。

 サンドラはサンドラで、その隣で稲妻を飛び散らせながら電撃魔法を連続詠唱していた。アデルはその背後で必死に、そんな「姉」たちに保護魔法を掛け、魔力供給の手助けをしている。


「<叫喚炎撃インフェルナル・フレイムズ>!」

「<電撃嵐ライトニング・ストーム>!」


 彼女たちを背に乗せたリールーも負けてはいない。マリア側から次々に飛んでくる魔撃を鮮やかに回避しながら、自分も氷結魔法の魔撃を口から放ち続けている。その姿は美しいながらも、非常に勇ましいものだった。

 しかし先ほどから俺の頭の中に聞こえてくるのは、


《ふーんだ! リールーだって、みんなに負けないもーん! ヒュウガの役に立つんだもーん!》


 という、どことなくほのぼのとした思念だった。


《ったく、ふざけんなよ。なんなんだよ……》


 呆れたような思念はもちろん、後方で<保護魔法>だけを掛けて待機させられる羽目になったガッシュのものだ。彼はさっきから、大いに暴れまわりたいのを必死に我慢しているのが明らかだった。しかしそんなことをすれば、周囲の雌ドラゴンたちからの「これだから男のコは!」という大ブーイングに包まれるのは分かり切っている。

 

 魔力と魔力の凄まじいぶつかり合いは、その荒野の上空で、そこから三十分ばかりも続いた。

 だが、魔力には限界というものがある。軍隊組織なので、当然ながらいつもの訓練どおりに交代して攻撃に当たっているのだけれども、それでもこうした攻撃が休みなくいつまでも続けられるものではない。

 やがて魔族軍とヴァルーシャ軍の間で、攻撃部隊と守備隊とで連携をとり、うまく波状攻撃のサイクルが作れるようになってきた。


《……ふふ。なかなか、しぶといものですわね》


 ときどき頭に響くマリアの声はごく涼やかで、いかにも余裕綽々といった感じだった。こちらの攻撃が大した打撃になっていないことは明らかだ。マリアにとってこんな戦いは、悔しいがほとんど遊び半分と言ってもよいのだろう。

 その証拠に、マリアたちを包んだ光の球は、どんなに強力な魔撃を浴び続けても、ほとんど小動こゆるぎもしない。一方で、あちらの攻撃の手はまったく緩まないのだ。ほとんど無尽蔵の魔力があるのではないかと疑うほど、マリアたちは疲れを知らぬ攻撃を次々に繰り出している。

 彼我ひがの魔力と、経験の差は明らかだった。

 そうこうするうち、次第にあちらからの魔撃に押されて、じりじりとこちら側のドラゴン部隊が退き始めたようだった。


 マリアがそこを見逃すはずはなかった。

 戦いは、崩れ立つその瞬間こそが危ないのだ。逆に攻撃側にしてみれば、そこを一気に攻めるのは常套手段でもある。

 マリアたちから発せられる魔撃の威力が一段と強力になり、もはや雨あられと兵たちの上に降り注ぐ。

 と、遂に薄くなった<魔力障壁シールド>の一部分に穴が開いたようだった。


「ぐわああっ!」

「ぎゃああ!」


 一気にシールドを突破してきた、小山ほどもあろうかという氷の塊。それがまっすぐに、魔族軍の十頭ばかりの騎獣に直撃した。魔撃に巻き込まれたキメラやドラゴンたちはなすすべもなく、氷塊に押し付けられるようにして落下していく。

 やがてそれが、騎乗していた兵らと共に地響きをたてて地面に激突した。兵らは騎獣たちもろとも、その下でぐしゃりと潰れた。


(……!)


 俺は思わず目をそむけた。

 さらに次々に、やはり巨大な火球や大蛇のような電撃の帯が突き刺さっていく。


「うわああ!」

「ひいいっ……!」


 訓練された魔導師や兵士たちですら、青ざめて浮き足立つ。ここを狙われるのが最も危ない。だが、歴戦のゾルカンやフェイロン、ルーハン卿やヒエンには十分わかっているようだった。


「野郎ども、慌てんな! 一気にやられんぞッ!」

「まずは落ち着いて、シールドを張り直せっ!」


 彼らの素早い指示により、再びシールドが強化される。次に襲って来ていた氷塊は、その上で轟音を立てて霧散し、周囲をもうもうと分厚い水蒸気が包みこんだ。


《うふふ……。あ、はははは……》


 もやもやとその水蒸気が薄れる中に、女の哄笑が響き渡った。


《どうなさるのです? ヒュウガ様。いったいいつまで、彼らの後ろに隠れておられるつもりなのです》

 その声には嘲りの色が濃い。

 俺はマリアたちの光球を睨み上げた。

《マリア……》

《このまま続ければ続けるほど、そちらの損耗は増えていくばかりですわよ? 早めに諦めて、そろそろ前へ出ておいでになってはいかがです》

 ギーナも俺の隣で、じっと厳しい目でそちらを睨んでいる。

《あなた様のお命がどれほど貴重かは存じ上げませんが。そちらの兵士皆さんのお命の、何人分に相当するというのでしょう。すでに今、あっけなくも数十名が失われたようですけれど》

《…………》

《ここから一体、何人のお命を奪ったら、あなた様に匹敵するとおっしゃるのかしら。それが、偉大なる魔王陛下のなさることなの?》


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