第8話 挟撃
《おう、お待たせしちまいやしたか? 陛下》
《陛下。お待たせをいたしました》
それこそが、俺が待ちわびた
もちろん、南東のゾルカンと北西のフェイロンである。
両者はキリアカイが俺への攻撃を始めたタイミングで、それぞれ自分の領土側からキリアカイ領へ侵攻することになっていたのだ。
名目は、「魔王ヒュウガに助力するため」。要するに援軍だ。しかしその実、南と西からキリアカイを挟撃するのが主目的なのだった。
《な……んですって!》
驚愕にひびわれたキリアカイの思念が届く。
どうやら彼女にも、フェイロンとゾルカンの動きが報じられたのだろう。女は完全に
《こ、このような……! 陛下ッ! あたくしを
《これは異なことを。『勝手に』とは言葉が過ぎましょう。どうかお間違いのなきように。フェイロン殿もゾルカン殿も、このたびのキリアカイ殿のやりようを心配なさっておいでなのです。民らにこれ以上の混乱が生じぬようにと、場を安定させに来られるまでのこと》
《なにを、バカな……!》
ぎりぎりと、また奥歯を軋らせているのだろう。女は恐ろしい目で俺を睨みつけている。
キリアカイにも、当然わかっているのだ。
もちろんフェイロンもゾルカンも、単なる仲裁に来るわけではない。キリアカイが少しでも魔王軍に弓ひくそぶりを見せたなら、それを契機に自らも攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
前面の魔王軍。左右からは他の四天王が寄せてくる。キリアカイにしてみれば、非常に難しい局面だった。一応背後は残してあるが、それでもほぼ四面楚歌だ。
《余計な口出しなのは百も承知ではありますが。お
《く……!》
女の思念がじわりと
そうだ。今なら、まだ退ける。ギリギリのラインとは言え、キリアカイ軍は今のところ、魔王軍のシールドに手を出しているだけだ。民のひとり、魔王軍の一兵たりとも傷つけてはいない。このラインでなら、まだどうにか「何もなかった」で幕引きできる。無論、俺がそう言い張りさえすれば、だが。
フェイロンとゾルカンがこの場をその目で見てしまう前に、彼女が退いてくれさえすれば。領民はそのままこちら側に引き取って、これ以上の争いもなく、この場を終結させることが可能だろう。
俺はできれば、彼女にこのチャンスを逸してもらいたくなかった。
ゾルカンにしろフェイロンにしろ、北東に居座るこの愚かな物欲まみれの女帝を排除したい思いは同じだろう。
なにしろ彼女は、単純な「財欲の女帝」ではない。金銀財宝さえ目の前にちらつかせておけば何でも大人しくいう事をきくという女ではないのだ。そこはまあ、四天王唯一の女性であることも大いに関係しているのかもしれなかったが。
ともかくも、最も「何を考えているのか」「次に何をするのか」が読みづらいという点で、彼女は四天王一だと言えた。
魔王城で宰相ダーラムをはじめとする文官たちから聞かせてもらったところによれば、これまでの歴史上、彼らの間にはまことに散々なことがあったらしい。だが今までは、これまた突拍子もないことをやらかしやすい北西のダーホアンのこともあり、この女に直接手出しをすることは難しかったのだ。
ゾルカンとフェイロンにしてみれば、これがキリアカイを排除する絶好の機会であるのは間違いない。そしてもちろん、フェイロンの背後にいるのは南西の領袖、ルーハン卿だ。
俺はなるべく私情をはさまないように言葉選びを注意しながら、できるだけ淡々と、彼女に以上のようなことを語って聞かせた。
無論これらも、地上の民らには回線を開いたままでしゃべったことだ。
《状況は、大体こんなところなのですが。……いかがか、キリアカイ殿》
《う、……ううっ》
キリアカイは真っ青な顔のまま、ぶるぶると体を震わせているようだ。まだ決心がつかないらしい。彼女の周囲を取り囲んでいる側近や武官の男らが、戸惑ったように彼女と俺とを見比べるようにしている。
(……気が、揺らいでいる)
もともと合気道をやっていたことで、相手の気を読むことには少しばかり
敵軍の将兵の気が全体にゆらゆらと歪み、迷い、戸惑いを生じているのが、今の俺には手に取るようにわかった。
本来であれば、ここで一気に畳み掛けるべきだった。
気を読み違えることで、また決断を遅らせることで、戦局は一気に逆へと傾くことも多いからだ。
だが、俺は敢えて待った。
《申し訳ないが、あまり時間はありません。あと一刻半もすれば、フェイロン殿とゾルカン殿がこちらへ到着してしまわれることでしょう。なるべく早いご判断をお勧めします》
気がつけば、あちらの魔導師たちがいつのまにか魔力シールドへの攻撃をやめている。みなしんとして、自分の主たる女帝の動向をうかがっているようだ。
攻撃がやんだのを幸いに、眼下の民たちは逃げる速度を速めている。見ればシールドそのものも、領民たちの数に応じて少しずつ小さくなっていた。こうなれば、シールドに割かれていた魔導師の手は領民を逃がすほうへ向けることができる。砦の外にいた領民たちの数が、見る見る少なくなっていくのがわかった。
俺はもう少し、自分の思念を強めて言った。
《キリアカイ殿。ここがあなたの
《く──》
キリアカイがまた、血のにじむほどに唇を噛みしめた。
だくだくと憎しみを
再び、張り詰めた沈黙が場を支配した。
が、とうとう女帝はさっとその片手を上げた。
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