第4話 ダークウルフ
町の防護柵の南側に、その門はある。
門とは言っても、こんな辺境の田舎町のことだ。帝都の石づくりの大門に比べれば、丸太を組んだだけのそれはごく粗末なものに見えた。
今そこに、町の男たちが群がっている。やはり木製で鉄の
上空ではすでに、リールーとプリンが旋回している。リールーの心の声を聞くことができるのは俺だけだが、リールーのほうで人語を解してくれるので、乗り手が意思を伝えることは可能だ。
「あー。ダークウルフだな、あの声は」
門の手前で足を止め、ガイアはどうということもない声で言った。
「まあ、ザコだよ、ザコ。手始めにはちょうどいいや」
にかりと笑って俺に振り向く。
俺はすでに鎧を身につけ、得物である<青藍>を手にしていた。ガイアはというと、姿はそのまま。彼の得物はいかにも使い込まれた感じの黒々とした大剣だ。武骨で粗野な印象の剣。まさに彼そのものといった感じである。
男はそれを、やっぱりそのへんの材木でも担ぐようにしてひょいと肩に乗せていた。
門に近づくと、太い丸太や台車などで支えた上で、男たちが皆で体重をかけ、扉を破られないようにしているのがわかった。木製の扉はめきめきと嫌な音をたてている。
そのすぐ後ろには、「赤パーティー」の前衛であるヴィットリオとデュカリス、さらにこちらのレティが立っている。二人は扉が破られるまでは、ほかのメンバーに対応を任せるつもりのようだった。
と、上空からだしぬけに稲妻が走った。
サンドラが放った<
それを皮切りに一斉に、上空にいるウィザードたちによる遠隔攻撃が始まった。
フレイヤの<
さらにあちら黒髪のウィザード、アルフォンソによる毒魔法。澱んだ黒紫色をした霧がむらむらと扉の向こうに湧きおこると、犬どもの絶叫はさらに大きくなった。あちらは大混乱を呈しているようだ。
やがてついに、扉の隙間から二十センチはあろうかという生き物の爪がねじ込まれた。メキメキ、バキバキと扉が
そのタイミングで、デュカリスがさっと片手を上げた。一陣の風が吹き、白いマントが
「
町の男たちが、明らかにほっとした顔になる。そうして扉から離れ、俺たちの後ろへと移動した。この間も、扉の向こうでの魔法攻撃は続行中だ。すでに相当に数を減らしてくれていることは明らかだった。
ガリガリ、バキバキと扉が破壊されていく音とともに、向こう側の獣の唸り声は一段と大きくなった。
「ガウルルルッ……ウオオオオン!」
遂に鉄の
(あれが……狼?)
いや、似ても似つかなかった。
真っ先に飛び出てきたその生き物は、全体に真っ黒な小山のように見えた。確かに原型として「オオカミ」の形を踏襲していると言えなくもないのかも知れなかったが、その禍々しさたるや。
頭部から腰のあたりまではほぼ真っ黒で、そこから下肢にかけてぬらぬらと血に濡れたように赤黒い。体全体は針金のような体毛に覆われている。
耳は大きく尖っていて、鋭い牙がずらりと生えた口は耳のあたりまで裂けたようになっていた。だらだらとそこから垂れる唾液は濁った紫色で、ここからでも胸の悪くなるような悪臭を放っている。
その目は爛々と輝く血の色だ。そこに理性の光はない。あるのはただただ食欲と、相手を傷つけたいという殺伐とした嗜虐の本能のみに見えた。
(これが……『
俺は静かに<青藍>を抜き放ちながら気を静めていた。
焦ってはならない。焦ること、惑うことはそのまま気の乱れに通ずる。それは技の切れを失わせ、つまりは敗北へとなだれ込ませる。
ダークウルフはその後も次々と、扉の隙間から飛び込んできた。あっという間に目の前に十数匹が現れる。いったい何匹いるというのか。
「よおっしゃ。行くかぁ」
まるで散歩にでも行くかのような調子でそう言うと、ガイアは一度ぶん、と大剣を振り回してからのしのしと前へ出た。デュカリスとヴィットリオも同様に、いつもと変わらぬ足取りでダークウルフの群れへと近づいていく。そこに慌てた様子は
レティだけはぴょんと身軽に後退して、俺の脇にぴたりとつけた。彼女は彼女なりに、「初陣」の俺を守るつもりでいるのだろう。情けない話だが、今はそんなことに拘泥している場合ではなかった。
と。
ぶおん、と場に竜巻が巻き起こった。
いや、違う。それはガイアがブン回した大剣の風圧だった。
「ギャオ──」
見れば真っ先に彼にとびかかってきたダークウルフの胴体が、すでに両断されている。その断末魔は、最後まで続くことも叶わなかった。びしゃびしゃと、地面にどす黒い体液がまき散らされる。しかしその飛沫は、一滴たりともガイアの衣服を汚していない。
と見る間に、デュカリスも華麗な一閃で一匹の首を落としている。ヴィットリオは旋風さながらの
「にゃにゃっ。負っけ、ないにゃあ──!」
それを見て発奮したのか、レティもすさまじい跳躍を見せ、こちらへとびかかってきた一頭へと向かっていく。容赦を無くしたその爪が、相手の目を、喉元をすぱすぱと切り裂いていく。
レティはまさしく、赤い旋風そのものだった。彼女の速さは、恐らくこの中でも群を抜いているだろう。
ヴィットリオがちょっと振り向いて口笛を吹いた。
「おおっ。やるじゃん、猫のお嬢!」
──と。
殺気を感じて、俺はそちらに目を向けた。
レティがたったいま倒したダークウルフの
俺はそちらに向き直り、<青藍>を正眼に構えなおした。
(──来るか)
心を澄ませる。
気を静める。
そうすれば、相手の呼吸ばかりでなく、やがて心音すら聞こえるようになってくる。
生体は、すべて固有のリズムを持って動いている。だからそのリズムを知る。そうして相手のタイミングを計る。
ここで焦っては負けだ。
そうするうちに、どう襲い、どう俺の肉と骨をかみ砕こうかと思案する、その脊髄反射のようなものすら手に取るように見えてくる──。
「グガアアアアアッ!」
びょん、と跳躍したそのタイミングを、俺は正確に予測できた。
臭い息が近づいてくる。
こちらの喉笛に食らいつこうと
俺の血を、肉を欲しがる目が見える。
俺は一歩、前に出た。
「……セイッ!」
ズバッと、重い手ごたえがあった。
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