第2話 合成


 マリアに呼ばれてやってきたのは、金髪の美女サンドラだった。用件について簡単に聞かされると、彼女はあっさり「かしこまりました」と言った。つまり彼女が「合成」のスキルを身につけた人ということだ。


「すぐに始めてよろしいのでしょうか」

「ええ、できましたら」

 サンドラはマリアに少し会釈をすると、こちらへ向き直った。

「ヒュウガ様。大体のお話はうかがいましたが、あなた様には今から、より詳しいご希望をお伺いすることになります。よろしいでしょうか」

「はい、なんなりと」


 サンドラはにっこり笑うと、かなりこと細かにこれまでの大剣の使い勝手や違和感のありよう、そして今後使いたいと思う剣についての質問を始めた。

 ほかの女性たちも手を止めて、少し離れた所からいつのまにかこちらをじっと見ている。リールーはもっとも離れた場所でシャンティと翼を休めながらも、透明な青い瞳でこちらを見ているようだった。

 十分かそこらの聞き取りのあと、サンドラは麗しい相貌をゆるやかにまた微笑ませてこちらを見た。


「承りましたわ。では、ヒュウガ様もできるだけ、今のイメージをお心に保ってくださいませ。そんなに難しいことではないはずですわ。その剣のイメージをもって、わたくしと心を同調させてくだされば結構です」

「はい──」

「緊張だけはなさらないように注意なさってくださいませね。変に力が入りますと、いびつな仕上がりになりやすいもので」

「了解しました」


 言って俺は一度目をつぶり、呼吸を調えた。

 を集中させ、心を澄ませてから改めて新たな剣のイメージを心に浮かべる。


 実は日本の刀剣については、俺にも多少の知識がある。西洋のものには詳しくないが、特に日本のもの、つまり刀だ。各種歴史博物館や展示会、書籍等々で見聞きしてきた国宝と呼ばれる刀剣や、歴史上の人物の持ち物だったとされる有名な刀剣をいろいろに思い描く。


 大きさはもちろん、地鉄じがねの肌目や刃文はもん、鋼の色合い。そしてもちろん、切れ味も。

 さらにここしばらくで振ってみて感じていた違和感を払拭するための持ち重り、振り抜き具合等々。それらをなるべく具体的に思い描く。

 あとは見た目だけのことではあるが、つかつば、鞘のこしらえなど、思い出せばきりがないほどの名品の数々を脳裏に描き、どれが自分にふさわしいかを慎重に考えてみた。

 やがて多くのそれらイメージが次第に取捨選択され、ひとつの姿へと収束していくのをはっきりと感じた。

 慎重に俺の様子を窺っていたらしいサンドラが静かに言葉を発したのは、ちょうどそのタイミングだった。


「……よろしゅうございますか」

「はい。いつでも結構です」


 いまや、俺の前には俺の大剣と「緑の勇者」の大剣とが鞘つきのまま立った状態で空中に浮かんでいる。どちらもぼうっと光っており、これから起こることを待ちわびているようにも思えた。

 サンドラはそちらに両手を伸ばした姿勢で、静かに口の中で呪文スペルを唱え始めた。俺はその隣に立ち、なるべく明瞭に仕上がりを思い描きながら心を集中させた。

 透き通ったサンドラの声が詠唱を続けている。


「緑の勇者の剣に命ずる。その身の力を貸し与え、未来永劫、青の勇者の軍門に下れ。常に青とともに在り、戦場を駆ける戦友ともとなれ……」


 実際にはもっと古代語に近いような難しい言い回しも多く含まれていたけれども、大体はそんな内容のスペルだった。

 次第しだいに二つの剣が輝きを増し、空中で少しずつ近づいていく。サンドラの詠唱の声が高くなるにつれ、それは互いにどんどん近寄っていき、遂には重なり合って光り輝いた。暗い森の中が昼のような明るさになる。


 きぃん、きぃんと澄んだ金属性の音がする。さらに剣から強い熱を感じた。ちょうど製鉄所のような金属の溶ける焦げ臭い匂いが立ちこめ、刀身からばちばちと紫のプラズマが発生している。

 熱と光がさらに増して、サンドラはばっと両腕を上げると天に祈るかのように最後に大きく叫びあげた。


「──<合成コンポジション>!」


 途端、目もくらむような光があたりを包んだ。かと思うと、次にはかき消すように消え去った。

 明るさに慣れた目が、まるで暗闇に放り込まれたかと誤認する。いや、実際はすぐそばに煮炊きの火もあれば、頭上の月の光もあるのだけれども。

 ふと気づけば、ぼうっとした青緑色の光をまとった剣が横向きになってしずしずと空中から降りてくるところだった。鞘に包まれた日本刀の形をしている。それは吸い寄せられるようにして、音もなく俺の手元にやってきた。

 俺は両手でそれを迎え入れた。


 まだふらふらと舞う蛍の光のような微細な光の粉を纏いつかせつつも、それは静々と俺の手の中におさまってきた。触れた途端、ずしりとした質量が手に伝わってくる。

 見誤りようもない。日本刀だった。


 鞘から抜きはなつと、刃から玉が散るかと思えるような冷気が立った。背筋も凍るように美しい。そして何より、品があった。

 刃文はの目丁子。本来は碁石が並んだように見える互の目の焼頭の部分がずっと縮まり、Tの字に短く林立するかたちでずっと切っ先まで続いている。それが清らかに荒々しくも美しい。

 ゆったりと反りをうつ刀身は、長さからして打刀うちがたなだ。大太刀のようなものとは違い、ずっと実戦向きの剣だが、江戸時代までに一般的だった刀と比べてもかなり大振りなものである。あの土方歳三が使用していたという和泉守兼定いずみのかみかねさだもこのひとつだ。


 土方歳三の愛刀、和泉守兼定には二振りあると言われており、現存するものの方は二尺三寸(約七十センチメートル弱)。これもほぼ同じサイズだ。つかまでを合わせれば百五センチほどだろうか。

あの兼定は朱塗りに鳳凰の鞘なのだが、こちらは俺の「色」に合わせて紺と黒、そこにわずかの金の飾りを基調としている。

 現存する日本の刀の中では青貝微塵塗あおがいみじんぬりに最も近いように見えるが、それよりはるかに青の色が濃い。それはちょうど、リールーの瞳の色を思わせた。さらにつばには東洋の龍の姿が透かし彫りされている。

 俺は刀を一度正眼に構えると、まずは一度振りぬいた。


(軽い……!)


 いや、それは正しくない。

 恐らく剣の重さとしては前のものとさほどの違いはないはずだ。ただこの剣は、体に合わない服を無理に着せられているようだったあの違和感からは一変していた。

 まるで手に吸い付くような。最初から自分の体の一部だったのではないかと思うほどの一体感。なぜ一緒に生まれてこなかったのかと思うほどに、それは自然に俺の体と心に馴染んだ。

 俺はしばらく、心に迫るもののままに無言でいた。

 やがて、皆がじっと俺を見つめて黙りこくっていることに気がついて、ようやく刀を鞘におさめた。

 鍔がぱちりと小気味のいい音をたてる。

 俺はサンドラに向かって一礼した。


「ありがとうございました、サンドラさん。大変お世話になりました」



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※参考文献

 「図解 日本刀事典」

  歴史群像編集部/編  銀座長州屋/協力

  学研(2006)

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