第7話 三人の協力者


「あ……。も、もちろんです!」


 俺以上に呆然と話を聞いていた三人の女たちは、急に威儀を正したように座り直してそれぞれに頷いた。

「お任せください。わたくしどもは、まさにヒュウガ様の生き証人となれましょう」

 長いストレートの黒髪と紅い瞳をしたその人は、最初に炎魔法でレティとやりあった女性だ。名を「フレイヤ」という。ギーナと同じく<魔術師ウィザード>であり、攻撃魔法に特化したタイプの術師だ。特に炎熱魔法が得意であるらしい。


「わたくしたちはヒュウガ様の、星の海もかくやと申すような広いお心により、あの『緑の勇者』から解放されることが叶いました。そればかりでなく、先に攻撃を仕掛けたわたくしたちをこうしてご寛大にもお許しくださり……。感謝の申しようもありません」


 次にそう言ったのは、豊かにウェーブした金髪をもつ美貌の女性。妖艶さにあってはギーナを凌ぐほどの出で立ちで、瞳は深い紫だ。彼女は名を「サンドラ」という。やはり<魔術師ウィザード>で、電撃魔法が得意らしい。


「姉さまたちのおっしゃる通りです。あたしも力の限り、しっかり宣伝させていただきます!」


 最後にそう言ったのは、三人の中でもっとも年下らしい、まだ少女といっていいような女性だった。

 名を「アデル」。彼女はこの世界でも珍しい「ウッドエルフ(森の民)」という種族なのだそうだ。肌は浅黒く、短く切った髪は素直な銀髪で、目は鳶色とびいろ。上の二人に比べるとどうしても地味には見えるが、細身のその体はしなやかそうで、いかにも森育ちの少女という雰囲気だった。

 職種は<調教術師エンチャンター>というもので、動植物の<テイム>を得意とする。つまり彼女が、あの赤銅色のドラゴンを<テイム>したということらしい。エンチャンターは補助的な様々のスキルを少しずつ修得することが可能なのだそうで、少しなら治癒魔法や各種の守護魔法も使えるらしい。


 ちなみにそのアデルによれば、あのドラゴンにはこれからも世話になるつもりのようだ。名前もすでにつけていて、「シャンティ」と呼んでいる。あんな老人ドラゴンにつけるにしてはやや可愛らしすぎる感じもするが、そこにちゃんと愛情らしいものが見てとれて、俺は少し安心した。


 マリアは女たちをひとわたり見て「結構です」と頷いた。

「『人の噂は疾風はやてのごとし』と言いますわ。人の口に戸は立てられぬもの。とりあえずはこの町から始めればいいと思います」

「はい」

「どうぞ、お任せください」

「どうか皆さま、『青の勇者ヒュウガはテイムを使わない』ということをあちこちで囁いてくださいませ。そうしてヒュウガ様について良い風評を立てること。それがあなた方の最初のお勤めです」

「はい」

「その出来次第で、ヒュウガ様に同行できるかどうかを判定しましょう。……これでしたら、いいでしょう?」


(いや、よくない)


 正直なところを言えばそういう思いは山々だった。だが、女性たち三名が必死にうなずいてこちらを見つめる目を見ていると、とてもそうは言えなかった。俺は渋々うなずいた。


「……了解しました。どうぞシスターのお言葉のままに」

「ありがとうございます、勇者さま……!」


 女性三人が互いに抱き合わんばかりにして喜んでいる。

「けどさあ、シスター」とギーナがいきなり口を挟んだ。その声は不快さを隠そうともしていない。

「こぉんな猫娘にあっという間にやられちゃうようなウィザードなんて、ちゃんと役に立つのかい? あたしは賛成できないねえ──」

「にゃにゃ? なんか文句があんのにゃ、ギーナっち! レティのキックとパンチがそれだけ強烈なだけなんにゃ~!」

「ちょっとあんた! 聞き捨てならないね……!」

 叫んだのはレティとフレイヤだ。

 女三人とレティとがギーナを睨みつけ、一瞬、場が敵対心の気で満ちる。


「……いえ。そうではありませんわ」

 マリアがぴしゃりと終止符を打った。

「レティさんには悪いのですが。あの時のこの方々の魔法攻撃はまことに弱いものでした。ですが、それには理由があります」

「え……?」


 訊き返した俺をちらりと見て、マリアは一同をぐるっと一度見回した。


「簡単なことです。勇者様のために使う魔法は、その者がどれほど主人あるじに忠実な思いを持つか、そのことに掛かっているのです。差し詰めあの勇者さまには、この方々からさほどの忠誠心を集めることがお出来にならなかったのでございましょう。……それは、当然のことでしょうけれど」

「ああ、それで……」


 フレイヤ、サンドラ、アデルの三人は得心したように互いを見かわしている。何か思い当たるところがあるのだろう。

 たとえ<テイム>によって心を縛られているとしても、そんな「ご主人様」のために振るう魔力には限界がある。それは非常な皮肉にも思えたが、俺はどこかでほっとするものを覚えてもいた。


「魔力とはすなわち、心の力。まことの『思い』のないところに、その本領を発揮する威力は望めません。そのあたりを侮っている勇者様がたは、決して戦場で本来の力を発揮することがかないません。魔王にたどり着くはるか手前で魔獣そのほかの手にかかり、あっさり命を落とすのが関の山です」


(なるほど……)


 逆に言えば、あの「緑の勇者」にはそれが分かっていたということか。こんな状態で女たちを引き連れて行ったところで、早々に戦いに敗れ、大事な命を落とすことになる。それを見越し、あるいは諦め、恐れた結果があの帝都での堕落ぶりだったのだと?

 ともかくその夜はそれまでのことで、みなは銘々の部屋に引き取った。





 さて。

 翌日から、女たちは早速「仕事」を始めた。


「ヒュウガ様は、そりゃあ素敵な勇者様さ」


 そのあふれんばかりの妖艶さを隠そうともしないフレイヤとサンドラが、朝食の席で宿の泊まり客たちを相手に話をしている。


「あたしらは、別にヒュウガ様に<テイム>なんてされてないんだ」

「へえっ? そうなのかい?」

 客の一人、中年の男が驚いてフレイアを見返す。

「信じられないかも知れないけれど、本当なのです。もとは『緑の勇者』という困った男の持ち物にされていたのですが──」

 それに答えたのはサンドラ。

「おお。そいつの噂は聞いてるぜ。なんでも帝都ステイオーラで、えらいみんなに迷惑かけてるチンケな『勇者』がいるってよお」

「そうそう! そいつなんだよ! それが、小さな女の子まで毒牙にかけるひどいやつでね……!」

 横からのアデルが懸命に援護射撃をしている。

「その子たちだって、あのヒュウガ様に助けてもらったんだから。ね? すごい人でしょう?」

「えええ! そうなのかい。姉さんたち、えれえ苦労したんだなあ……」

「うん、まあね。それであたしら、自分からヒュウガ様についていくことにしたんだよ。ほんっと、お人柄に惚れたんだ。ね? みんな」

 フレイヤのその言葉に、あとの二人も「その通り」とばかりににっこり頷く。

「へええ……。そりゃまた、豪儀なこったねえ……」


 俺たちは彼女たちとは少し離れたテーブルにつき、彼女たちの見事な話術に聞き入りながら朝食をとった。


(……いい加減にしてくれ)


 俺は本当に、一刻も早くこの場を去りたい思いでいっぱいだった。

 これは何だろう。

 いわゆる「羞恥なんとか」というものではないのか──?


 対するギーナとレティはと言うと、先ほどからなんとなしにつまらなさそうな顔でそれを見ている。

 ライラはと言うと、いっさいそちらを見ようともせず、ただ黙々と食事をしている。今朝の彼女はなんとなく元気がなかった。見れば少し目の周りが赤いようだし、どことなくぼんやりともしている。

 ぼそぼそと雑穀パンをかじり、スープを少しばかり食べると、ライラはすぐに木のスプーンから手をはなしてしまった。小さく「ごちそうさま」と聞こえる。


「……ライラ、どうした。体調でも悪いのか」

「あっ。い、いえ……」


 ライラはびくっと身を竦めると、悲しそうな目になって俯いた。隣のレティが耳をぺたんとしおたれさせて、俺を申し訳なさそうな目で見返している。明らかに何か言いたげなのだが、何も言おうとはしない。


(……?)


 一体どうしたと言うのだろう。

 昨夜の話の流れの中で、何か気に障ることがあったのだろうか? いや、確かにマリアは彼女に関してかなり厳しい発言もしていたが。


「大丈夫ですから。ちゃんと、今日のお仕事もしますから」

 小さな声でライラに言われて、俺は返す言葉に困る。

「いや、そういうことはいいんだが──」


 ライラは一礼して席を立つと、早々に部屋に戻ってしまった。なんとなく、呼び止めるのを憚られるような背中をしていた。

 食事が終わり、先に立ち上がって部屋に戻ろうとしたところで、俺はレティに呼び止められた。


「んね、ご主人サマ。ちょっといいにゃ……?」

 

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