第22話

 エンデレはエーリの家に飛び込み、開口一番に訊いた。


 「エーリ、今はいつだ?」


 「あ、エンデレ! あんたが前に来てから二日後よ」


 昼食を食べていたエーリが立ち上がって、バタバタとエンデレを出迎える。


 「そうか。すまんな、急に」


 手の甲の針を確認すると、回りが少し速かった。


 「今回は、時間がない……急いで探さないと……」


 「ねえ、私の御先祖様に会った?」


 「まだだ」


 「『幸せは降って湧いて出る物。山あれば谷が深い』。忘れないでね」


 エーリはじっとエンデレの目を見詰めた。


 「あ、ああ……」


 エンデレは戸惑いつつも、先を急ぐことにした。


 「エーリ! 最近、泥棒がこの辺りに居着いているって言ってたな?」


 「ええ。なんかいるらしいのよね。見知らぬ不審な人間を見かけたって話もあるらしいし」


 「それどこだか分かるか?」


 「分かったら今頃捕まえてる。普段は街中にいないらしくて、探すのも手間なのよね。私のとこも被害にあっちゃって……」


 「じゃあ、何か、剣持った変な鎧の女の人とか見なかったか?」


 「なにそれ? 知らないわよ」


 「うーむ、そうか……わかった。ありがとう!」


 「え? ちょっと……」


 「その人探してるんだ! ちょっとひとっ走りしてくる!」


 「あ、私も行くわよ!」


 エンデレは急いで家を出た。。エーリもそれにあわただしく続いた。


 日射しがエンデレ達を差し込んだ。まだ明るい昼間のようだった。人通りも多い。


 「……この街の構造、実はあまり知らないんだよな……」


 「その探してる人って、この街の人?」


 「いやさすらいの人なんだ」


 「旅人? なら宿を探せばいいじゃない」


 「多分、野宿してるらしい」


 「……この街の中で?」


 「多分な……ああ、場所くらい聞いとけばよかった……」


 エンデレがガシガシと頭を掻く。


 いきなりエーリがエンデレの服の裾をつまんで引張った。エンデレがエーリを見る。


 「任せなさい」


 自信ありげにしながら、エーリはエンデレをそのままぐいぐいと引っ張って行った。


 「おい……」


 「失せ物探し、失せ人探し……いつもやってることよ」


 杖を突き出して、ぴくぴくとその先端が方向を変える。


 「こっちよ」


 「凄いな、今の情報だけで探せるのか」


 「一所に留まらない人間はこの地に染まっていないから特徴的なのよ」


 「頼もしい……」


 エンデレはエーリに引っ張られながらぐいぐいと街中を進んでいった。


 針をちらりと確認すると、もう真下を通りすぎていた。


 「……そろそろ時間が」


 「いた! あそこよ!」


 エーリの指し示す方に、二人の人影があった。


 建物の陰に、もたれかかって眠りこけている鎧の女と、今まさに剣を持ち去ろうとする赤髪の浮浪者がいた。


 「……あの鎧の女ね……赤髪の方も薄い……最近巷にでる泥棒か」


 エーリがすっと杖を浮浪者に指した。


 浮浪者が近づいてくるエンデレ達を敏感に察知し、剣をすぐに投げ捨てて逃げ出す。


 「あ、いや……」


 エンデレは浮浪者の方に気を取られながらも、捨てられた剣をすぐに拾いに行った。


 手に持った剣は、確かに上等な感じがした。装飾はろくにされていないが、とにかく重く、そして使いこまれている痕跡が見てとれる。


 「それで、どうするの?」


 「ああ……」


 剣を持って、まだ眠りこけるアリーゼを見て、エンデレはしばし迷った。


 「なんで昼間にこんなところで眠りこけてるんだこの人は……」


 エンデレは、とりあえずアリーゼを起こすことにした。


 「あのー、もしもし……」


 「……ていうか、誰よこの女……」


 アリーゼはエンデレに揺さぶられ、むにゃむにゃと目が覚めた。


 「……ん、ああ……」


 「こんなところで寝ていると危ないですよ……」


 「む……」


 目をこしこしと擦り、エンデレを見る。


 「おお……お前は……お前かあ」


 「エンデレって言います」


 「そうかそうか……ん? どうして私の剣を持っている?」


 「浮浪者に盗まれそうなところを俺が止めたんですよ」


 「む、それはありがとう。大事な剣なんだ」


 「……ならこんなところで放り投げて寝てるなよ」


 「はっはっは。久しぶりだなあ。元気にしてたか?」


 「そうですね……また盗まれそうだなこの人……」


 エンデレは目頭を揉みながら、考え抜いた後、切り出した。


 「……いきなりですみませんが、一つお願いがあります」


 「ん? 何だ?」


 「この剣を譲ってくれないでしょうか?」


 「ほう?」


 アリーゼはきらりと目を光らせた。


 エーリはこそこそとエンデレに耳打ちした。


 「……その剣が欲しかったの? なら、これは通らないんじゃない?」


 「いいぞ!」


 「いいんかい!」


 エーリが思わず突っ込んだ。


 「いやいや、なんだかこいつの言うことは不思議と信じられる気がするんだ……」


 「信じるって剣くれっていっただけでしょ。理由も何も聞いていないじゃない」


 「いやだって……あれ? なんだ、この感情は……出所がわからない……上下左右から押し寄せてくるようだ……こんなの初めて……うわあああ……」


 「なんなの……」


 「冷静な自分は絶対やめとけって言ってるのに、この感情に身を任せたい自分がいる……うう、もどかしい……」


 「情緒不安定なんじゃないの……? エンデレ、この人に何したの?」


 「……いや……まあ……」


 「お前とはまた会う気がするしな! その時に返せるなら返してくれ!」


 「そうするつもりです。しかるべき時にね」


 「じゃあな……また会おう……うう、何だこのもどかしさは……」


 「あ、はい……」


 「結局誰なのよこの女は……」


 エーリが不満そうに呟いた。

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