第2話
エーリは、エンデレ唯一の親友であり、エルの一番の親友だった。
性格はエンデレにある種似てて、人嫌いの偏屈の引きこもりだった。
今日のエーリはエルが持ってきた珍しい植物を鑑定していた。エルは顔繋ぎや仲介業のようなこともしていて、その一環だった。
「……これと、これとこれは使える。あとはゴミ」
エーリは、いつも家の地下室で魔法の研究をしている。先祖代々魔法を研究して、エーリも小さなころから魔法に触れて暮らしてきた。
陽に晒されることが少ないせいか、髪は薄い金髪で肌はとても白い。髪を長くして、いつも野暮ったいローブと杖を装備していた。
「ありがとー。じゃあこれはお礼に置いておくね。またよろしくー」
エルの明るい声に対してそっけなく手をひらひらと振り返しながら、エーリはふうと眠そうに息を漏らして、中断していた魔法の研究に戻る。エーリはよく寝不足になりながら研究に没頭する。年はエルと同い年である。エーリを訪問するのはエルかエンデレくらいで、エーリは他に友達がいない。知り合いもいない。家族ともそれほど仲良くない。エルとエンデレと魔法だけが友達だった。
子供のころから、エーリはエルに連れられてよく遊んだ。エンデレとも、一緒によく遊んだ。遊ぶのはエーリの家の中だったり、エルたちの家の中だったり、エーリの苦手な外でだったり、とにかくいろいろな場所で遊んだ。
遊びに誘われても最初は嫌嫌で、魔法の勉強を中断させられるのを忌々しく思っていたが、気付いたらそうでもなくなっていた。
昔、書庫で先祖代々受け継がれる由緒正しい本を漁っているうちにいつの間にかエルが乱入してきて、そのせいで大事な本たちがぐちゃぐちゃになってしまったときは、エーリはキレてエルに軽い衝撃魔法を放った。エルとエーリがそれでぎゃんぎゃん喧嘩をするのを、エンデレが必死になだめつつ後片付けを全てエンデレが行った。
また昔、街中を歩きながら、エーリの頭の中に閃きが走り、難解な魔法の理論が飲み込めそうになったとき、後ろから飛来したエルによって突き飛ばされ頭を打ち、閃きといくつかの知識が消え去った。エーリは泣きながらエルに精神撹乱魔法を放った。二人がぎゃんぎゃん泣いているのをエンデレがまた宥めて落ち着くまで二人の側にいた。
振り返ると酷い思い出ばかり浮かぶが、それでも、エルはいつも楽しそうに笑いかけてくるし、エンデレもいつも自分を気にかけてくれる。それはエーリにとって最初鬱陶しいものだったが、今はそうでもなくなった。
エーリは自分が他人とずれているのを自覚していた。いつも同じ服を着るし、魔法に没頭して気味悪がられるし、他人に興味が無いし、他人に調子を合わせるのは面倒くさい。
エルはそれを気にしなかった。エンデレも気にしなかった。子供のころからずっと変わらず、二人はエーリを友達と思い続けた。だから、エーリは二人と友達だった。
「……エル」
「ん?」
エーリは、研究の手を止めずに、外に向かうエルを呼びとめた。
「なーに?」
「……最近どう?」
「どうって、何が? 商売は順調だよ」
ニシシと笑ってエルは片手で銭の輪をつくった。エーリはそれを見ないで、隈の出来そうな目で自分の手元を見ながら喋った。
「そうじゃなくて……調子悪そうに見えるけど」
「え? そう見える?」
「なんとなく。気のせいなら別にいいけど」
「どうかなー? 最近、気分が乗らないときは、あるけど……」
「いつも能天気のあんたが? どうして……」
「さあ。最近、目いっぱい体を動かしてないからかな」
「私よりはずっと動いてるでしょうに」
「あ、そうだ。今度木のぼりに行こうよ」
「……ん?」
エルは、ぷっと吹き出して、クスクスと笑いだした。エーリは手を止めて、エルの方に体を向けて、エルをじろりと睨んだ。
エルは、おかしそうに笑っていた。
「ああ、ごめんごめん。なんでもない、なんでもない。あーほら、近くに丘があるでしょ? 頂上に超どでかい木が生えてるところ。あそこに行こうと思ってさ」
「何言ってるの? あの丘は危険な獣が出るわよ」
「だからさー、エーリの魔法が必要なんだよ……お願い!」
「……何でまた」
「なんでかなー……昔は木とかよく登ったじゃん? 童心に返りたくなったのかな?」
「……はあ?」
エーリは、頬をかくエルを呆れたようにジト目で見つめた。そして、溜息をついた。
「……まあ、いいけど。あんたがわからん奴なのは昔からね……」
「ありがとううう」
エルはエーリに飛びつこうとしたが、エーリは近くの杖で素早くエルを牽制して近づけなかった。
「いけずううう。はあ、今日はとりあえず帰るよ」
「はよ帰れ」
「はいはい……ああ、そうそう」
エルが帰ろうとする途中で、ぽんと手を叩いた。
「にーさんも連れてくから。久しぶりに一緒に遊べるね」
「……ふうん」
「でも、久しぶりじゃないのかな? 一応、二人で会ってはいるんじゃない?」
「……時々は」
「ふーん、そっか。ふふ」
「……」
エルは騒々しく家から出て行った。
それを見送って、エーリは溜息をつきながら、また机に向き直った。
「……」
続きに手をつけようとしたが、しばらく沈黙し、エーリは机の引き出しを開けて、鏡を取りだした。
「……」
自分の顔を映して、しばらく前髪を弄った。結局、弄る前と大差ないままに止めた。
「はあ……」
鏡を放り投げて、物憂げに溜息をついて、エーリは研究に戻った。
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