ⅩⅩⅧ 偽りの姿
伯爵家の屋敷の、奥まった静かな一角。いくつも並ぶ扉の一つが開き、小柄で細身の騎士が廊下に姿を現した。そのあとに続いて出てきた少年は、浮かない顔で呟いた。
「大丈夫かな。エディ、独りにしてしまって。」
そんな少年――ロビンをちらりと見て、騎士イリスは扉を閉めつつ静かに言う。
「仕方ありません。彼が、一人にしてほしいと言うのですから。僕たちは戻りましょう。」
そしてそのまま歩き出すイリス。と、その背中をロビンが呼び止めた。
「ねえ、イリス! ひとつ聞いてもいい?」
「何でしょうか。」
振り向いた騎士をまっすぐに見つめ、少年は強い口調で言った。
「イリスはどうしてそんな格好しているの?」
問われてイリスは、自分の服装を見下ろした。飾りの殆ど付いていない簡素な騎士装束。イリスは表情を変えずにロビンを見つめ返す。
「何のことです。」
「誤魔化さないで。僕、分かってるんだよ。ずっとノエルと一緒にいたんだから。ノエルの事だって……本当は、結構前から分かってたんだ。」
イリスは何も言わない。ロビンはその目をしっかりと見据え、それを口に出した。
「イリス。あなたも、女の人なんでしょう。」
騎士はそれに直接答えず、ほんの僅かに目を伏せた。
窓から差し込む陽がイリスの姿を照らす。色の白い肌。優しげな顔立ち。よく見ると長い睫が綺麗な瞳を縁取っている。ほっそりした身体つき。男性にしては低めの身長に、少年っぽさの残る声。
「今日会ったばかりのあなたに見抜かれてしまうなんて、僕もまだまだですね。」
溜息まじりに言った声は、やや低めではあるが完全に女性のものだった。
「イリス、どうして?」
窓の外を何気なく眺める彼、いや彼女が何だか泣いているように見えて、ロビンは思わず呟く。と、イリスは唐突に明るく言った。
「ちょっと、昔話をしましょうか。」
「え?」
「今から二十年ほど前のことです。ある騎士の家に、女の子が生まれました。古い家柄でもなければ地位も高くなく、広い領地も立派な屋敷も無い下級騎士です。父親は教養の浅い、無骨で不器用な人だった。けど、何より家族を愛していた。周りと比べて決して良い暮らしとは言えなくても、その女の子にとっては、両親と兄弟に囲まれてとても幸せな時間でした。」
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