ⅩⅩⅥ 後悔の償い
「ノエル、やっと会えたね。……お帰り。」
青年が優しく微笑む。ノエルは驚きのあまりどうしていいか分からなくなったようで、ソファから立ち上がったまま硬直していた。ミカエルは二人の少年たちにも視線を向ける。
「初めまして、エディ、ロビン。ノエルの事、ありがとう。そして申し訳ない、君たちまで巻き込んでしまって。」
ロビンはびっくりして、ノエルの袖をいっそう強く握った。が、エディはやはりぴくりとも動かなかった。ミカエルの言葉が彼の耳に届いているかどうかも、その表情からは分からない。そんな様子を見たミカエルは傍らの騎士に言う。
「オニキス、部屋はもう用意ができている。彼を先に連れて行って休ませてやってくれないか。彼には詫びなくてはならないが、それより前に休息と時間が必要だ。」
「僕が参りますよ。」
その声にそちらを見ると、イリスがちょうど部屋に入ってきたところだった。彼は主人に礼をし、言う。
「オニキスはミカエル様のこともノエル様のことも、またこの一件の殆どを知っています。立ち会った方がいいでしょう。」
「そうだな。頼む、イリス。」
ミカエルが頷き、騎士はまた軽く頭を下げる。そして何か言いかけたが、それより早くミカエルが鋭く言った。
「私に対する謝罪は受け付けぬぞ。」
「えっ」
驚いて顔を上げたイリスに、貴公子は穏やかに微笑みかける。
「マーヤ殿の事、既にオニキスから報告を受けた。何があったかは概ね推測できている。私はお前をよく知って分かっているつもりだから言っておくが、あまり気に病むな。相手が手強く力及ばなかっただけの事、お前は力を尽くしたのだろう? 私に謝るのは、筋が通らない。」
「しかし、それでは僕の気が済みません。この命を懸けて償うつもりでおりますので……」
「それでもしお前が死んだとして、誰が救われる。」
ミカエルの口調に、イリスははっと言葉に詰まった。主の深い瞳には深い哀しみの色があった。
「……しかし、せめて何か償いをさせてください。」
なお食い下がる彼に、ミカエルは少し考えてから言った。
「では彼ら二人を……ノエルだけでなく、エディとロビンを何があっても守れ。それが、命を落としたマーヤ殿と母を亡くしたエディに対してお前が出来る唯一の償いだ。」
「はい。承知仕りました。」
イリスは深々と頭を下げる。その顔はまだ苦痛に歪んでいるように思えた。やはりマーヤの死で自分を責めずにはいられないのだろうか。
「待って、僕も一緒に行くよ。」
ロビンはそう言って、エディとイリスに駆け寄った。
連れ立って部屋を出ていく三人を、ノエルはぼんやり見送った。ミカエルがぼそりと呟く。
「気に病むな、と言っても無理だろうな。イリスは少々生真面目すぎる。」
そうして彼はゆっくりとソファに近付き、ノエルに席を勧めながら自分も向かいに座る。その傍らに、騎士が静かに控えた。
「ノエル。」
柔和に微笑み、かぎりなく優しく愛情を込めた口調でその名を発音する貴公子。吸い込まれそうなミッドナイトブルーが煌めく。
ノエルは緊張と衝撃で固まっていたが、何とか口を開いて、さっき一番驚いた単語を口にした。
「……〈伯爵〉?」
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