元魔王の想い
ゼクスの腕の中で目を瞑ったまま動かないレティシアがいる。
だがそのレティシアは血に濡れ瀕死の状態でいるが、辛うじてなんとか生きているようだ。
しかしゼクスはそのレティシアを抱きしめながら、ただ呆然と青白くなっていくレティシアの顔を見つめていた。
するとそのレティシアの顔に、前世のサラスティアの顔がダブって見えたのだ。
それもそのサラスティアの顔は、すっかり年を取った老婆の顔をしている。
しかしその顔色は今のレティシアよりさらに白く生気を感じられなかった。
何故ならそのサラスティアは天寿を全うしこの世を去った時のサラスティアであったからだ。
だがその表情はとても満足そうで穏やかな死に顔であった。
「っ!!」
ゼクスはそのサラスティアの死に顔を思い出し、辛そうな表情で息をつまらせたのだ。
するとその時、とても楽しそうに笑うガザールの声がゼクスの耳に聞こえてきたのである。
「くくく、やっとその邪魔な下等生物が死んでくれるぜ!くく、俺を散々馬鹿にしたんだそのまま報いを受けて苦しんで死ね!!はははは!!」
その時、そんな高笑いを聞いたゼクスの中で何かが激しく弾けたのだ。
ゼクスは腕に抱いていたレティシアを床に置き顔を俯けた状態のままゆらりとその場で立ち上がる。
「ああ?なんだゼクス?そんな体でまだやろうってか?ああそうか、その下等生物と一緒に死にたいんだな。良いだろうお望み通り俺が殺してやるよ!!」
そうガザールが言ったと同時に、ガザールはレティシアの体を突き刺した血に濡れた手でゼクスを貫こうとしてきたのだ。
しかしその手がゼクスの体に届く寸前、ゼクスはその手首をガシッと掴んだのである。
「なっ!!」
あまりの早さにガザールは驚きの表情をしていると、その掴まれた手首をゼクスが物凄い力で握りだしたのだ。
「ぐわぁぁぁぁ!い、痛え!!!」
そうガザールは苦痛の表情で叫ぶが、しかしゼクスはその手を離そうとはせずさらにいまだに顔を俯けたままであった。
すると漸くガザールはゼクスの様子がおかしい事に気が付いたのだ。
そのゼクスの体から黒い靄がゆらゆらと漂い出ており、さらにゼクスから激しい殺気を感じる。
「な、なんだ!?っ!!は、離しやがれ!!」
ガザールはそのゼクスの只ならぬ様子を見て背筋にゾッと寒気を感じ、慌てて掴まれている腕を離そうとするが全くびくともしない。
そんなさっきまでと違うゼクスの強さに、ガザールは段々焦りの表情を浮かべだす。
「た、たかが人間の女と言う下等生物が死ぬだけでそこまでキレるんじゃねえ!!!」
ガザールがそう怒鳴ったその時、ゼクスの体から出ていた黒い靄が一気に激しく溢れだしそしてゼクスは物凄い勢いで顔を上げた。
しかしそのゼクスの顔は先程までの顔とは明らかに違っている。
何故なら後頭部からその顔の中心に向かっていくつもの赤い模様が浮き上がり、さらに血のように真っ赤な瞳だった目が目の中全体真っ赤に染まりそして意思が無いように見えるのだ。
さらにゼクスの髪が激しく揺らめきだし、その頭から二本の大きな角が生えだした。
そして背中には四枚の黒く大きな羽が広がったのである。
「な、な、なんだその姿は!?最上級魔族がそんな姿になるなんて聞いた事ねえぞ!!!」
そのあまりの異形で威圧的な姿とさらに膨れ上がった殺気にガザールは無意識に体が震えだす。
しかしそんな自分の体の状態にも気が付く余裕がないほどガザールはそのゼクスから目が離せないでいたのだ。
するとゼクスはその意思の無い目を掴んだままであるガザールの手に向け、そしてレティシアの血で濡れている手をじっと見つめる。
その瞬間、ゼクスが掴んでいるガザールの手が突然皺々に萎みだしたのだ。
「なっ!!」
そしてその皺々がどんどん手から腕に移動しさらにガザールの体にまで広がる。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!!や、止めろ!!!」
そうガザールは叫ぶが、ゼクスは無表情でじっとそんなガザールを只々無言で見つめていた。
そうしてその皺々はガザールの足まで広がり、ガザールは立っている事が出来ず手首を掴まれた状態のままその場で座り込む。
「た、頼む・・・助けてくれ・・・」
ガザールはそう弱々しい声で顔まで皺々になりながらゼクスに懇願する。
しかしゼクスはそれでもそんなガザールを無言で見つめ続けたのだ。
そして次の瞬間、ガザールは悲痛な表情のまま生気を無くしそのまま事切れた。
ゼクスはそんなガザールをなんの感情も浮かんでない顔で、まるでゴミでも捨てるかのようにその場に投げ捨てる。
するとガザールは軽い音を立てて床に倒れると、その体から突如一気に闇の炎が燃え上がりそうしてあっと言う間に跡形もなく燃えてしまったのだった。
しかしゼクスはもうそんなガザールの末路を見る事もせず、ゆっくりと足元で倒れているレティシアに視線を向けたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
突然ゼクスはそんな雄叫びを上げ羽を羽ばたかせて天井付近まで浮き上がり、さらにその空中で浮かんだまま雄叫びを上げ続けたのである。
するとそのゼクスを気遣わしげに見ながら、リカルドが倒れているレティシアの下に走り寄ってきてしゃがみ込んだ。
「・・・これは、相当酷い傷ですね」
そう言ってリカルドは懐からいくつかの治療薬や止血用の布を取り出し、急いでレティシアの治療を始めた。
「やはり・・・前世のサラスティアの時と一緒で膨大な魔力がレティシアの体を自己回復させてますね。だけど・・今回の傷は前回とは比べ物にならないほど酷い。どうも自己回復が追い付かず流血が止まらない・・・これはどうしたものか・・・・・」
リカルドは治療の手を止める事なく思案していたその時、上方からとてつもない魔力の波動と激しい突風が襲ってきたのだ。
その突然の出来事にリカルドは慌てて上を見上げると、空中に浮いていたゼクスの体を中心に激しい突風が巻き起こっていたのである。
そんなゼクスの様子に、リカルドは焦った表情を浮かべる。そしてそのゼクスに向かって大きな声で呼び掛けた。
「っ!ゼクス様!!もう魔力をお使いになるのはお止め下さい!!あまり使われますとゼクス様のお体が保ちません!!!」
しかしゼクスはそんなリカルドの声など聞こえていない様子で雄叫びを上げながらさらに激しく魔力を放出し続けていたのである。
「くっ!やはり私の声など聞こえないですか。どうやらショックと怒りのあまり魔力の暴走を起こされてしまってますね。しかしあのままでは魔力の暴走で命を削りあっと言う間にゼクス様の命が・・・だけどああなってしまったゼクス様を私の力ではお止めする事が出来ない。唯一あのゼクス様をお止めする事が出来るのは・・・」
そう言って下を向き横たわっているレティシアをじっと見つめた。
「やはり貴女しか出来ません。レティ!しっかりしなさい!!貴女はこんな所で死んではいけませんよ!!」
リカルドはそう言いながらレティシアの頬を叩くが、やはり一向に目覚める気配を見せなかったのである。むしろどんどん顔色が悪くなっているのが見て分かる程だった。
「・・・・・仕方がありません。今まで一度も試した事はありませんが・・・何故か貴女なら大丈夫な気がします」
そうリカルドがうっすらと苦笑いを浮かべると、徐に左腕の袖を捲り上げ素肌を晒すと右手の人差し指をその剥き出しの肌に当てる。
「っ!」
リカルドが一瞬痛みに眉を顰めると、そのリカルドの左腕に一筋赤い血が流れだしたのだ。
するとリカルドはレティシアの頭を右手で少し上げそのレティシアの少し開いている口に左腕を近付け、その腕から垂れ落ちた血をレティシアの口の中に落としたのである。
そしてすぐにリカルドは口からその血が垂れ落ちないように口を手で閉じ、真剣な表情でレティシアに呼び掛けた。
「レティ!飲みなさい!!」
するとそのリカルドの呼び掛けに反応したのか、僅かだが喉が動き小さく飲み込んだ音が聞こえたのである。
その様子にリカルドはホッとした表情を浮かべるが、すぐに表情を戻し再びレティシアを横たわらせると治療を再開させたのだ。
「・・・私に出来る事はもうこれ以上ありません。あとはレティ・・・貴女の生命力に賭けるだけです」
そう今も目覚める気配を見せないレティシアの顔を見つめながらリカルドが呟いたのであった。
◆◆◆◆◆
(・・・なんだろう・・・体の感覚が全く無いし意識がぼや~としてる・・・)
私はその不思議な感覚のまま薄く靄が掛かっている目の前の光景を見たのだ。
(・・・あれ?なんかここ何処かで見た事あるような・・・なんだか凄く懐かしい・・・ああそうか、ここサラスティアの時に暮らしていたアルカディア王国の私の寝室だ・・・そっか、私夢でも見てるんだ・・・だから体に感覚が無いのか)
そう思いながら今は懐かしい寝室を見つめる。
しかしその時、寝室の中にあるベッドに誰かが横たわっている事に気が付いた。
(あれ?あれは・・・)
そう不思議そうにそのベッドの人物を確認しようとした時、どうも歩いている感覚は無いのだが勝手に歩いてそのベッドに近付いて行っていたのだ。
(・・・思ったよりも視点が高いような・・・まあでも夢だからおかしくてもそれが当たり前か)
私はそう思いながらもその天涯付きのベッドに近付いたのでそのベッドで寝ている人物を確認した。
(・・・え?私?いや、正確には・・・前世の私だ。だけど・・・どう見ても老婆になった時の私。それも・・・もう息を引き取ってる・・・いやいや、いくら夢でも前世である自分の死に顔を見るのはキツイな・・・)
そう心の中で苦笑を溢していると、突然凄く近くからよく知っている声が頭の中に響くように聞こえてきたのだ。
『サラ・・・本当に逝ってしまったのか・・・』
私はそのとても寂しそうな声にドキッとさせながら回りを見渡そうとして・・・見渡す事が出来ないでいる事に気が付いた。
(あれ?何で首動かせないんだろう?と言うか、今の声ゼクスだよね?一体どこに・・・)
そう自分の意思で首を動かせないこの状態に戸惑いながらも、見える範囲でゼクスを目で探す。
するとベッドの向こう側の棚の上に置かれていた鏡の存在に気が付きそしてそこにはベッドの脇で立ち寂しそうな顔で前世の私を見つめているゼクスがいたのだ。
(ゼクス!!・・・あれ?声が出ない。それに私は鏡に映ってないような・・・)
そう私が不思議に鏡を見ていると、突然視界が下がりまるで眠っているかのような前世の私の顔に近付いたのである。
そしてさらにその見ている視界の先で、その前世の私の頬にゼクスだと思われる手が優しく触れたのだ。
『・・・やはり冷たい』
再びまるで頭の中に響くようなゼクスの声に、私はそこで漸くゼクスの中に何故か私が入っている事に気が付いたのである。
しかし目の前にいるのは前世の私なので、どうもゼクスの過去の出来事を追体験しているのだと分かった。
(でも、何でゼクスの過去視点なんだろう?普通は自分の過去の追体験をすると思うのに・・・)
そう疑問に思いながらもこの不思議な体験を受け入れる事にしたのである。
するとこの状況を受け入れたと同時に、ゼクスの悲痛な想いが伝わってきたのだ。
【サラ・・・何故死を受け入れた?そなたの膨大な魔力を以ってすればまだまだ生きられただろう?そうすれば、あの男がすでに他界した今なら我と共に生きられただろうに・・・】
そんなゼクスの気持ちが聞こえ、私は感覚が無いはずなのに胸が締め付けられるように痛くなった気がした。
(ゼクス・・・前世の私が死んだ時そんな想いでいたんだ・・・でもきっとあの時の私は、ゼクスにそんな事言われてもきっと受け入れず変わらず天寿を全うしたと思う。だけど今の私は・・・)
私はそこで今のレティシアである自分のゼクスへの想いを真剣に考え出したのだ。
(レティシアとして転生した今の私には、前世の夫であったジークへの想いは・・・サラスティアとしての人生の時で終わっている。そして今は新たな気持ちで生まれ変わりそして・・・ゼクスに再び出会った。そこでゼクスの今も変わらない想いに触れ・・・正直私は凄く嬉しいと感じたのだ。さらに私を愛しい人と呼び妃にしたいとも言われた時・・・恥ずかしいとは感じたけどはっきり言って嫌じゃ無かった・・・)
そう自分の気持ちを一個一個整理していきそうして漸く結論に辿り着いたのである。
(そうか・・・私、多分ゼクスと再会した瞬間からもうゼクスの事が好きになっていたんだ!)
その気持ちに気が付いたと同時に、このとても辛そうに前世の私を見つめているゼクスを抱きしめてあげたくなったのだ。
しかしここは過去の出来事・・・正直どうなってこう言う状況になったかは分からないが多分ゼクスの記憶が私の中に流れてきて見れているのだと思う。
だから今のゼクスには私は何もしてあげられない。
その事に私は泣くことは出来ないけど泣きたい気分になったのだ。
すると突然ゼクスはさらに前世の私の顔に顔を近付けていきそして瞼を閉じて視界が閉ざされる。
そうして何故かその時だけ感じる事の出来た唇から伝わっる冷たく少しだけまだ柔らかい感触に、私はゼクスが口づけを落としたのだと察したのだ。
そしてすぐにゼクスは顔を少し上げ再び瞼を開けてからじっと私の前世の顔を見つめるとスッとベッドから離れくるりと踵を返した。
『・・・・・さらばだ』
そう一言ゼクスが呟いたと同時に視界が暗転し、もう辺りは暗闇に覆われ何も見えなくなってしまったのである。
どうやらここで過去の追体験は終了したようだ。
(ゼクス・・・)
私はゼクスのあの辛そうな様子に今のゼクスに無性に会いたくなったのである。
しかしそこで私はふとこの追体験をする前の状況を思い出したのだ。
(そう言えば私・・・あのガザールに体貫かれたんだ!!じゃあ私は死んじゃったの?でもそれならこんな意識があるとは思えない・・・ならまだ死んでないはず!!だったら早く目覚めてゼクスを助けなければ!!!もうゼクスにあんな悲しい想いもましてやゼクスが死んでしまうのも私は絶対嫌!!!)
そう強く思った時、突然私の頭の中にリカルドの声が響き渡ったのである。
《レティ!!》
するとその声につられ私の意識が一気に暗闇から覚醒していったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます