再会
目を瞑りながら浮遊感と軽い目眩を感じていると、突然その感覚がふっと無くなった。
それと同時に、靴の底から柔らかな絨毯を踏んでいる感覚を感じたのだ。
「もう目を開けてよろしいですよ」
そんな声が頭上で聞こえ、私は恐る恐る目を開け上を見上げる。
すると私を上から見下ろしている深紅の瞳と視線が合った。
その人物は眼鏡を掛け、うつむき加減でいる事で白い髪が垂れて顔に掛かっている。
そしてそのまるで人間に近い顔立で、さらに美しく端正な顔でありながら無表情でじっと私を見つめていたのだ。
「・・・・・リカルド」
「・・・特に転移魔法による影響は無いようですね」
そう私をあの危機的状況から救いだしてくれたのは、ゼクスの側近でもあった最上級魔族のリカルドだったのである。
しかしリカルドは私の呟きに特に驚いた様子も無く、淡々と私の状態を確認しそれから私の体を離したのだ。
「え、えっと・・・何であなたが・・・」
そう私は戸惑いながらリカルドに問い掛けるが、リカルドはじっと私を見つめてから何も答えず、ただ静かに一歩下がり胸に手を当てて頭を下げてきた。
「へっ?どうした・・・・・」
「ふっ、久しいな」
突然そんな前世で何度も聞いた懐かしい声が後ろから聞こえ、私は聞き間違いかと思いながらゆっくりと後ろを振り向いたのだ。
するとそこには、椅子にゆったりと座り優雅に足を組んでこちらを楽しそうに見ている漆黒の髪に深紅の瞳の男がいたのである。
「ゼ、ゼ、ゼクス!?」
まさかもう会えないと思っていた人物に会え、私は驚愕に目を見開いた。しかしすぐに会えた事に思いのほか喜び無意識に笑顔になる。
するとそんな私を見て、ゼクスがふっと笑ったのだ。その瞬間、何故か私の心臓は大きく跳ねたのである。
(ん?なんだろうこのドキドキは?)
私の体に起こった突然の異変に戸惑い、胸に手を当てて首を傾げたのだ。
「相変わらずよく表情がコロコロ変わる」
「え?いや・・・ゼクス、生きてたのね」
「くく、我を勝手に殺さないでもらおうか」
「あ、ご、ごめん」
「ふっ、立ち話もなんだそこに座ったらどうだ?」
ゼクスが正面の椅子を示すと同時に、リカルドがすでにその椅子の後ろに回り込み私が座りやすいように引いてくれた。
さすがにそこまでされたので座らないわけにもいかず、いまだに頭の中が大混乱のままその椅子に座ったのだ。
「リカルド、茶の準備を」
「畏まりました」
リカルドはゼクスに一礼すると部屋から出ていったのである。
そこで私は、漸くここがどこかの家の一室である事に気が付いた。そして窓から見える外の景色は深い森に覆われていたのである。
「・・・ここは?」
「我の屋敷だ」
「あれ?ゼクスはもうお城に住んで無いの?」
「ああ、色々面倒になって城を出たのだ。今はここで隠居生活をしている」
「隠居って・・・・・あれ?そう言えば、何でゼクスは私と普通に話してるの?」
「何かおかしいか?」
「え、いやまあ・・・一応初対面・・・だし」
この複雑な状況に、私は何と言ったら良いのか困ってしまった。
するとそんな私をゼクスは楽しそうに見つめ、そして思いがけない言葉を発したのだ。
「我とそなたは初対面では無いだろう?なあ・・・サラよ」
「っ!!な、何で!?」
「我がお前を見間違うはずが無いだろう。いくら容姿が変わっても魂は一緒だからな」
「魂って!そんなの分かるの!?」
「ああ分かるぞ。サラの魂は他の者には無い美しい輝きを持っていた。それはその姿になっても変わってはいない。そなたは間違いなく我が唯一妃と望んだ女性だ。そしてそれは今も変わらん」
「っ!!!」
ゼクスの熱のこもった瞳に見つめられ、私の顔が一気に熱が上がったのを感じたのである。
「ゼ、ゼ、ゼクス、私はもうサラじゃ無いからさ!」
「それは分かっている。そなたは転生したのであろう?だが本質は一緒だ。だから我の気持ちも変わらぬ」
「そ、そ、そんな事言われても・・・」
「それともなにか?もうその新しい人生ですでに伴侶がいるのか?」
「え?・・・いないけど」
「では好いた男でも?」
「いや、それもいないよ・・・あ、ただ住んでいた村の幼馴染に、無理矢理結婚させられそうにはなったけど・・・」
「ほぉ~」
私の言葉に、ゼクスは目を細めその瞳が一瞬ギラリと光ったのだ。
そのゼクスの様子に、私はゾクッと背筋に寒気が走ったのである。
「ゼ、ゼクス?」
「・・・今のそなたの様子から、その男の事は好いてはいないようだな」
「まあ別に幼馴染としては嫌いでは無かったけど、異性としてはね・・・」
「ふむ、ならば今のそなたを得るにはなんの障害も無いようだな」
「なっ!?え、得る!?」
「当たり前であろう。先程も申したが、我の気持ちは変わってはいないぞ」
「なっ!ちょ!ゼクス!?」
「我の妃はそなたしかいない。そなたがサラの時は仕方がなくあの男に譲ってやったが・・・今回は遠慮するつもりはないからな」
そう言ってゼクスはニヤリと笑ってきたので、私の顔はさっきよりもさらに熱が上がってしまったのである。
(っ!!そ、そこまで私の事思ってくれてたの!?それも前世でサラとしての生が終わって200年以上経ってるのに!?)
そのゼクスの思いに、私の心臓は早鐘を打ち続けていたのであった。
「ふっ、どうやら今回は期待が出来そうだ」
ゼクスは私の顔をじっと見ながら、もう一度ニヤリと笑ったのである。
すると丁度その時、リカルドがお茶を用意して部屋に入ってきたので、私は頭を振って急いでこのよくわからないドキドキを抑える事にしたのだ。
そうしてリカルドが、私達の前のテーブルにお茶の入ったカップを置く頃にはなんとか顔の熱を下げる事に成功したのである。
そんな私をゼクスは楽しそうに見ながら、リカルドが用意してくれたお茶を一口飲んだ。
「・・・そう言えば、そなたの今の名を聞いていなかったな」
「え?ああそう言えばそうだね。私の今の名前はレティシアだよ。レティって呼んでくれて良いから」
「ならばレティ、今度そなたの茶を飲ませてくれないか?」
「ああそんな事いつでも良いよ」
「すまんな。リカルドの茶も嫌いでは無いが、やはりそなたの入れてくれた茶が一番美味い。サラが死去してからは飲めなくなってしまい酷く残念だったが・・・再びそなたの入れた茶が飲めると思うと嬉しいぞ」
「・・・一応私も貴女の入れたお茶に近い味を出そうと研究したのですが、やはりどうしても同じ味が出せませんでした。ですので、今度からはゼクス様のお茶は全部貴女にお任せ致します」
「え?いや、私もずっとここにいるわけでは・・・」
「お願い致しますね」
「は、はい!」
リカルドのお願いと言う言葉の有無を言わせない力強さに、私は大きく首を縦に何度も振って慌てて返事を返したのである。
(相変わらず、リカルドに対して何故か本能が逆らってはいけないと訴えてくる!!)
私の返事にうっすらと笑みを浮かべたリカルドを見て、逆になんだか恐怖を感じたのであった。
しかしそこでふとある事に気が付く。
「そう言えばリカルド・・・あなたも私をサラの転生した者だと分かってたの?私の魂とか言うの見えるの?」
「いいえ、私には魂は見えません。しかしゼクス様がおっしゃられたので」
「・・・ゼクスが言ってただけで信じたの?見た目も全然違うのに?」
「ええ、ゼクス様がおっしゃられた事に私は全く疑いは持ちませんでした。しかし・・・実際貴女と言う人を見て、やはりゼクス様の言葉は正しかったと確信しましたよ」
「・・・そんなに変わってない?」
「ええ、面白い程に全く性格は変わっていませんでしたね」
「それって、良い意味なのか悪い意味なのか・・・」
「お好きなように受け取って頂いて構いませんよ」
「うっ・・・もう聞きません」
リカルドの意味ありげな笑みに、私はもうこれ以上聞かない方が良いと悟ったのである。
「そ、それはそうと、どうしてリカルドはあのタイミングで私の所に現れたの?」
「それは・・・」
そう言ってリカルドはチラリとゼクスの方を見た。
「それは我が、リカルドにレティを助けに行かせたからだ」
「ゼクスが?でも・・・ここって城からどれだけ離れているかは分からないけど、普通じゃ分からないと思うんだけど?」
「まあ確かにここは城からはだいぶ離れているな。だが我にはこれがあるのを忘れたか?」
ゼクスはそう言うと、近くの棚に置いてあった少し大きめの鏡を手に取り私に見せてきたのだ。
「鏡?・・・あ!そうかその鏡ってゼクスの魔力が届く範囲ならどこでも映せる確か・・・『魔鏡』だったっけ?」
「そうだ。我の魔力を持ってすれば、あの城の内部ぐらいこの魔鏡で見る事など容易い」
「なるほど。だから私の事が分かったんだね」
「まあ普段はもうあの城の内情に興味など無かったのだが、どうも城の方から懐かしい気配を感じてな。何気に魔鏡を使ってみたらそこにサラと魂を同じにするそなたが映ったのだ。さらにそなたに危機が迫っているのが分かったからな。すぐにリカルドに行かせたのだ」
「・・・・・ゼクスは来れなかったの?」
「ふっ、我に助けて貰いたかったのか?」
何故だか思わずボソッと言った言葉に、ゼクスは嬉しそうに微笑み私を見つめてくる。
私はハッと自分の言った言葉の意味に気が付き、慌てて顔を背けてゼクスの顔を見ないようにしたのだ。
(なんで私あんな事言っちゃったんだろう?出来ればゼクスが良かったと思うなんて・・・)
自分の心に戸惑い、なんだか落ち着かない気持ちになってしまった。
「レティ、私で申し訳ありませんでした。ですが、どうしてもゼクス様が直接行けない理由があったのです」
そのリカルドの言葉に、私は不思議そうにリカルドの顔を見て次にゼクスの方を見る。
するとゼクスは、困ったような複雑な表情をしていたのだ。
「理由って?」
「それはな・・・」
そうして私は、ゼクスから何故王位を退きここで隠居生活を送っているのか聞くことになったのである。
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