第5話ドラマの撮影
翌日からドラマの撮影が始まった。撮影は自分が出ていない時の待ち時間がけっこう長い。
「バンバンバン、うぉ、やられたぁ。」
Yunはおもちゃの鉄砲でお兄ちゃんたちの背中を狙い撃ち、勝手に撃たれた演技をしている。
「Saku兄、撃ったよー!倒れてよぅ。」
Sakuは呆れた顔をしたものの、
「うぉう。」
暇なので倒れてくれた。Soyaはダンスが得意で、Yunとも年が近いので、一緒になって面白かっこいいダンスを踊ったりする。
「Yunは元気だなあ。出番だって多いのに。」
一番落ち着いているReoが座ってみんなを眺めながら、そう言って笑う。
そこへ、Roiが自分の撮影が一段落して、楽屋に入って来た。
「あ、Roiお疲れ!」
Yunは一目散に近づいて行って、至近距離からおもちゃ鉄砲で撃つ。Roiはちょっとニヤっとして、けれどもリアクションはなしで自分の荷物のある席に座った。そして、お菓子の袋を開けて、Yunに
「ほれ。」
と言って差し出した。
「いい、いらない。」
Yunはちょっとすねて断ってみる。けれど、Roiは黙って袋をYunの方に差し出したまま。Yunは諦めて袋に手を入れてお菓子を取った。Roiは満足げにニヤっと笑うと、スマホを出して眺めた。
ベッドに寝るシーンがあり、Yunは眠っている演技をしていた。
「Kai、起きろKai。」
Yunは起きない。
「あれ?Yun?本当に眠ってないか?」
Roiに起こされるシーンだったが、役名を呼ばれても一向に反応しないYun。本当に眠っていた。スタッフに起こされる始末。
「あ!ごめんなさい!すみません。」
ペこぺことあちこちに頭を下げるYunを見て、Roiは大笑いしていた。
ある日、Yunが撮影のために現場に到着すると、Roiは既に来ていた。帽子をかぶり、椅子に腰かけてスマホを見ていた。部屋に入るなり、Yunはその姿に目が釘付け。一緒に来たSaiにこっそり、
「ああ、Sai。あの人はなんてかっこいいんだろう。」
と言ってため息をついた。
「本当ねえ。」
Saiも思わずため息をつく。
「ねえSai。彼はいつもスマホを見ているんだ。もっと話しかけたいのに。やっぱり話しかけたら迷惑だよねえ。」
まだ小声でYunが囁く。
「Yunは、どんな時にスマホを見る?」
Saiが聞くと、Yunはちょっと考えて、
「暇な時とか、独りぼっちで寂しい時かな。」
と言った。そして、はっとした顔でRoiを見た。Saiはうなずく。Yunはまだ少し戸惑っていたけれど、意を決してRoiの方に近づいて行った。
「おはよう、Roi!」
そう言って、隣に座った。Roiは顔を上げ、Yunを見た。そして、嬉しそうに笑った。
撮影は順調に進んだ。最初は険悪ムードだったKaiとSyuは、徐々に関係が進展していく。この日、SyuがKaiの腕を掴んでベッドに押し付けるシーンの撮影になった。
まず、段取りを説明するために、助監督がRoiの代わりにYunをベッドに押し付けて、監督の指示を仰いだ。助監督は、よくふざけてYunを笑わせる。この時もYunは助監督の顔を見ただけで笑ってしまった。男の自分が男の人にこんな風にされたことは今までに一度もないわけで、正直照れもある。その様子を、近くでRoiが見ているのだが、Roiは腕組みをして、真剣な顔でYunと助監督の動作を見ていた。真剣な顔なのか、不機嫌な顔なのか、Yunには分からなかった。
実際の撮影では、RoiがYunを押し倒すわけで、顔も近い。Roiの演技は真剣だ。恥ずかしがったり照れたりしていてはいけない。ドキドキしてセリフを忘れてもいけない。
「はい、カーット!OK。」
Yunは思わず大きく息を吐いた。やり直しにならなくてよかった、とあからさまにほっとしていた。RoiはそんなYunを見て、最初はニコっとしたけれど、その後複雑な表情に変わった。
「Yun、表情がいいぞ。Syu先輩の事が好きなのに、という切ない感情をよく出せている。初日の訓練のたまものだな。」
監督からお褒めの言葉をいただいた。が、Yunは嬉しいというより恥ずかしさで顔が赤くなった。もちろん表情も演技なのだから、演技を誉められたのは役者として誇らしいことではあるが、初日の訓練のたまものということは、つまり本当にRoiの事が好きになったからだねと言われているということだ。ここは否定すべきか、どうなのだ?
「ありがとうございます。」
だが、Yunはただそう答えた。顔が赤い。助監督が
「うーん、可愛い可愛い。」
と言ってYunの頭を撫でた。
次に、SyuがKaiの鼻の頭に、続いて頬にキスをする場面の撮影の日がやってきた。
Roiは朝、Yunと会った時に、Yunを手招きした。Yunが近づいて行くと隣に座るように促す。
「おはよう、Roi。何?」
Yunが問いかけると、
「ごめんな。先に謝っとく。」
とRoiは言った。
「何を?」
「今日はいくつかお前に失礼な事をすることになるだろ?」
とRoiは言う。
「失礼な事って?」
「顔にキス。」
そう言って、RoiはYunの頬をつついた。どわっとYunは赤面した。Roiの顔を見ていられなくて、下を向いた。
「そんなの、謝んないでいいよ。当たり前の事じゃん。」
Yunはそう言って笑った。Roiの顔を見ずに。RoiはYunの頭をくしゃっと撫でて、
「頬にキスは練習してもいいのかな?」
とYunの耳元で囁いた。
「え!?」
そこへ、Sakuがやってきた。
「何?面白そうなことやってんじゃん?」
と言って、Yunの頬を両手で引っ張った。
「Yunのほっぺはお餅みたいだなあ。」
「Saku兄やめてよぉ。」
と言って、Yunは立ち上がってSakuから離れた。Roiは「あははは」と笑っている。
「そのもち肌に、これからチューさせてもらいますよ。悪いね、Saku。」
RoiはSakuの肩をポンポンと叩いた。Sakuは冗談でRoiを睨むような仕草をした。
鼻のキスも頬のキスも順調に撮影され、次はKaiの方がSyuの頬にキスしようとして、唇に当たってしまうという場面の撮影が迫ってきた。ちょっと触れるだけのキスではあるが、Yunの心臓はバクバクである。これは車の中の設定で、夜なので真っ暗。RoiとYunの二人で車に乗り込んで、そこから撮影がスタート。
「よーい、スタート!」
と合図があり、Yunが向こう側を向いているRoiの方へ近づいて行って、Roiが振り向くと唇が当たるはず、であったが、なかなか上手くいかない。唇の位置が合わなくて、何度も何度も撮り直し。Yunは何度もRoiの頬にキスをしているという状態だった。最初は心臓バクバクだったYunも、こうなると何とか当たってくれー!と願うばかりだ。
「カットー!OK!良くやった!」
10回以上トライして、やっと唇と唇がかろうじて当たって、OKが出た。Yunは、唇同士が当たったのかどうかさえ、良く分からなかった。
「あれ?今当たったの?唇に?」
と、思わずRoiに聞く始末。
「お前なあ、俺たちの初めてのキスじゃん。自覚ないみたいだけど。」
Roiはそう言って優しい目で笑った。
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