第2話オーディション

 2Luna storiesのオーディション会場は、大型ショッピングモールのイベントスペースで行われるため、オーディションを受ける俳優、スタッフ、ファン、通りすがりの買い物客でごった返していた。真ん中にはドラマの原作本が並べられ、Tシャツなどグッズも販売している。

 Saiは、まずは主役のKai役を受けるYunのエントリーを済ませ、21番のゼッケンをもらって、また並び直した。そうやって、何人もの事務所の俳優のエントリーをするのだ。列には、タレント事務所のスタッフの他、俳優志望の学生など、自分で受付に並んでいる若者もたくさんいる。SaiはYunに電話をかけた。

「Yun、ゼッケンをゲットしたから、取りに来て。21番だから、早くね。」

Yunは人込みの中を男性スタッフと一緒に歩いていた。Saiからの電話を受けていると、カメラとインタビュワーの女性に捕まった。

「すみません、オーディションを受ける方ですか?」

「はい。」

テレビの取材は極力受けるようにと言われているので、Yunは電話を切り、インタビューに応じた。

「お名前教えてください。」

「こんにちは、Yunです。」

「どの役を受けるんですか?」

「Kaiです。」

「そう!頑張ってくださいね。」

「ありがとうございます。」

Yunはカメラに向かってにっこりした。そして、また男性スタッフと共にSaiのいる場所へ向かった。カメラマンはまだあちこちにカメラを向けている。

「今の子、可愛かったわねー。後で使えるように、オーディションに受かりそうなめぼしい子を片っ端から撮るわよ。あ、次あの子にインタビューよ。」


 YunはSaiからゼッケンを受け取り、他の俳優たちが座っている椅子に何となく腰かけた。何もすることがない。21番ということは、案外すぐに順番が回ってくる。しかし、まだ始まる時間まで30分以上あった。

 周りを見渡すと、背の高い人、低い人、とても顔の可愛らしい人、いろいろだった。それぞれ受ける役が違うのだろうなと思った。自分は主役を狙っているなんて言って、本当に大丈夫なのだろうか、Yunは恥ずかしいような弱気な気分になってきた。

 人が大勢で、知っている人を探そうにも、向こうの方が全然見渡せずにいる中、ひときわ背が高く、頭が人垣からニョキっと出ている人が見えた。ああ、あの人はKaiの相手役のSyuにぴったりだな、と思って眺めていると、どんどんその人は近づいてきた。そして、いつの間にか目の前に立っていた。

「君、何番?」

「えっと、21番。」

Yunが持っているゼッケンを確認して答えると、

「良かった、俺22番なんだ。隣、座っていい?」

と、その背の高い人は言った。

「もちろん。」

Yunはちょっと迫力に気おされながらも、そう答えた。なんてハンサムな人なんだ。スタイルもいいし。この辺りに、ここまで完璧な人は見当たらない。だがふっと、Yunは思い当たった。

「あ、もしかしてRoi?Roiだよね?」

背の高い人は、首だけYunの方に向けた。

「CMに出てるよね?あ、ドラマにも出てたでしょ、高校生役で。」

Yunがちょっと興奮気味に言うと、その背の高い人-Roiは体を少しYunの方へ向けて座り直した。そして、

「俺も知ってるよ。君、Yunだろ?」

と言った。Yunはびっくりして言葉を失った。それを見てRoiはふふっと笑った。

「雑誌で見たんだよ。お化けが出たような顔するなよ。」

Roiは21歳。モデル兼俳優で、身長は190センチ。すでにドラマやCMにも出ているが、まださほど知名度は高くない。

「Roiは、Syu役を受けるの?」

照れているのを隠すために、Yunは話題を変えた。

「そうだよ。Yunは、Kai役?」

「うん。まあ、一応、そう。」

「なんだ、遠慮気味に言うなあ。自信ないのか?」

「だって、僕はお芝居の経験もないし、周りに可愛い顔の人いっぱいいるし。」

Yunがうつむきながら言うと、RoiはYunの肩に手をかけた。

「本当にKaiみたいなこと言うなあ。それって、いいんじゃないのか?」

と言ってYunの顔を覗き込んだ。Yunはまだ2Luna storiesの原作本を読んでいなかったので、Roiの言った意味が分からなかった。このお話では、Syuに恋するKaiが、自分は全然可愛くないし、無理だよと言って自信を持てずにいるのだが、実際はSyuや他の先輩にも想われている可愛い顔の男の子なのだ。Roiは、YunがKai役に合ってるんじゃないか、と励ましてくれたのだ。

 意味が分からなくても、Roiが励ましてくれたというのは分かったので、Yunは嬉しくなって、

「あ、ねえ、記念に一緒に写真撮ってもらえる?あのパネルの前で撮ろうよ!」

と、元気に言った。公開オーディションなので、ステージのようなものができていて、壁にドラマのロゴが書いてあった。二人はそこの前へ行って写真を撮った。

 じきに、番組スタッフからの呼び出しが始まった。そして、

「20番から29番の方、どうぞ。」

と言われ、YunとRoiは並んでスタッフの後について行った。始めは一人一人自己紹介をして写真を撮られ、それが済むとまた待たされることになった。場所が変わったので、また写真を撮ったり、近くにいた一般のお客さんとも求めに応じて写真を一緒に撮ったりして過ごした。

 だいぶ時間が経って、一次審査の結果が発表された。一つの役に三人ずつが候補として選ばれた。そこに選ばれなかった人は帰ることになる。番号が呼ばれ、21番22番は無事に一次審査を通過した。

次は、相性テストだった。いろいろな組み合わせでポーズを取り、最も相性の良い組み合わせが本キャストに選ばれるのだ。つまり、Syu役を受けている三人と、Kai役を受けている三人がそれぞれ三人の相手とポーズを取ってみせ、監督などがそれを見てどの組み合わせをSyuとKaiにするかを選ぶ。ドラマには他にもカップルがいるので、それぞれの役柄で同じことが行われる。これもまた時間のかかるオーディションだった。

 RoiとYunは、また並んで順番を待っていた。

「Syu役には、きっとRoiが選ばれるよ。」

Yunは唐突にそう言った。

「俺もそう思う。」

Roiはそう言ってニヤっと笑った。Yunもそれを見てちょっとニヤっとしたものの、すぐに不安そうな顔に戻った。

「つまり、Roiにお似合いの人がKai役に選ばれるってわけだよね。僕を含めて三人のうち、誰がRoiと相性がいいのか。」

Yunはそう言って頭を抱えた。最初は一次審査も通るかどうか、と思っていたものの、通ってみたら欲が出た。どうしてもKai役をつかみ取りたい。一次審査の前よりも緊張が増していた。

「あんまり考え込むな。俺がSyuに選ばれるとも限らないんだし。こういうのは監督の主観だから。でも、俺はKai役にはYunが選ばれるような気がするよ。」

Roiがそう言ったので、Yunはぱっと顔を上げた。

「Roiって優しいね。」

Yunは少し照れてニコっと笑った。

「そうそう、そうやって笑ってろ。そうすれば上手く行くから。」

Roiがそう言ったので、なんだか上手く行くような気がしてくるYunだった。


 さて、二次審査が始まって、SyuとKaiの相性テストの番が来た。やはり知らない相手より、今日知り合ったとは言え、友達になった相手とはやりやすい。肩に頭を乗せたり、寝ている相手に顔を近づけたりするポーズを取らされる。それが終わって、解散になった。結果は後日届けられることになっていた。

「じゃあな、Yun。またな。」

そう言って、RoiはYunの頭を撫でた。その後、他のKai役候補の人にも同じことをしていた。

「Roi、今日はありがとう。共演できたらいいな。」

YunはRoiにそう言って、他のSyu役候補の人とは笑顔で手を振り合い、会場を後にした。

「はぁ。」

一人になって、Yunは大きくため息をついた。これから数日間落ち着かない日々を送るだろう。

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