俺の従妹がこんなに可愛いわけがない
武者走走九郎or大橋むつお
第1話 没落の予感
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・1』
気が付くと連休だった。
今年こそ、がんばるぞ! と決心して三週間ちょっと。
最初の一週こそは遅刻もせずに、授業中もちゃんとノートをとり、先生の話も聞いていた。
それが、先週になって遅刻はするは、授業中は居眠りはするは、ノートは数Ⅱだけでも、三時間。全教科一週間分は取り遅れている。選択教科を入れて10教科。もう友達のノートを借りて写そうという気持ちにもならない。
もっとも友達の大半が似たり寄ったり。ラインで連絡取り合うだけ無力感にさいなまれるだけ。
没落の予感。
ま、こう言っちゃなんだけど、学校がショボイ。我が県立H高校は、偏差値42。県内でも有数のダメダメ高校。
俺の人生は中学三年で狂ったと言っていい。いろいろ理由というかワケはある。例えば数学。
二年までは、公式は「成り立ちを理解してから使え」だったけど、「とりあえず覚えろ、使って暗記しろ!」に変わった。俺は、物事の因果関係がはっきりしないと落ち着かない人間だ。
例えば、中一のとき「日本はニッポンとニホン、どちらが正しいのか?」で、悩んだことがある。
先生は明確に答えてくれた。
「ニッポンが正しい」
理由は分かり易かった。昔の日本人は「H」の発音ができなかった!
「なんで、そんなことが分かるんですか?」
俺は、すかさずに聞いた。
「平安時代のナゾナゾにこんなのがある『父には一度もあわず、母には二度あうものはなにか?』で、答は『唇』なんだ。つまり『母』は『ファファ』と発音していた」
そう言われて唇をつけて発音すると……なるほど『ファファ』に、ぶきっちょにやると『パパ』になる。
「そうなんだ、江戸時代ぐらいまでは『H』の発音ができなかったんだ。だから『ニホン』とは発音できずに『ニッポン』と言っていた。ただ時代が進んで『H』の発音が出来るようになると使い分けるようになった『ニホンギンコウ』とは言うけど、サッカーの応援なんかの時は『ニッポン』だろ」
「そうか、ここ一番力をこめる時は『ニッポン』なんだ!」
そういう理解をする子だった。
ただ分かっていても、ことの本質が理解できなければ、分かった気にもならないし、学習意欲も湧かない子だった。
それが、やみくもに「覚えろ、とにかく公式を使え!」は受け付けなかった。
で、結局は三年生はつまらなくて、よく学校をサボったし、授業も不真面目、あっというまに成績は下がり、高校は県内でも最低のH高校しか行けなかった。ここだけの話だけど、家出もした。高校に入ったときは、いろんな意味で、もう子どもじゃなかった。
あ、ここで誤解を解いておく。一人称は「俺」だけど、俺は女だ。中一までは世間並みに「あたし」と言っていた。ときどき「ボク」という言い方もしていた。世間でいう「ボク少女」だった。
「ボク」と「俺」の間には大きな開きがある。「ボク」は年下の子なんかに「自分は世間の女の子とは違うんだ」という感じで使ってた。それが中三の時に好きだった男子に使うときは、ちょっとした媚びがあった。その男子も「ボク」を可愛いと思い、いろいろフライングしてくれた。
けっきょく、そいつは最低な男子だったんだけど。
それから一人称は「俺」に変わってしまった。
H高校の一年生も最低だった。俺は、これでも高校に入ったらやり直そうと思っていた。一人称を変えてもいいと思った。でもダメだった。
予感は、入学式の時に気づいた学校の塀。
塀には忍び返しって、鉄条網付きの金具が付いている。普通、これは外側に俯いている。外からの侵入を防ぐために。
しかしH高校のそれは、内向きに俯いている。つまり、中から外への脱走を防ぐため……。
授業は、どれもこれもひどいものだった。33人で始まったクラスで進級した者は20人しかいなかった。かろうじて俺は進級組に入っていた。だから、なけなしのやる気を振り絞った。最初のホームルームの自己紹介で「あたし」と言おうと思ったが、先生やクラスの人間の顔をみていると「俺、一ノ瀬薫。よ・ろ・し・く!」とやらかしてしまった。ケンカも二度ほどやって、一目置かれるようになったけど、群れることはしなかった。
そんなこんなで、連休初日。昼前に起きてリビングに行くとオカンが叫んだ。
「同姓同名だ!」
テレビは、日曜の朝によくある、その道の有望新人のインタビュー番組だった。
オカンは、こういう些細なことに驚きを発する。
このモノ驚きというかモノ喜びが、オカンの長所なのかもしれないが、子どもとしてはちょっちウザイ。
だけど無視すると機嫌が悪くなるので、ほどよく付き合ってやる。俺は家庭の平和については保守的なんだ。
画面には清楚系美少女が、きちんと膝を揃えた夏物ワンピで、恥じらい気味の微笑みを絶やさずにベテランMCと話している。
ま、爽やかっちゃ爽やか。オレには縁のない鑑賞用の女だ。
その清楚系美少女が従妹と同じ名前なので、オカンは感動している。
同姓同名の従妹は気弱なブスだ。
色黒で、目ばかりギョロギョロした下半身デブの運動音痴。
たまの法事なんかで会うと、周囲の大人たちに怯えて、よく俺にくっついていた。上から目線みたいだけど、そういう由香里が哀れで、よく遊んでやった。
人並みにキャッチボールと逆上がりできるのは、俺がスパルタで教えてやったからだ。表情の薄い奴だったけど、逆上がりが出来た時は隙間の空いた前歯を剥き出しにして感動していた。
「由香里は笑顔がいいぞ」
誉めてやった。特段かわいい笑顔だとは思わなかったけど、仏頂面ばかりの由香里にしては一番いい表情だ。だから、俺は誉めたんだ。他人と比べるんじゃない、由香里に中で一番良ければ褒めてやるべきだとな。
「はい、初めて逆上がりが出来て、ええ、従姉に死ぬかってくらいしごかれて、その感動が子ども時代の宝物です!」
え……?
MCに子ども時代の思い出を聞かれて清楚系が答えた。
「感動的なお話ですね、では、これが、そのころの由香里ちゃんです!」
MCが示すと画面が切り替わり、仏頂面の隙歯(すきっぱ)が大写しになった。
そして、そこに映っていたのは従妹の由香里だった!?
え……これが? こうなる?
驚愕のビフォーアフター!
そんな……俺の従妹がこんなに可愛いわけがない!
大波乱の連休の始まりだった……。
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