AkibaStory ~試される時

マナ

総監督だって女だから。さしこと文春と京の風


京都の初夏の風は祇園囃子とともにやってくる 長い梅雨を抜け、待ちかねたように顔を出す古都のお日さんは、もうすっかり夏の色 街角に響く、「暑おすな~」の声も何かうれしそうに聞こえてくる 打ち水された石畳を駆け抜ける子供たちも、この時期だけは勉強しろとは言われない 神が舞い降りる京の七月 人は自然に従順であれ、京の人々は生きとし生けるものに祈りをささげる 





「神さんに逆ろうたらあかんえ、由依 あんたが辛いとか苦しいとか、もうどうしようもなくなったら そんなときはじっとしてたらよろしい。神さんがもうええ言うまで、うごいたらあきまへんえ 」 


そんなおばぁちゃんの言葉に私は子供の頃、罰当たりにも反論を試みる。「どうしようもない時にじっとしてたら余計にどうしようもなくなれへん、おばぁちゃん」そのときに返ってきたおばぁちゃんの言葉は今でも忘れない。


「慌ててバタバタしたら、立ち上がる時の元気まで失のうてしまう。最後に力振り絞るためにじっとしとくんや。それで、あんたがしっかりと生きてたら誰かが最後にきっと助けに来てくれはる。それがあんたの神さんなんやえ、由依」他力本願を自分の孫にここぞと説く私のおばぁちゃん。「苦しいときこそ冷静になれ、そうすれば時は微笑む」その時その言葉は私の胸の奥に永遠のバイブルとして仕舞われた。


「それで、おばあちゃんは元気なん?」

今年のお正月は由依は実家には帰れなかった。AKBに入って7年、お盆もお正月も祖母の顔を見れなかったのは今年が初めて。

京都府城陽市、そこが私が生まれ育ったところ。「城陽市?京都やない奈良やん」 京都の人はみんな口を揃えてそういうほど、ほぼ奈良県。

〈出身地詐欺師〉そう指原莉乃から揶揄されるほど近くて遠い城陽市。

けどそんなことは言い訳に過ぎないことは由依は良く分かっている。


「忙しいのはわかるけど、顔ぐらい見せれるやろ、由依ちゃん」

母の顔が曇る。

母とはこうやって仕事で京都に来た時、市内のスタバで待ち合わせることはできる。けれど足元がおぼつかない祖母は会いたくても出てこれない。

「最近は朝から晩まであんたのこと考えてはるみたいえ、おばあちゃん」

初夏の風に吹かれながら溜息を落とす、祖母の顔が浮かんでは消える。彼女の部屋にあった週刊文春、表紙が抜け落ちるほどボロボロになっていた、と母は言う 会いたくても会えない、由依の心の葛藤がそこにあった。


センテンス・スプリング それが私の旅路の果てに見た景色


京の三条河原町、三条大橋沿いのスターバックス、そこから見える鴨川の水は悠久千年の時の流れを刻む。

新しいものが古いものを踏襲するのは世の常。けれど由依の故郷、京都だけは両者の融合を計る姿勢は崩さない。

歴史を造り変えてきた先人達は、どれほどの幾多の苦難と葛藤をこの鴨川の水面(みなも)に映してきたのだろう。


先輩たちの遺産を受け継ぎながら、新しいAKBを造りあげていく、

そんな由依の想いと夢が今、鴨川の流れに消えようとしていた。


                         




────遡ること一か月前




「第二位 総獲得票数十四万四千五百四十四票! AKB48 チームB!」


AKBの名前が徳光和夫によって読み上げられた瞬間、指原莉乃のAKB総選挙、連覇が決まった 二位のまゆゆとの差は5万票の圧倒的な勝利。もう彼女に並ぶ者どころか後を追う者さえいない。


新潟ハードオフエコスタジアムになびく初夏の風は何処までも指原莉乃に優しく心地よいものと思われた。




けれど・・・


「終活を始める時期かもしれない」 


選挙後、親しいスタッフに彼女はポツリとつかえていたものを吐き出すようにそうつぶやいた。 その姿はAKB総選挙前人未踏の2連覇を達成した女王のそれではなかった。






「信じていいのね、さしこ」


あれから一週間、指原莉乃はスタバのテーブルの上に無造作に置かれた一枚の写真を前にAKB総合劇場支配人、茅野忍と向き合っていた。 


東京吉祥寺のスターバックス、他のところに比べて利用客の年齢層が比較的高い。




その為、店内はゆったりとした時間が流れ、吉祥寺の下町の風情が感じられる、落ち着ける癒しの空間を作り出していた 都心のスタバには珍しい緑で溢れかえる中庭には緑亀と錦鯉が池で戯れながらその小さな世界を共有していた。



「ここだけは何も変わらない」



指原は心が落ち着かないときはここにやって来る。 

いつもキャラメルマキアートの優しい香りと周りを取り囲む溢れかえるような木々の緑が覗き込むように指原を迎えてくれる。



「博多へ初めて行く前の日もここへ来たんだ」



その日はマキアートを3杯もお代わりしながら、ただただ、日向ぼっこをする緑亀を半日見つめていた。 


「お前はいいよな、安定だもん」


そんな言葉をあの日、何回つぶやいただろうか。 


勝負をかける逆転力なんて人生一回もあればいい、安心安定が大好きなんだよ、私は。


指原莉乃が本当に望むもの それがこの吉祥寺のわずか5坪ほどの中庭にあるように彼女には思われた。




今日もあの日と同じように中庭から吹き抜ける風は微かなマイナスイオンを感じさせながら、新緑の初夏の香りを店内に運ぶ


けれどそんな指原のお気に入りの中庭からの涼風もいつものキャラメルマキアートの芳醇な香りも今日の彼女には心躍るものではなかった。




センテンス-スプリングなんて もう私には縁がないものと思ってた

書かれるほうが脇が甘いのよ、なんていつも言ってた




けれどその写真はどうみても指原莉乃そのもの。


高級マンションから出てくる一人の女性、かぶっているChampionのキャップ、それはたかみなからのプレゼント 小顔効果を狙ったつもりのウエリントンのメガネは初めてのハワイで買ったもの、いくら変装していても、それは私に違いなかった。


「で、あんたはどうすんの このままダンマリ決め込むつもり?」

テーブル挟んでいても忍の顔の圧は半端なくすごい。

何もやっていなくて、もつい謝りたくなってきてしまう。


「ねぇ 聞いてんの 私の言うこと」


「・・・ ・・・」


「言っとくけど、あんたのキャラじゃあゆきりんの時の様にはいかないわよ」

んなことは言われなくてもわかってる、喋ってなんぼの私。そんなことしたらものの三日でつぶされちゃう。


「美味しかったのよ、あの日のお酒は」

思わず漏れた指原のその言葉は新緑のざわめく木々の音が打ち消していく。


番組の打ち上げ、みんなで飲んだお酒はいつもより良く回った。

さしこの時代はまだ終わってない、そんなみんなの声があの日以来、しっかりとかけていた指原の心の鍵を緩ませたのかもしれない。




朝、気がつけば私はKのマンションに寝ていた。


だれもが認める国民的アイドルグループSのカリスマ的存在K・T。

渡辺麻友も峯岸みなみもみんないると勝手にそう思ってた。

けど、「結果、ふたりきりになっちゃってたんだよね」


それでも、まだ私は高をくくってた。 みんなで行って帰るのが一人になっただけ やましいことは何ひとつない。 


神様だって 仏様にだって誓ってみせる。

だいたいKさんが私をどうこうしようと思うはずがない。 そもそも女と思われていない。 


だって泣く子も黙る指原さしこなんだよ私は。



そんな私の心を見透かしたように茅野忍が言う。


「考えたら分かりそうなもんだけどね 馬鹿だね 文春も」


「そう思うんならほっとけばいいじゃない」


「それがそうもいかないのよ、さしこ」

もう一枚あるらしいのよ、茅野忍は私の視線を避けるようにそう付け加えた。




「もう一枚?」


「そう、正確に言うともう一人の写真・・」

彼女から聞かされたのは思いもしない名前だった。




 スキャンダルとは無縁のあなたのスキャンダル AKBそのものの存在意義を問われるかもしれない。 最もそんなことはしない人。 


いえ、してはいけない人。


でもね、私は驚かないよ、、分かっていたのよ私は。


頑張りすぎる貴女の危うさを、こころの隙間を埋めてくれるのは女同士では無理・・

正義の使途、横山由依も所詮、


女だということを。






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