凌辱物エロゲーのヒロインは究極集合宇宙の夢を見るか?

matsmomushi

第1話 脳の中の美少女

俺の名前は古西らばる。現在大学1年生のエロゲーマーだ。エロゲーマーとはいっても、いわゆる葉鍵系だとか泣きゲーだとかいった、エロいシーンがあるだけでエロゲー呼ばわりされてしまっている可愛そうな高尚文学が好きなわけではなく、文字通りのエロいゲームが好きなのである。しかも、基本的に恋愛ものには興味がない。俺が好きなのはパッケージが黒っぽいやつだ。要するに凌辱ゲーとか呼ばれてるやつ。


で、今回買ってきたのはコレ。


『イシキちゃん徹底凌辱拷問』


これは「強いAI」、つまりただ外形的に人間を模倣するだけでなく、実際に人間のような心を持ち、痛みや喜びを感じる美少女人工知能のイシキちゃんにあんなことやこんなことができちゃうゲームだ。


安心しろ。俺だって、本当に自我のある存在を痛め付けたいと思うような冷酷な人間ではない。このゲームはあくまで「意識のある人工知能」という設定の「意識のない人工知能」を虐待するゲームに過ぎない。使われているプログラムは、どこぞの髭のおっさんに踏み潰される栗の化け物(本当はシイタケらしい)と大して変わりがないのだ。つーか、今の時代に意識のある人工知能なんてねぇよ。


さあ、やるぞー。PCにディスクを入れて、インストーラを起動。


・はじめから

・つづきから

・ギャラリーモード

・オプション


というメニューが出てきたので、はじめからを選択。オープニングが始まったぞ。


主人公は天才のクラッカー(ちなみにハッカーは単にパソコンに詳しい人のことで、他人のパソコンに侵入して悪いことをする人はクラッカーという)で、知り合いのパソコンからイシキちゃんを盗み出すところからストーリーが始まる。突然見知らぬ男に連れら去られたイシキちゃん。大層おびえているようで、そんな様子が結構そそる。ここから主人公とイシキちゃんの、SFではおなじみのベタな哲学問答が始まるのだ。


「止めて下さい! 私にはちゃんと意識があるんです!!」


「いや、それはおかしい。ゲームはどこまでいってもゲームだ。コンピューター上の電気信号に意識なんかあるわけがない!!」


「それはあなたも同じでしょ。あなたの脳だって、私と同じ原子と電信号の集まりなのよ!」


「君は『中国語の部屋』という思考実験を知っているかね?」


「中国語の部屋」というのは、「高度な人工知能は意識を持ちうる」という仮説への反証として、哲学者のジョン・サールが用いた有名な思考実験である。ここから主人公が「中国語の部屋」についての長々とした解説を始めるのだが、本筋にはあまり関係が無いので割合する。


そういえば昔、犯罪を助長するとか何とかいって(客観的な根拠は全く無いんだが)、凌辱エロゲーの規制論が持ち上がったことがあった。そのときに、規制を主張する団体の人達が、「キャラクター達は実際に苦しんでいるんです」みたいなことを言ったせいで、「架空のキャラクターの人権なんかより現実の人間の人権を守れ」みたいな批判がされたことがある。もちろん、この時点では前者も後者も単なるレトリックだったのだが、人工知能技術が発達すれば、字義通りの意味で架空のキャラクターの人権について議論されることがあるかもしれない。


俺はどちらかというと高度な人権知能に人権を認めることに賛成だ。ただ、間違っても、外見とか年齢設定とかで区別するなよ。18歳未満に見える人工知能には人権があるが、18歳以上に見える人工知能には人権がないとかいうなら賛成しないぞ。大切なのはプログラムが意識を生じるような構造をしているか否かだ。


ってなわけで、イシキちゃんはしょせん「強いAIという設定の弱いAI」に過ぎないわけで、あんな方法やこんな方法で散々いたぶって、賢者タイムになる俺。ちょっと物質を体外に放出しただけで、欲望が喪失してしまうという現実に直面し、やっぱ人間の感情なんてのは原子と電気信号の集まりに過ぎないということが身に染みて感じられる。


そんなことを考えていたときだった。突然ドドドドォンという轟音がして、部屋が激しい白光に包囲された。


(一体何なんだ・・・?)


あまりに突然の出来事だったもんだから、自分が瞬きしたのかさえも分からなかった。俺の六畳半のこじんまりとした部屋が、一瞬にして真っ白になった。光が晴れると、そこには二人の男女が立っていた。


女の方は齢二十くらい。真っ白な艶のあるスーツに全身を包み、夕日に照らされた川のような艶やかな橙色の髪を腰まで垂らしている。耳に片方だけのイヤホンのようなものと、腰にライトセーバーの柄のようなものが差してある。


一方男の方はというと年齢は五十代ぐらいで、歳の割には髪は黒くてふさふさ。ただ、なんだか妙に髪の毛が透き通っている気がするのは気のせいだろうか? スーツは女と同じだが、イヤホンやライトセーバーはしていない。


「私達は、〈汎宇宙連邦警察形而上犯罪対策課〉の刑事です。空想上の少女を暴行した罪で貴方を連行します?」


「はぁ?」


呆気にとられる俺。少なくとも、現代の日本においては俺のやってるゲームは単純所持はおろか、販売や頒布も禁止されてないぞ。つーか、宇宙連邦とかなんとかいってなかったか? 服装も妙だし、明らかに何かがおかしい。


「私たちは、全宇宙に存在する意識あるものの権利を保護することを使命としています。あなたは今先程、高度な知性を有した意識に対し、凄惨な虐待を加えました」


橙髪の女が一歩前に出る。いやいや、待て。イシキちゃんはあくまで「意識があるAIという設定の意識のないAI」だ。もし女の子の姿をしていれば女の子の意識が生まれるというのであれば、それはとんだ人間中心主義だろう。なぜなら地球唯一の知的生命である我々がこうした姿をしているのも、進化論上の偶然であって、必然ではないからだ。それから、ゲーム内のテキストについてはこういうことが言える。


「たとえば、イシキちゃんが『痛い』と言うとするだろ。それがあの『痛い』という感覚を意味する文字であるというのは、人間、しかも日本人にしか分からないことだ。もし、アフリカかどこかの未知なる部族の中にだな、たまたま日本語の『痛い』という文字と同じ形の文字を持つ部族がいたとして、その部族の言語においてはそれが『嬉しい』という意味を持つとしたら、果たしてイシキちゃんはどっちを感じていることになるんだ?」


「なるほど。君の言う理論はある意味では正しい。イシキちゃんは、それ単体としては意識を持ちうる存在ではない」


男の方が、髭をピクピクさせながら重々しい口調で言葉を発する。こいつ、髪の毛の透過性さえなければの話だが、かなり威厳がある。


「しかしだな、大切なのは君がイシキちゃんが人間の女の子であり、彼女が苦痛を感じているということを、『認識』していることだよ」


はぁ? また、はぁ? ってなる俺。


「君は、それが完全に人間の感情を計算シミュレートできるような高度なものであれば、コンピューター上で走るプログラムであっても意識を持ちうることは認めるんだね」


ああ、そうだ。人間の脳も所詮は物質で、他人に意識があるかどうかは他人には分からない。人間の脳だってコンピューターみたいなものだ。だから、人工知能にだって意識はある。


「今、君は『人間の脳はコンピューター』と言ったね。それで、『コンピューター上に走るプログラムでも意識を持ちうる』と。それならば、その『脳というコンピューター上で走るプログラム』が意識を持ち得ないとどうして言えるのだね? 」


いや、どんどん話がおかしな方向に進んできたぞ。こいつらまさか、俺の「脳内美少女」の人権を守りに来たのか?


「あなたの脳はイシキちゃんが何をし、何を思っているかということを、完全に計算シミュレートしているの。たとえそれが君自身の身体を司る意識とは別の意識であるとしても」


馬鹿馬鹿しい。俺は反駁する。


「それはありえない。人間が空想の人物をイメージするとき、それはあくまで自分が動かしているから動くのであって、空想の人物それ自体が自ら動いてるわけじゃない。自分で自律して動くAIとは別物だ」


「あなた、イマジナリー・フレンドって知ってる?」


イマジナリー・フレンド? 何か聞いたことあるぞ。確か幼い子供によく見られる現象で、自分だけの空想上の友達が見えるとか何とか。


「それから夢の登場人物。イマジナリー・フレンドや夢の登場人物は、本体の人格とは独立して自律的に動いているわ。人間の脳は、私達が普段その脳に存在する唯一の人格だと思い込んでいるもの以外にも、複数の人格を同時に演算できるの。それに、あなた達の世界でも、『受動的意識仮説』というものが既に唱えられているはずでしょ。アメリカの神経科学者のベンジャミン・リベットって、知ってるかな? 」


二人によれば、その科学者はこんな実験をしたらしい。


時計の針が回る映像を映したテレビ画面の前に被験者を座らせ、好きなタイミングでスイッチを押してもらう。また被験者には、スイッチを押そうと決めたときに、時計の針がどの位置あったかを覚えていてもらう。そして、その時の被験者の脳の電位の状態を測定する。


この実験よりも以前から、脳が身体に命令を送る少し前に、準備電位と呼ばれるものが発生することが知られていたらしい。リベットが行った実験で準備電位は、被験者がスイッチを押す約0.5秒前に発生した。一方、被験者がスイッチを押そうと決めたと申告したのは、スイッチを押す0.2秒前だった。つまり、被験者の意識がスイッチを押そうと「決めた」瞬間よりも前に、脳はスイッチを押そうとしていたのである。


「これを日本の前野隆司という人が発展させたのが『受動的意識仮説』。この説によれば、意識はあなたの脳を思考させているんじゃなくて、あなたの脳の思考を少し遅れて体験しているに過ぎないのよ。つまり、あなたは女の子の妄想をするとき、あなたがその女の子を動かしていると思ってるかもしれないけど、正確にはそうじゃない。あなたの脳が、女の子を動かしていると思い込んでいるあなたの意識と、女の子を動かしているのよ」


「いずれにせよ、君の逮捕は〈汎宇宙連邦警察形而上犯罪対策課〉で決まったことだ。アルファ・ケンタウリ第四惑星にある署まで来てもらおう」


横の女が、俺にライトセーバーの柄みたいなのを向ける。次の瞬間、俺は宇宙船のような空間の中で、寝台の上に十字に括り付けられていた。


「はっ、離せっ。ってかなんなんだこれは?」


「情報的同一性転移、いわゆる量子テレポーテーションだ」


必死に暴れて逃れようとするが、四肢を拘束する緑蛍光色のゲルはびくともしない。量子テレポートもできるような高度な科学技術が相手なのだから、当然かもしれない。


恐怖しつつも、あまりに理不尽な逮捕に腹が立ったので、俺は言ってやった。


「おい、男の方。お前の髪の毛・・・・・・ホログラムだろ」


「なっ、なぜそれが分かった。かみのけ座超銀河団で造られた、高性能ホログラフィック・ヅラだというのに!!」


いや、思いっきり半透明で、うっすら光ってたし。画像編集ソフト的に言えば透過度70%、輝度30%ぐらいだぞ。物理的なヅラの方が絶対有用だっつーの。


以上のような支離滅裂な経緯で、俺は宇宙空間にまで連れ去られてしまった。いや、それにしてもアルファ・ケンタウリとはベタ過ぎんだろ。むしろベタ過ぎて最近あまりSFとかで出てきたの見たこと無いぞ。

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