儀式 5/5


          五


 吉岡が裁判官の前に立っている。傍聴席の民衆は彼の後姿に怒りを込めた眼差しを向けている。そこには記者か何かだろうメモをしきりに取っている者もいた。日に焼けた太った男や金髪の男、そして、若い男女が写った写真を抱えた人々のすすり泣きが吉岡まで届いている。裁判官たちや陪審員席に座る人々はそんなすすり泣く人々の怒りに立脚して、義憤に駆られているようだった。

 陪審員の一人の年配の男性が、あくまでも感情を抑えた調子で彼に尋ねる。

「では、あなたは自分のしたことをすべてお認めになられるんですね」

 下手くそな敬語を使って、精一杯に上品っぽく尋ねる彼に吉岡は動じずに答える。

「ええ、すべて私がやりました」

 彼の目線は今か今かと常に裁判官に向いている。年配の男性は怒りを露にする。

「一体、何の考えがあって、あんな凶行をはたらいたんだ。この悪魔め」

 それが口火となって、口々に彼に罵詈雑言を浴びせる。

「そうだ。そうだ。いったいお前は何を考えている」

「生きた人間に火を放つなんて信じられない」

「縛り付けて暴力を振るうなんて考えられない」

「抵抗できない人間を一方的に甚振るなんて人間の所業じゃない」

「そのうえ反省もないなんて。なんて自分勝手な人間なんだ」

 やいのやいのと、陪審員席からどころか、後ろの傍聴人席からも声が上がる。

「酷い、あなたを雇ったあの人をあんなむごい方法で殺すなんて」

「まだ若いのに、まだまだこれから未来があるのに。なんで、なんで殺されないといけないのか」

「この鬼畜。お前のやったことは許されるようなことじゃない」

 喧騒をだいぶ堪能してから裁判官が槌を何度も打ち鳴らして「静粛に、静粛に」と、声を上げて周りの人間を落ち着かせる。あらかじめ決められていたかのように陪審員たちは再び席に腰を下ろして、嘘みたいに傍聴人席も静かになって、わざとらしいすすり泣きの声だけがした。裁判官は自分の職能に満足した様子だった。吉岡はそんな彼をずっと眺めている。裁判官はちらりとそのメモを持った方へと目を滑らせてから、必要以上に大仰に吉岡に尋ねた。

「貴方は自分のしたことがどういったことか本当にわかっていますか」

 柔和なように尋ねているが、それは得意さをにじませた奇妙なにこやかさで、薄気味が悪かった。吉岡はぼんやりと笑うとゆっくり口を開く。

「ええ、もちろん」

 待ってましたとばかりに陪審員席と、傍聴人席から声が上がりそうになる。裁判官はまた大仰な手ぶりで何度も何度も槌を打ち鳴らすと「静粛に、静粛に」と、唱える。メモを走らせる男たちを横目で覗う。

「わかりました。吉岡善人さん。では、あなたは自らの罪をすべてお認めになるということですね」

「ええ、もちろん。私のしたことはとても悪いことだと思います」

 こともなげに吉岡はそう言い切った。彼はとてもにこやかで、その様子にまた回りがどよめいたが、それを制するように裁判長は再度大きな声を出す。辺りは静まって、裁判長はまた得意そうだった。吉岡は今か今かと我慢が効かないようだった。

「では、判決を言い渡す。主文、被告人吉岡善人を死刑に処す」

 どよめきが上がる。裁判長はまだ判決を読み上げているが、それは周りに人間の狂乱で聞こえてこない。メモを取っていた人々はいの一番にその場を飛び出していった。裁判長は次から次へと目に入る文字をなぞって機械のように口を動かしているが、ほんの少しだけ、安心と高揚を滲ませる。彼以外の人々はみんなが拍手をする。パチパチパチパチ。誰も彼も浮かれている。写真を持っていた人たちはそれを手放して、義憤に駆られていた陪審員の人々は急ににこやかになって、皆が喜びに満ちてパチパチと手を叩くその様はまるで猿の様だった。吉岡はそんな狂乱の中でとても満足そうに笑みを浮かべると、たった一言だけ言葉を零した。


 


                              終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る