第17話

 病気のことを教えて欲しいと言われた。


 別にその事自体に問題はない。

 ただ、どこまで伝えるかが難しかった。


 もちろん余命のことは言うつもりはない。

 言うつもりはないけど、彼の知りたいことには入っているだろう。私だって彼があとどれくらい生きていられるかを知りたいと思う。


 だけどそれを言うと、私たちが繋がったことに対する幸せよりも、あとどれくらいでどちらかがこの世界からいなくなってしまうという未来を想像してとても悲しい気持ちになってしまうだろう。


 彼のいない世界を想像し、私は自分の世界へと沈んでいった。



 彼が先にいなくなったら。


 どちらかに急な発作が起きてしまったら。


 私が先にいなくなったら。



 色んなことを想像してみた。

 そのどれもが幸せという言葉とは程遠く、私たちに用意されているのはバッドエンドだけだと理解した。


 なんで……出会ってしまったのだろう……


 こんなに幸せなのに……


 出会わない方が良かったのかな……




 私は久しぶりに涙を流した。

 


 ふと彼を見ると慌てふためいていた。

 きっと、女の子を泣かせたのは初めてなのだろう。


「ごめん、未来を……想像しちゃった」

 正直に伝えた。



 少し離れていたところに座っていた彼は私のすぐ隣まできて体が触れない程度の距離に座った。

 彼は、私の方を見ずに落ち着いた声音でゆっくりと話し始めた。

「僕も、君との連絡が途絶えた日、同じ気持ちだった。だから、君からの手紙を受け取ったとき、本当は君のお母さんの前で泣いちゃったんだ。あとさ、僕はその時に君よりも先に死にたいって思った。今まではどっちかと言えば生きていたいって感じだったけど、こんなに辛いなら僕は君のいない世界なんてごめんだって思ったんだ。僕はあの日、一人で生きるのは死ぬよりも辛いことなんだって知った。だからって訳じゃないけど君のことをちゃんと知りたいんだ」

 今度はまっすぐに私を見てくれる。




 自分がドキドキしていることだけは分かる。


 こんなにも私のことを思ってくれる人がいることを私は嬉しく思った。


 胸が痛いくらい心臓が騒いでいる。

 

 深呼吸をして、私は決心した。


「わかった。次はお互いの病気のことを話そう。本当は楽しい気分のまま帰りたかったんたけどな。今日は泣かされるし最悪だなー」

 最後にちょっと意地悪してみた。

「それはごめん。でも大切なことだから」

 それは知ってる。今日だけは忘れようとしたのを君が思い出させたんだよ。わかってないなーまったく。

「ねえ、手握ってもいい?」

 私は最後にわがままを言ってみた。

「別に構わないよ」

 そう言って彼は右手を差し出した。

 私は左手で彼の手を繋いだ。


 温かい。

 久しぶりに感じた人肌は心地よくて正直放したくなかった。


 私は、ちょっとだけ意地悪をした。

 私の太ももに彼の手が当たるようにして、繋いだ手を私の膝辺りに置いた。

 彼の手に一瞬力が入った。

「いやらしいこと考えちゃった?」

 私はニヤニヤしながら彼を覗き込んだ。

「考えてないから。君のそういうところ苦手だな。正直僕は君が何を考えてこんなことをするのかわからないよ」

 そっか、君も人を好きになったことがないんだね。

 好きな人には意地悪したくなっちゃうんだよ。でもそうかー私には意地悪したくならないのか。

「ポチは素直じゃないなー。じゃあさ、どうやったら……」

 貴方は私を好きになってくれる?

 

 臆病風に吹かれ、伝えたかった気持ちは言葉になる前に霧散した。


「なに?」

 彼は優しくその先を促してくれるが、その先の言葉を今は用意できそうにない。

「やっぱりなんでもなーい。じゃあまた明日ね!」

 繋いだ手をほどき、私は逃げるようにその場を離れた。

 


 自室に戻りベッドに潜り込んだ。

 今もまだドキドキしている。

 でも今は、高揚感よりも息苦しさの方が大きかった。

 気持ちを伝えることがこんなにも恐いなんて知らなかった。

 私には時間がない。けど、急げばいいって訳でもなさそうだ。

 明日、彼のことを聞いて、もっとたくさん話してからでも遅くないはずだ。


 まずは明日、自分のことをちゃんと話せるように話すことをまとめておこう。

 絶対好きになってもらうんだ。


 最初で最後になると思われる恋を成就させるため、私は命の炎をメラメラと燃やした。



 この日から、頼りない炎は静かに温度を上げていく。最期の瞬間が訪れるその日まで。

 


 

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