第27話 平穏に焦がれる⑥

 キーラは皿に盛られたスープを鍋に戻して温め直す。

 脇には水筒のような木製の長い筒。

 どこかで身を潜めているオルの元へ持っていくつもりなのだろう。


「……ほんと、驚きました」


 ぽつりと漏らしたキーラに視線を向ける。


「気づかれるとは思ってなかった?」


「いえ、それもそうなんですが――」


 沸騰する手前で火から上げ、鍋を傾けてゆっくりとスープを注いでいく。

 立ち上った白い湯気が少し肌寒い部屋を満たした。


「ロジーくんは、人殺しの私を責めないんだなって」


 コトン、と水筒を置き、肩越しに僕を見る。

 不安げな瞳が静かに揺れていた。


「別に殺人を肯定してるわけじゃないし、仕方ないことだと言うつもりもない。ただ、君が凶行に及んだ気持ちは少しだけ理解できる。だから協力しようと思っただけだよ」


「……不思議ですね。他の人に同じことを言われたら、私の気持ちなんて絶対に理解できないって思うのに。ロジーくんなら分かってくれてるかもって思わされちゃってます」


「そう、それが詐欺師だからね」


 キーラは驚いたように目を丸くして、それからくすくすと笑った。

 肩の荷がほんの少しだけ降りたような、そんな笑顔だ。


「そっか、ロジーくんもこれまで人に言えないような生き方をしてきたんですね。ふふっ、どうりで普通の子に見えないはずです」


「ここで暮らしてる人は皆そうでしょ? 見えない傷を抱えていたり、誰かを傷つけた過去を隠していたり」


「……まあ、そうですね」


 苦い顔をしながら歯切れ悪く言ったキーラは、玄関前にかけてあった上着を手に取る。


「それじゃあ、行きましょうか」


「分かってるとは思うけど、誰にも見つからないように行こう。いざって時は僕が何とかするから」


 頷くキーラに軽く微笑みかけ、燭台の明かりを点けたまま彼女の家を後にする。

 外は相変わらずの真っ暗闇。夜の色はここへ来た時より濃くなっていた。


「はぐれないようにするから先導して。何かあったら背中を叩くから」


「だったら、こうしましょう?」


 小声でやり取りをしていると、不意に手を握られる。

 完全に子ども扱いされてるな。


「……行こう」


 反論するのも時間の無駄なので、この状況に甘んじることにした。

 他意はない。これなら僕からキーラに指示を出すのも簡単だし、この方が効率的というだけだ。


 意味のあることかは分からないけど、念のため何度か振り返って尾行がいないことを確認しながら進んでいく。

 相手がプロなら僕にはどうしようもないものの、こうして気まぐれに振り返るだけでも牽制くらいにはなる。

 こういう時、リーシャがいると助かるんだけどね。


「ロジーくんはここで待ってて」


 そのまま歩き続けること数分、僕らは村のはずれにある空き家の前まで来た。

 キーラは慣れた様子で空き家の裏手へと回っていく。恐らく下見で何度か来ているのだろう。

 1人残された僕は、ひとまず周囲の観察を行うことにした。


 空き家に明かりは灯っていない。

 これについては当然だ。

 誰もいないはずの家から明かりが漏れていれば、そこに誰かがいると言っているようなもの。

 初歩的なこととはいえ、この辺の配慮を怠ったことから居場所が露見するケースは意外と多い。


「足跡は……3つ」


 月明かりだけでは頼りないものの、顔を近づければどうにか見える。

 僕とキーラのもので2つ、そしてもう1つはオルのものだろう。

 絶対に見つかるわけにはいかない立場だというのに、不用心なものだ。


「入って」


 そんなことをしていると空き家の入り口が少しだけ開き、中からキーラの声が聞こえてきた。

 僕は適当に足跡を消してから家に入り、なるべく音を立てないように扉を閉める。

 外に比べ、中はほのかに暖かかった。


「こっちよ」


 案内されたのは6畳ほどの小さな部屋。

 空き家だから当たり前ではあるけれど、家具も生活感も無いためかなり殺風景だ。

 キーラは部屋の隅まで歩いていくと、コンコンと何度かつま先を鳴らす。

 すると――


「キーラか、どうした?」


「その……オルに会いたいって人が来てるんです」


 バタン、と勢いよく床の扉が開く。

 なるほど、床下収納を地下室への入り口に改造したわけか。


「待って、オル。ロジーくんは私たちに協力してくれるんです」


「……え、協力? なんだってそんな」


 こちらを見たオルと目が合う。

 しかし怪訝な表情を浮かべた後、記憶の糸を手繰るように首を傾げた。

 知らないのも無理はない。

 僕の方だって彼の素顔は初めて見たんだから。


「はじめまして……いや、久しぶりかな。霧の森で会って以来だね。君から借りたセイラン教のエンブレムはとても役に立ったよ」

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