第16話 棺の中の真実②

 残っていた土を完全に取り除き、ようやく棺の全体が見えるようになった。

 後は蓋を開けるだけの状態だ。


「それで、ここから先はどうするんだ?」


 手を叩いて土を落とした後、額の汗を拭いながらエリオットが言った。

 深夜はかなり冷え込むとはいえ、手作業で土を掘り起こす作業はかなり体力を使う。僕とリーシャだけではそれこそ朝になっていたかもしれない。

 そう言う意味では、2人が僕たちを襲ってくれたおかげとも言えるかな。


「ちょっと待ってて」


 棺の周囲をぐるっと周りながら状態を確認する。

 きちんと防腐処理がされていたのか、雨風に晒されて風化の進んだ墓石と比べてかなり綺麗だ。


「何をしているの?」


 サーニャが興味深そうにこちらを見ている。


「立てた仮説の答え合わせをしているんだ。ほら、ここ見て」


 棺と蓋との繋ぎ目にある深く抉れたような傷を指差すと、3人が覗き込むように顔を寄せた。


「傷の形や深さから見て、鋭く硬い何かを突き刺した跡だ。状態的につけられたのはかなり昔になるかな」


「これ、抉じ開けた跡じゃないかしら」


 正解と言う代わりにサーニャに微笑みかけると、今度は墓石の方を指差す。

 

「これは数十年前に殺された人間の棺なんだ。名前はジーン、僕の知り合いの友人であり、銀色の髪のエルフでもあった」


「なっ、それじゃあ――」


 目を見開き絶句するサーニャに頷いてみせる。

 話を理解できていないリーシャとエリオットは、互いに顔を向け合いながら首を捻っていた。


「リーシャ、君はさっき僕が墓を暴くと知ったとき慌てて止めてたよね。それはどうして?」


「どうしてって、いけないことだからに決まってるじゃないですか!」


「そう、いけないことだ。だから普通の人間は理由も無くこんなことはしない。ましてや嫌悪の対象である銀髪エルフの墓なんて、迷信深い人間なら近づくことすら嫌がるはずだ」


「は、はい。その通りだと思いますけど……」


 リーシャはなおも険しい顔で思考を巡らせている。

 ヒントが足りなかったか。


「なのに、この棺には何者かが抉じ開けた形跡が残っていた。ここまで言えばもう分かるよね?」


「あっ……!」


 はっと息を飲みながら口元を押さえるリーシャ。

 

「そう、普通は理由無くやらないことが過去に行われていたんだ。つまり、この棺の中身にはそうするだけの価値があったってことになる」


 実際に開けてみなければ確証は得られないものの、これで僕の仮説は証明されたようなものだ。

 内心では的外れであってほしかったんだけどね。


「……エリオット、さっきの剣をこの傷に捻じ込んでくれ。一度開けたことがあるなら今度も簡単に開くはずだ」


「俺、呪いとか祟りとか結構信じる方なんだけど……」


「銀髪エルフと一緒にいると不幸になるって迷信もあったよね。実際はどう?」


「ま、まさか! 俺はサーニャといて不幸だなんて思ったことは一度も無いよ! むしろ最高に幸せ――」


 にやにやと口角を上げる僕とリーシャに気づき、エリオットは慌てて自分の口を塞いだ。

 呆れているのか照れているのか、その傍らではサーニャが顔を覆っていた。


「そう、呪いや祟りなんて結局そんなものだよ。そういう魔法や魔導具があるならともかく、死んだ人間は僕らをどうこうすることはできない」


「そりゃあそうかもしれないけど……」


「まあ、気になるようなら一言声をかけておこう」


 こんこん、と棺をノックするように小突く。


「やあジーン、安らかに眠っているところ騒がしくして悪いね。僕はロジー、銀髪エルフが薬の材料にされてるって噂を聞いて調査をしてるんだ。これが終わればすぐに埋め直すし、後でお詫びのお花も持ってくるよ。だからちょっとだけ協力してほしいんだ。いいかな?」


 棺に耳を押しつけて、わざとらしく何度か頷く。


「いいってさ」


「……お前、本当にただの子供か?」


「死人の口を借りるくらい誰にだってできるよ。それが真意かどうかはともかくとしてね」


「はあ……いやまあ、これで少し安心したよ。もし本当に呪いがあるとすれば、俺じゃなくロジーの方にいくだろうからな」


 エリオットは引きつった笑みを顔に貼り付けながら、棺と蓋の隙間に剣の先端を捻じ込んだ。


「頼むから恨まないでくれ……よっ!」


 ミシミシという木の軋むような音と共に、棺の蓋がてこの原理で持ち上がった。


「リーシャ、ちょっと刺激が強いかもしれないから君は見なくてもいい。もっとも、遺体が残っていればの話だけど」


「いえ、私も――」


 こつん、と額を弾かれた。


「ロジーくん、こういう時は最初の言葉だけでいいのよ?」


「デリカシーが無いって話ならよく言われるよ」


「ええ、そうでしょうね」


 サーニャはそう言って苦笑すると、蓋の縁に手をかけて横にずらしていく。

 明かりの位置が悪いのか、この時点では棺の中の様子は分からない。

 置きっぱなしだった火灯石を手に戻ると、棺の蓋は完全に開いていた。


「……」


 ごくり、と喉を鳴らしたのは誰だったか。

 不思議な緊張感の漂う中、僕は棺を照らすように火灯石を掲げた。


「——ああ、なるほどね」

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