第6話 早すぎる再会②

 無駄とは思いつつも一応看守の身に着けているものを物色しておく。

 装飾性皆無の武骨な鎧、質の悪い直剣、使い込まれた革の水筒――王城仕えと言えど、牢番のような人目に触れない人間の待遇はそこまで良くないらしい。

 なんとも世知辛い世の中だ。

 まあ、だからこそ鍵を持たされていないと考えれば納得もいく。

 扉を開けることができなければ、どれだけ賄賂を積まれようとも関係無いのだから。


「……ところでこれ、どうやったんですか? 魔力の気配は感じませんから、魔導具を使ったわけでもないですよね?」


 寝息を立てる男に手をかざしながらリーシャが言う。


「どうやるも何も、一服盛っただけだけど?」


「……ロジー」


 ジト目のリーシャにはいはいと肩を竦めながら、看守の傍らに転がっていた革の水筒を拾ってみせる。


「看守の剣に手を伸ばして気を逸らしながら、水筒の飲み口にこっそり眠り薬を塗りつけたんだ。ちょっと前にアルバートにも飲ませたやつだね」


「だから急に飲み物の話を?」


「そういうこと。たとえ喉が渇いてなくたって、目の前で美味しそうな飲み物の話をされれば自然と水筒に手が伸びるって寸法だね」


 と言っても、摂取させた量は決して多くないので効果はさほど長続きしないだろう。

 今も無理矢理眠らせているわけではなく、退屈との合わせ技で居眠りを誘っているような状態だ。

 大きな音を立てたり体を揺すったりすれば当然目を覚ます。

 長居する気は無いとはいえ、急がないと。


「で、次はこの扉なわけだけど」


 ここは王城直下の牢屋にしては警備が手薄すぎる。

 理由はいくつか考えられるけど、有力な候補を挙げるとすれば“必要が無い”からだ。

 この世界ではいわゆる化学や科学、工業といった前世的な技術の進歩が遅い代わりに、魔法や魔導具に紐づいた技術が目覚ましく発展している。

 つまり、こういう場において最も警戒されているのは魔法や魔導具によるこじ開けだ。

 となれば、いつぞやのように物理的なピッキングに対しては――


「よし、開いた」


 錠前の鍵穴へ折り曲げた針金を2本突っ込み、内側の構造を探ること数秒。

 すぐに開錠の手応えが伝わってくる。


「ここって牢屋……ですよね? こんなに簡単に開いちゃっていいんですか……?」


「まあ今回はそのおかげで何とかなったわけだし、苦言は後でレナードにでも言おう」


「そ、そうですね……あはは」


 乾いた笑いを浮かべるリーシャを先導し、鉄製の扉を開けて中に入る。

 その瞬間、不意にリーシャが僕の肩を掴んだ。

 驚く僕をよそに無言で前に出ると、やや緊張した面持ちで肩越しにこちらを見た。


「……用心しろ、ってこと?」


「分かりませんか? ここからもう、空気が違います」


 たしかに肌に纏わりつく空気は上階よりも湿度が高く冷たい。

 そして酷くすえた臭いが鼻の奥を突き刺していた。

 けれど、リーシャが言いたいのはそういうことでは無いのだろう。


「大丈夫だよ。むしろ気をつけなきゃいけないのはリーシャの方だ」


「え?」


「サイコパスの話はしたよね」


「はい。ちょっと難しかったですけど、良いこと悪いことって感覚から外れている人……であってますか?」


 まあそんなところかな、と答え、今度は僕がリーシャの手を引き前に出る。


「彼らは世間一般の常識からズレながらも、何不自由なく“普通”の中で暮らすこともできるんだ。僕もそうだし、あの“パッチワーカー”も長いことそうだったでしょ?」


「そう、ですね。……ロジーも、というのには納得したくないですが」


「どうしてそんなことができると思う? リーシャは否定するけど、僕もそうだと思ってもらった方が分かりやすいかもしれない」


 明かりも無い暗がりを歩き出す。

 一寸先どころか視界は完全に闇に閉ざされていた。

 リーシャとはぐれないよう、触れ合った手の感触を確かめるようにしっかりと握り直す。


「それはね、意識してそう振舞えるくらい正しく“普通”を理解しているからなんだ。普通を理解しているからこそ普通の中に溶け込める。人を理解しているからこそ人を操れる」


「……」


「僕の行動を思い出してみて? 心当たり、あるでしょ?」


 握った手が強く握り返される。

 そんなことはない、と暗に告げているようだった。


「まあそこはいいよ。とにかく、心の隙間に入り込まれないよう気をつけてって話」


 バン、という何かを叩いた音に身を竦ませる。


「1人はガキ、んでもう1人はメスガキだ。ん? 誰に会いに来たのかな? お金持ちのパパはここにはいないでちゅよ?」


 挑発するような甲高い声、そして下卑た笑い声が四方八方からこだまする。


「悪いね、お邪魔してるよ」


 そう答えると、不意にピタリと声が止んだ。


「……あー?」


 不思議そうな声だった。


「ね、言ったでしょ? すぐに僕が普通じゃないと――自分たちの同類だと見抜いた」


「……」


「おい、テメェいったい何モンだ。ナリも声もガキのクセに中身はずいぶんとドブ臭ェじゃねえか」


「答えてあげてもいいけど、僕の方からも1つ質問していいかな」


 微かに舌打ちの音が聞こえる。

 厄介なものに関わってしまったと言わんばかりの反応だ。


「新入りはどこにいる?」


 何人かが監房の中で動く気配を感じる。

 関わり合いになりたくないとベッドにでも戻るためだろう。


「……奥にいるぜ。そのまま真っ直ぐ歩いて突き当りの壁を右だ」


「ありがとう。僕は――」


「ああうるせえ黙れ黙れ! やっぱさっきの質問は無しだ。その歳でンな中身してるなんざ、ここにいる誰よりもヤベエぜ。まともじゃねえ」


 ぐっと手が引かれる。

 先に行こう、ということだろう。


「そう、とにかくありがとう」


 手を引かれるまま歩いているとリーシャが立ち止まる。

 つまり目の前は壁か。

 後は右に行った先にいるとのことだけど――


「——聞こえておりましたよ、ロジー様」


 そこへ辿り着く前に、奥の方からそんな声が聞こえてきた。

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