第63話 7年前の真実①

「ええ。再びその名で呼ばれるのを、7年もの間待ち焦がれておりました」


 マスターはまるで恥じ入るように額へ手を当てる。


「しかし、これでようやく“本物”として活動ができます。お礼を言わせてください、ロジー様」


 帽子を取り、紳士的な物腰で頭を下げるマスター。

 と、視界の端からゆらりと影が躍り出る。


「どうして、なのだよ」


「セリアさん、あなたには期待していたのですがね」


「……期待?」


 心底残念そうな顔でマスターが肩を落とす。


「私は待っていたのですよ? あなたがアレクの無実を証明し、“パッチワーカー”を再び世に蘇らせてくれるのを」


「えっ……?」


「最初のうちは私も楽しんでいたのですがね。日に日に憎しみを募らせ、必ず本物の“パッチワーカー”を見つけ出すと意気込んでいるあなたの手助けをするのは、実に趣き深いものがありました」


 ただ、と言葉を切ったマスターは大きく嘆息する。


「正直申し上げて、失望しましたよ。7年経っても手掛かり一つ掴めないなんて、本当に彼の娘なのか疑わしいものです」


「ッ! ボクはパパの――」


「ええ、そうでしょうとも。ですが、アレクは優秀でしたよ。優秀すぎたが故に殺されてしまったわけですが」


 肩を揺らして笑う。

 笑い声を発しているのに、笑顔を浮かべているのに、心は全く笑っていない。

 そのあまりの不自然さに悪寒が走る。


「まったく、7年間事件を風化させないようにするのは大変でしたよ。“パッチワーカー”は過去の亡霊であってはならないですからね」


「ボクを支えてくれたのも、パパの無念を晴らそうと言ってくれたのも、全て嘘だったのだな……」


 セリアの掠れた声が耳に刺さる。

 今にも頽れそうな身体に手を伸ばしかけて、やめた。


「ボクを家族と呼んでくれたのも、パパの名誉を取り戻したいと言ったのも、全ては自分のためだったのだなっ!」


「いいえ、亡き友に誓って自分のためではありませんよ。謂れなき差別が跋扈する、この醜く歪んだ世界のためです」


 会話が成立しているように見えてまるで噛み合っていない。

 洋服のボタンを掛け違えるような――根本的なズレが2人の間にはあった。


「はあ。セリアさん、少しはロジー様を見習ってはいかがですか。あなたが7年という歳月をかけてなお目的地さえ見出せなかった真実に、彼は半月と経たず辿り着いたのですよ。この私が“パッチワーカー”であることさえも見抜いたうえで!」


 何が嬉しいのか、マスターは恍惚の表情を浮かべたまま熱い息を吐く。


「最初にロジー様のお噂を聞いた時、私は胸が躍りましたよ。あのアルバート・グレンドレックが理事を務める学園に、銀髪エルフの入学を認めさせたというのですから」 


「それで、セリアを見限って今度は僕に目を付けたというわけか」


「ええ。ロジー様が私の店を訪れた時、運命の女神が微笑んでくれたのだと確信しました。この私こそが、世界の差別を根絶する神の使徒に選ばれたのだと」


「実際そうだったのかもしれないね。何せ、事件の話はほとんどあの店でしていたんだから、あなたにとっては都合が良すぎる展開だ。もっとも、今回はそれを分かったうえで利用させてもらったわけだけど」


「それもまた女神の思し召しですよ。学園に侵入する方法をロジー様が教えてくれなければ、私はこの場に立ち会えなかったのですから」


 物や人の出入りを厳しく制限している学園に、完全な部外者であるマスターが入る方法は無い。

 だから、マスターには僕が夜間に出入りするために利用していた秘密の抜け道を教えておいた。

 中にさえ入れてしまえば後はスウェンが手引きしてくれると踏んでいたからだ。

 そして、目論見通りこの状況が出来上がった。


「本当に感謝しておりますよ。……さあ、舞台はいよいよクライマックスです。あなた様の手で詳らかにしてください、7年前の真実を」


「……マスター、僕があなたをここへ招いた理由、分かっていますよね」


「ええ、もちろんですとも。私とアルバートの2人を同時に終わらせるためには、この方法が一番手っ取り早い……そうでしょう?」


 まるで他人事のように言ってマスターは笑う。

 今まさに破滅へ片足を突っ込んでいるというのに、その自覚が無いのか。

 ……いや、違う。彼は信じているだけだ。

 自分は神の使徒であるから、こんな程度の局面なんてどうとでも乗り越えられると。

 根拠の無い自信なら口先三寸でいくらでも崩せる。

 けれど、ここまで盲目的な狂信とでも呼ぶべき自信は手が付けられない。

 最初から分かってはいたことだけど、一般的な精神構造と異なる人間を相手取ったとき、僕はあまりに無力だ。


 だから僕は、彼の土俵で戦わなくてはならない。

 “パッチワーカー”にはルールがある。そのルールに則ったうえで勝つ、それだけだ。


「……いいでしょう」


 そう前置きしてから嘆息する。

 目にかかる前髪を払い、マスターを真っ直ぐ見据えた。


「“パッチワーカー”、あんたの舞台もいい加減幕引きの時間だ。7年……いや、8年間の歴史に終止符を打とうじゃないか」

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