第24話 貧乏騎士①

 側頭部からこめかみにかけて冷や汗が流れる。

 クリスティーナが……いや、審判の教師が止めてくれるとは思っていたけど、さすがの僕も肝が冷えた。


「なぜ、って顔だね」


 人を見透かしたような態度にクリスティーナが歯噛みする。


「僕から説明してもいいんだけど、せっかくだからここは本人に聞いてみようか」


 言いながら首元の剣を指さす。

 クリスティーナは数秒ほど僕の目を見つめた後、呆れたように息を吐きつつ剣を柄に収めた。


「お前の思惑通りに事が進むのは気にくわないが……まあ、いいだろう。私も気になるところではあるしな」


 僕らの視線を受けて審判がたじろぐ。

 その不自然な反応に違和感を覚えたのか、クリスティーナが微かに眉をひそめた。


「クリスティーナ、あの人の名前は?」


「気軽に人を呼ぶな。……彼はミゲル・ラクマン、魔導具を用いた戦闘技術を教えている」


「ありがとう。それじゃあミゲル、クリスティーナを止めた理由を一応聞いてもいい? ああ、僕はそれが嘘だって分かってるからいいとして、せめて他の皆くらいは騙せるようなのを期待してるよ」


 クリスティーナが睨むように僕を見た。


「ちょ、ちょっと待て、何を言ってるのかさっぱり分からんぞ。俺はただ教師として私闘を止めようとだな――」


「学則第7項の2」


 遮るように言うと、ミゲルが怪訝そうな顔で首を捻る。


「ロメリア魔導学園は空論を廃し実践を尊ぶ。別記の条件を遵守する場合、学園は生徒同士による戦闘を奨励する」


 代わりに応えたのはクリスティーナだった。

 暗記してるの? と問うと、当然だと言わんばかりにそっぽを向く。


「先生、ちょっと勉強不足じゃない? まあ、学則を丸暗記してる真面目な人間なんてそうはいないと思うけど」


「学則は暗記してないがそのルールは知ってる! だから俺はそのルールに則って、怪我では済まない危険な戦闘を止めただけだ! 教師にはその権限がある!」


「うん、まあ確かに」


 原則、双方が同意し安全に配慮した戦闘であれば、教師であってもそれを止めることはできない。

 ただし、度が過ぎた場合や大怪我の恐れがあるような事態になった場合は別、という注釈はある。

 見方によっては私闘や私刑の温床になる物騒な学則のため、学園側も“学びの一環”という体裁は崩したくないだろうからね。


「ですがラクマン先生……こいつの実力はともかくとして、私たちは学則にある条件を満たしていたはずです。止められる理由はありません」


「従った君も君だけど」


「何か言ったか?」


「いや、何も。そういえばミゲル、君さっき“危険な戦闘”と言ったね。具体的にどこが危険だったか教えてよ」


 ギク、という擬音がぴったりなほどミゲルが体を固くする。


「そうです先生、私とこいつほどの実力差があれば事故など起きようもありません」


 クリスティーナは恐らく僕を貶めようとしているんだろう。

 普通の人間だったなら気分を害する場面だけど……いや、実におもしろい展開だ。

 短く浅い呼吸を繰り返しているミゲルに、僕は内心でほくそ笑む。


「い、いや! 戦闘の心得の無い者であれば重篤な怪我を招くこともある!」


「今回は多少痛い目を見せてやろうとしましたが、それでも――」


「お前は黙っていろ!」


 突然の激昂にクリスティーナが身をすくませる。

 僕はと言えば、ついに堪えきれなくなって忍び笑いを漏らしていた。


「何がおかしい!」


「くくくっ、いや、やろうとしてたこと全部クリスティーナに取られちゃったなって思って」


 怪訝そうな顔で僕を見るクリスティーナに「よくやったね」と声をかけた。


「はー、おもしろかった。さて、茶番はこんなところでいいかな」


「……茶番だと?」


「そう、茶番だよ。クソがつくほど真面目なクリスティーナが、率先して君を裏切りたくなるような状況を作りたかったんだ」


 ピクリとミゲルの右頬が上がる。


「関係は見事に悪化。それと、君の口から飛び出した“お前は黙っていろ!”って言葉だけど、ただの教師と生徒の関係であれば普通は使わない。つまり、普通じゃない関係が君たちの間にあったことも露呈したわけだ」


「ははっ、本当に何を言っている。色恋の関係でも想像したか?」


「むしろ色恋の関係だったら僕は無関心だったよ」


「それならどんな関係だって言うんだ?」


 ちら、とクリスティーナを見やる。

 その表情にあるのは後悔だ。

 平静を装おうとしているものの、口元が下がり頬に力が入っていた。


「主人と奴隷、搾取する側とされる側、それとも雇用主と労働者? まあ、この際表現は何でもいいよ」


「違う! 私はっ――」


 はあ、と嘆息する。

 言葉を切ったクリスティーナが奥歯を噛み締めた。


「リーシャにも言われたはずだよ。そうやっていつまでも現状に甘んじてるから、君はいつまでたっても“貧乏騎士”なんだ」

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