第15話 タネ明かし

 密かな一騒動から一夜明け、僕はそこそこ上等なベッドの上で目を覚ます。

 快眠だったと実感できるくらいには清々しい朝だ。

 カシアの街から王都に来るまではずっと野宿だったから、きっと自覚の無い疲れが溜まっていたんだろう。


 ここはロメリア魔導学園内に設けられた来客用の宿泊施設。

 ルクルの脅しによるものとはいえ、せっかく滞在の許可をもらったんだから利用しない手は無い。

 何よりここは何泊してもタダ。宿泊費が浮くのは非常に助かる。


 そんな益体も無いことを考えながらベッドの上で体を伸ばしていると、不意に部屋のドアがノックされた。


「ロジー? 起きてますか?」


 リーシャの声だ。

 開いてるよ、と声をかけると、躊躇いがちにドアが開く。


「鍵かけないで寝たんですか? 物騒ですよ?」


「仮に僕が泥棒の立場だったなら、もっとお金持ってそうな生徒の部屋に忍び込むけどね」


「もう、そういう問題じゃないです」


 呆れ顔で部屋へ入ってきたリーシャは、おぼんの上の水差しとグラスをサイドテーブルへ置いた。

 そこから水を一杯分注ぎ、僕に差し出す。


「ありがとう」


 一口含んで飲み込むと、よく冷えた水が乾いた体に沁み込むように流れていくのが分かる。

 気づけばグラスの半分ほどが無くなっていた。


「今日はどうしますか?」


「うーん、そうだな」


 理事会にリーシャの入学を認めさせるための仕込みは、実を言えば昨日の時点で終わってしまっている。

 つまり、2日後の受験当日までやることは無い。


「おや?」


 と、再びのノックの音。

 こんなに朝早くから僕らを訪ねてくるなんて、いったい誰だろうか。


「ロジーくん、ユーリです」


 ともすれば聞き逃してしまいそうなくらいに控えめな声。

 ぱたぱたと走っていったリーシャがドアを開けた。


「あ、ロジ……え、リーシャちゃん?」


「はい、リーシャですが……ユーリちゃん? 顔が赤いですけど、どうかしました?」


「えっ、あ、いえ! 私っ、その……ごご、ごめんなさいっ」


 数秒遅れて顔を真っ赤にし、ユーリは両手で顔を覆う。

 ああ、何かとんでもない勘違いをしているなと気づいたのは、僕とリーシャとこの状況を俯瞰してから。

 さてどう説明したものかと寝起きの頭で思案していると、ユーリの背後からルクルが現れ目が合った。


「さっさと支度なさい、朝食に行きますわよ」


 何でもないように言うルクル。

 分かってるならユーリに説明してくれてもいいのに、と思いながらベッドを抜け出す。


「リーシャ、着替えるから外出てて。手伝ってくれるならいてもいいけど」


「え、はい。手伝いましょうか?」


「……ごめん、僕が悪かったから外で待ってて」


 捻くれ者や性格の悪い相手には、素直で真っ直ぐな返答が一番効果的だ。

 ロジーが言ったのに、と不思議そうな顔のリーシャの背中を押して外に追い出すと、鍵をかけて着替え始める。


 こういう時は男でよかったとつくづく思う。

 寝巻を脱いで服を着て、適当に髪の毛を撫でつければ最低限人前に出られる。

 顔は食堂に行く途中にでも洗っていけばいいだろう。


「おまたせ」


 そんな僕の姿を認めると、着いてきなさいとでも言うようにルクルが先頭を歩き出す。

 それを追いかけるユーリとリーシャ、そして僕。

 必然的に3人並ぶ形になり、僕は小さく溜息を吐いた。


「君たちは前だよ、ほら」


 両脇のユーリとリーシャの背中を押し、無理矢理ルクルの隣に並べる。

 肩越しに抗議の視線を送る2人を無視して、僕は1人付き従うお供のように3人の後ろを歩いた。


 両手に花の状態をむざむざ手放すか? と思われるかもしれない。

 けど、そうなれば注目されるのは主に僕だ。


 別に注目されるのが嫌なのではなく、今はリーシャに目がいってもらわないと困る。

 彼女が誰と一緒にいるのか、どんな会話をして、どんな行動をしているのか。

 奇異でも何でも、まずは興味をもって知ってもらうことから始めるんだ。


 人に限らず、生き物が抱く恐怖という感情は、その対象が“得体の知れない”ものであることを起因とする場合が多い。

 知らないから恐れる、分からないから近寄りがたい、といった具合だ。


 銀髪エルフにしてもそう。

 ただ漠然とした噂だけがそこにあり、実物を見たことが無いからこそ“得体が知れない”。

 結果、恐怖の感情だけが独り歩きするように育っていく。


 だったら話は簡単だ。

 見て、聞いて、知ってもらえばいい。

 そのためには広告塔――つまり、常日頃から良い意味でも悪い意味でも注目されているルクルの傍が最適だろう。

 まあ、彼女がリーシャをどう思ってるかはさておくとして。


「うわ、すごい人」


 途中洗面所で顔を洗いつつ、僕らは活気に包まれる食堂を訪れた。

 食事の受け取り口は人でごった返し、長蛇の列ができている。


 そんな彼らを尻目に、今日も綺麗にセットされた若草色の三つ編みおさげを揺らしながら、ルクルは2階の指定席へと歩いていく。

 そして、自分の席へ座ろうとしたルクルが躊躇した。


「どうしましたか? メルクルーク様」


 取り巻きモードのユーリが問いかけると、ルクルが何も言わずに僕を見た。

 リーシャは何のことやらといった様子で首を傾げる。


「大丈夫だよ、あれは僕の作り話だ」


「でも、あなたはここを言い当てましたし、わたくしの席からメッセージも――」


「ここを言い当てたのはテーブルを意識する君の反応を見てたから、メッセージは至極単純な手品だよ」


「手品?」


 そ、と言いながらイスを引き、手のひらで座るよう示す。

 ルクルが席に着くと、ユーリをその斜め向かいに、リーシャをルクルの隣に座るよう誘導する。

 僕はルクルの正面だ。


「原理は簡単、ここにフォークがあるでしょ?」


 行儀が悪いと思いつつも、ペン回しの要領でくるくると指の間で回しながら手に取る。


「これ、実は君のフォークなんだ」


「何バカなことを……ええっ!?」


 ルクルが目を見開く。

 自分の前にあるはずのフォークが消えていたからだ。


「嘘、何が起きて……ユーリ! 今の見てました!?」


「え、ええ。見てましたけど……」


 興奮するルクルをよそに、何を驚いているのか分からないユーリ。

 正面以外からではさぞ馬鹿馬鹿しい光景が繰り広げられていたことだろう。


「さてここでタネ明かし。人は動くものに対し無意識に注目してしまう。君は今フォークに気を取られていたね?」


「え、ええ。見ていましたわ。でも、あなたは自分の場所からフォークを取ったのを確かに……」


「そう、君は見ていた。この動くをね」


 もう一度くるくると、今度はゆっくり回して見せる。


「ミスディレクションっていうんだ。大きく動くものに視線が吸い寄せられることを利用して、その注目の外でこっそり別の動作を行う」


 言いながらルクルの前にもう片方の手でフォークを戻す。

 あまりに単純なトリックに、ルクルは顔を歪め恥じるように目元を手で覆った。


「これと似たようなことをやったんだ。君の視線をはためくクロスに誘導して、その間に懐から紙を落とす。そうすると、まるでクロスの下から紙が落ちてきたように見えるって寸法だよ」


 ちなみに便箋は君のカバンから拝借した、と付け加えると、耐え切れなくなったのかルクルがテーブルに突っ伏した。


 そんなことをしていると、いい匂いのする朝食が運ばれてくる。

 いやいや、久しぶりに美味しい食事にありつけそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る