第51話 ファーストコンタクト①
領内で密かに蠢く謀略を暴く見通しが立った矢先のこと。
街に駐留する衛兵たちの雰囲気が慌ただしくなり始め、これまでの状況に大きな変化が起こり始める。
1つは物流の回復。
市場の様々な物の値段が下がり、そして安定した。
聞いた話によればカンサス街道をはじめ各地で敷設されていた関所が無くなり、関税を取られなくなったのだという。
いつまた徴税されるか分からないことから、商人たちは先んじて品物を大量に入荷している。
普段よりも商品の値段が下がっているのはそのためだろう。
ガイズをはじめ、物価の下落に街の人間は大いに沸いた。
ただ一人、僕を除いてだ。
僕はこれを目的の達成と見ている。
今までは何かしらの理由で関所が必要だった。
もちろん税収の増加も理由の1つだろうけど、それだけならもっと確実でより多くの収入を得る方法がある。
わざわざ関税の形を取ったということは、他にもっと重要な役割があったはずだ。
たとえば、そう。
自分たちにとって都合の悪い人間を領外に逃がさないため、そして領内へ入れないため。
また、入領したきり消えてしまった人や物を密かにどこかへ誘導していたという可能性もある。
ともあれ、それが済んだということは、何らかの計画も既に最終段階へ進んだということだろう。
そしてもう1つの変化は衛兵たちの著しい士気の低下だ。
慌ただしく仕事をしているように見えるものの、何かの拍子に不安や怯えといったマイナスの表情が浮かび上がる。
それも1人や2人じゃない。
街で見かけるほとんどの衛兵がそうだった。
カジノの営業にも悪影響が出始めている。
泥酔して店を訪れる衛兵が増え、他の客といざこざを起こし問題になっているのだ。
不平不満が高まっている、というのももちろんあるだろう。
しかし、事はそう単純でもなかった。
暴れた兵士を捕まえて尋問した結果、引き出せた情報は皆一様に解雇の恐怖に怯えているということ。
普段であれば根拠の無い話として噂にもならないように思える。
けれど、出所は不明なものの確かな筋からの情報らしく、階級的にかなり上の層も真に受けていることから不安が波及したようだ。
これまで氷山の一角のように露出していた部分以外が、今急速に水面へと浮かび上がろうとしている。
それを止められるのは僕たちをおいて他にいない。
正直な話、今回の件の解決に失敗したところで、学校への入学が遠のく以外僕には何の不都合も無いと思っていた。
むしろいいチャンスだくらいに考えていたと言ってもいい。
今は違うかと聞かれれば……あまり自信はない。
でも、リーシャや街の人たちと接するうちに、少しだけ意識は変わってきたように思う。
何と言うか……そう、僕はリーシャの――
◆ ◆ ◆
「ロジー、目標来ました。馬車の音です」
リーシャの声に思考を中断、目を開ける。
ここは王都ロメリアからカシアの街に続く一本道、その脇の茂みの中に僕らはいた。
「タイミングはリーシャに任せる」
「はいっ」
ぎゅっと手が握られると、指先は冷たく微かに震えているのが分かる。
緊張しているのだろう。
こんな状況だ、無理もない。
「リーシャ――」
声をかけるとリーシャがこちらを向く。
「ここから先、もし失敗するようなことがあれば全ては僕の責任だ。そしてその時は、何があっても君に危害が及ばないよう守るから」
それが君を巻き込んだ僕の責任だ。
そう続けようとしたところで、リーシャが僕の頬を真横に引っ張る。
「ぎっ、いひゃいっ!」
怒ったように口をへの字に曲げるリーシャ。
そして、短く息を吐きながら今度は優しく頬に触れる。
リーシャの言いたいことは、それだけで分かった。
「……ごめん」
僕に一瞬だけ微笑みかけたリーシャはすぐに真剣な表情を浮かべる。
そろそろか。
「行きます。その後は、お任せしますね!」
「ああ!」
にっと笑ったかと思えば手が引かれる。
一目散に茂みを抜け、舗装された道へ飛び出す。
「うわっ」
と声を上げたのは僕でもリーシャでもない。
僕らのすぐ近くまで来ていた馬車に乗った御者の男だ。
下り坂が近づき速度を落としていたためぶつかることなく馬車は止まる。
止まった馬車の後ろはもちろんのこと、前を走っていた馬車も異変に気づき、坂を下りきったところでその場に停車した。
周囲の警戒にあたっていた衛兵がすぐさま剣を抜き僕らを取り囲む。
「貴様ら、いったい何者だ!」
衛兵の1人が声を張り上げる。
まだだ、もう少し。
「何者かと聞いている!」
殺気にあてられてか、リーシャが今にも飛び出しそうな雰囲気を放っている。
ここで衛兵に襲い掛かったら全てが水の泡だ。
後ちょっとだけ耐えてくれ。
僕は何を言うでもなく握った手に力を込める。
「この――」
近づいてきた衛兵が剣を振り上げる。
その瞬間、馬車のドアが開いたのを僕は見逃さなかった。
「っ」
咄嗟にかばおうとするリーシャの手を引き、逆に僕が前に出る形になる。
振り下ろされた剣の柄が僕の額を掠め、当たりを確信した僕は勢いに任せ真横へ飛んだ。
「ロジー!」
悲鳴のような声を上げるリーシャを倒れ込みながらずっと見つめ続ける。
絶対に動かないでくれ、そう祈りを込めるように。
「そこまでです、剣を引きなさい!」
しかし、僕の心配をよそにその一喝で空気が一変する。
頭をおさえ、地面から顔を上げながら僕は密かにほくそ笑む。
ふと左目から頬にかけて生暖かいものが流れていくのを感じる。
額を切ったか。
「し、しかし!」
「私は剣を引きなさいと言ったのです。相手はまだ子供ではないですか」
白い生地に金の装飾、いかにもな服に身を包んだその男が何やら指示を出すと、後続の馬車から降り立った数人のメイドが僕のもとへ駆け寄ってくる。
あの日、アンナの部屋で見たメイド服と同じデザインだ。
「ジオラス様、出血しているようです。いかがいたしましょう」
「治癒魔法で手当をしてあげなさい、ジオラス家の近衛兵が民草を、それも子供を傷つけたとあっては面目が立たない」
「かしこまりました」
メイドの1人が僕の額に手を近づけると、黄緑色の暖かい光が漏れ痛みが引いていく。
驚くべきことに傷口はあっという間に塞がり、当然のように出血も止まっていた。
「これでもう大丈夫ですよ、見た目ほど傷は深くなかったようです」
そう言ってメイドは僕の頭を撫でた。
普段ならここで子供のフリをするところだけど、今日は少し違う。
「ありがとうございます。ジオラス様の寛大な御心にも、心よりの感謝を」
子供らしからぬ挨拶に、当のジオラスを含めその場の全員が目を丸くしていた。
「これは驚きました。とても素晴らしい教育を受けているようですね、これなら代々受け継いできた領の未来も明るい、のですが……」
ジオラスは僕の格好を見て眉をひそめる。
当然だ、なぜなら僕はあの村から着てきたボロ布のような服を身に纏っているのだから。
「君はとても教育を受けられるような子とも思えない。失礼ながら私も問わせてください、君はいったい何者なのですか?」
スラムで育ったような子供が完璧な礼儀作法を見せるような、所作と外見の不一致はとてつもない違和感を煽る。
けれど、これで僕の話を聞きたくなったはずだ。
もちろん、聞きたいのなら聞かせてあげるよ。
「――僕はロジー、職業は〝占い師〟です」
どうぞお見知りおきを、と続け、僕は小さく笑顔を作った。
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