第15話 はじめての(非合法な)おしごと①
耳を覆いたくなるようなランチキ騒ぎのホールへと戻る。
僕が担当するテーブルは事務所にほど近い『エレメント』のテーブル。
最低ベット額は100リチア(日本円にして300円弱)からの手軽に遊べる設定だ。
客層的に高額ベットが起こりにくい低額設定テーブル、なおかつ何かあれば事務所前のガードマンがすぐに飛んでこられるような場所とは、ガイズもちゃんと配慮してくれたということだろう。
ただ、僕には一つ憂鬱なことがあった。
「いや、服の質感自体は快適なんだけどさ……」
さすがに今まで着ていたボロ布のような服のままディーラーはできない。
店にあるディーラー服を1着貸してもらえないか聞いたものの、当然子供用のディーラー服なんてものは存在しなかった。
苦肉の策として、ちょうど背丈が似ていたリーシャの替えの服を借りることになったわけだけど……
「似合ってる……ぷくく」
貸与されたのは若草色の半袖ワンピース。
なかなかに裾が短く、うっかり大股であるくと下着が見えそうになる。
これをリーシャに着せようと思ったやつはいい趣味してるよ。
世が世なら問答無用で警察に突き出してやってるところだ。
「ところで、さっき護衛もリーシャが務めるみたいな話だったけど、本当に大丈夫なの?」
白いブラウス、濃紺のスカートに、スカートと同色の薄いケープを羽織った姿のリーシャを見やる。
可愛い、とても可愛いけど、何かあった時にどうにかできるような凄みが無い。
「大丈夫、危ない時は、これで」
リーシャがすっとスカートの裾を持ち上げると、陰から黒いレザーに収納された小ぶりな短剣がちらりと覗く。
ちょっと待って、それ抜かなきゃいけないような状況が今後あるかもしれないってこと?
「ちなみに聞きたいんだけど、最後に使ったのはいつ?」
「一昨日」
うん、割とあるみたいだね。
死ぬ以前からそうだけど、こと体を使った戦いに関しては致命的に役立たずな僕はもはや諦めるしかないらしい。
どうせ死ぬなら楽に死にたい。もう窒息死はこりごりだ。
目頭をおさえながらテーブルに着き、『他のテーブルをご利用ください』と書かれた立て札を下ろす。
それを見ていた数人が周囲に声をかけつつ集まり始め、あっという間に定員である5人が席に着いた。
すごい人気だ、名物ゲームというのは本当らしい。
「だあっははは、ずいぶんと可愛いディーラーだな? 今日が初めてかあ?」
「ガイズのやつ、リーシャちゃんだけじゃ飽き足らずまーた子供拾ってきやがったのか。気をつけろよ嬢ちゃん、何されるかわかったもんじゃねえぞ!」
既に全員顔が赤く酒の入った状態だ。
さて、しばらくは店が得するようなゲームの進め方はしなくていいとお達しをもらってるから、どんなキャラでいくかな。
「は、はい! 新人のロジーです、よろしくお願いしますっ」
結果、新人らしさを装った初々しいディーラー路線でいくことにした。
後々イカサマを使うようになった時、こっちの方が立ち回りやすいからだ。
女の子と勘違いされてるのはまあ……服装のせいということにしておこう。
いや、僕の顔立ちが中性的というのもあるんだろうけど。
「そ、それでは、参加費のチップをお願いします」
そう言うと、続々と白いチップがテーブルに飛ぶ。
これが100リチアのチップだ。
ここでもらったチップはそのままディーラーの給料となる歩合制らしいので、人気ディーラーになれれば月の収入もそこそこになるだろう。
まあ、入学金500万リチアを稼ぐにはこれでも全然足りないんだけど。
「あれ、全部で13枚ありますね、どなたか多く出してませんか?」
「おっと、ほんとだなあ。酔っ払ってて多く出しすぎたか。嬢ちゃんは今回が初めてなんだろ? 分かんねえフリして取っとけ取っとけ!」
そうだそうだと声が上がり、僕は苦笑いしながらテーブル下の籠に入れる。
「ありがとうございます。それでは5名の方から参加費をいただきましたので、合計5回戦を行いたいと思います。なお、イカサマが発覚した場合は所持されているチップを全て没収のうえ、当カジノへの出入り禁止を含めた厳しい処置をいたしますので、どなた様もご注意ください」
「あーこれこれ! 新人ディーラーが生真面目に規則を読み上げる初々しさがたまんねえんだ!」
なんというか、すごいレベルの高い趣味だ。
鳥肌が立ちそうになるのを気合でおさえ、シャッフルしたカードを配っていく。
「それでは、ブーストカードはこちらです」
残った2枚の山札の1番上をめくる。
属性は水。
「次に交換したいカードをお選びいただき、裏向きのままご提示ください。……皆様よろしいですね? それでは私の左手側のお客様よりカードの公開を行います」
ブーストカードを開いた時点で、何人かはもう交換カードを選んでいた。
さすがに慣れている。
「土、風が1枚ずつ。炎、風が1枚ずつ。炎が1枚。炎が1枚。水が1枚。合計6枚と残りの1枚をシャッフルして配り直します」
「お前、水捨てるってことは2枚役持ってやがんな? さては土の3枚役狙いだろ」
「さあ、それはどうかなあ?」
ディーラーが新人と侮ってか、なかなか際どい会話が繰り広げられる。
「お客様方、ベット終了までカードに関する言及はお控えいただければと」
「おっと、怒られちまったぜ!」
「気をつけるから土のカード配ってくれよロジーちゃん!」
溜息を吐きつつカードを配り直す。
こうした客同士の会話を制限するのもディーラーの仕事だ。
特に仲間同士で持っている手札の情報を共有されてしまうと、勝ち負けの確率の精度をかなり高められる。
それくらい情報がカギを握るゲームのため、そうした〝通し〟は絶対に防がなくてはならない。
今は新人ディーラーを演じてるからいいけど、今後は客の目線や一挙手一投足に至るまで観察する必要があるだろう。
一通りベットが終わり、最後は一騎打ちの様相。掛け金は2000リチアまで引き上げられた。
勝者は僕から見て右端の男。
本当に土のカードが配られたらしく、土の3枚役でブーストカードを乗せた水の2枚役に勝利した。
そうして何度かゲームを繰り返し、4回戦目が終了した頃、事件が起こる。
始まりはギャラリーの一人がテーブルに歩み寄ってきたこと。
横で暇そうにしていたリーシャが突然ピクリと反応し、臨戦態勢に移ろうとしたため足を踏んでそれを止めた。
「驚いたな、まさかこんな子供2人に気づかれるなんて」
金の短髪に深紅の瞳。
見るもの全てを魅了するような整った顔立ちに、かえって危機意識を掻き立てられる。
立ち振る舞いの時点で既に普通じゃない。
アルベスさんのように、ただそこにいるだけで威圧感を放っているような、形容しがたい何かを感じる。
それに気づく時点でリーシャも相当なやり手だということが分かった。
ただ、今回ばかりは相手が悪い。
「俺はレナード、今日はただの観光のつもりだったんだが……ちょっと興味が沸いちゃって」
と、テーブルにいた酔っ払い全員がレナードと名乗った男に一斉に視線を向ける。
数秒後、揃って悲鳴を上げたかと思えば、自分のチップを取ることもせず蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その様子にさして驚く様子もなく、レナードは僕の正面の席に座る。
「お客様、当施設は完全会員制のため、申し訳ございませんが会員資格をお持ちでない方の入場はご遠慮いただいております」
「……へえ、どうして俺が会員じゃないと?」
「シャツの裾に新しめの返り血がついてる。押し入ってきたのが丸分かりなんだよ」
レナードは僕の豹変ぶりをよそに、シャツの裾を掴み確認しようとする。
しかし、そこに血液どころかシミ一つ無いことに気づくと、まるで降参でもするように両手を上げた。
「カマかけたね?」
「分かったらお引き取り願うよ。こっちは初日からトラブル抱える気はない」
ぶっきらぼうに言うと、レナードは片肘をついたままこちらに身を乗り出してくる。
立っている分僕の方が目線が高い。
なのに、強烈な威圧感にまるで見下ろされているかのような錯覚を起こしかけた。
「さっきのゲームをやらないか? 君と俺でだ。君が勝ったらおとなしく出ていこう」
「僕が負けたら?」
「……うーん、そうだな。よし、こういうのはどうだろう」
ポン、と手を叩いたレナードが100リチアのチップを摘み僕の手元へ放った。
「王都ロメリアの聖騎士、レナード・ハーグレイブの名においてここを摘発する」
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