鳴瀬の援護射撃もあり、敵を倒しながら最短距離で進むと武骨な鉄筋で囲まれた船内、その向こう側から黒服の男が駆け寄って来た。

「お久しぶりです、黒服さん」

 優しく笑みを浮かべた彼は「救助しているが人数が多すぎる」と避難誘導・救助活動が難航していることを伝えてきた。桐乃も現在状況を伝え、とりあえず全員甲板へと急ぐ。

 階段を上がり外へ出たところで、海風によろめいた桐乃は咄嗟に通路脇の手すりに掴まった。桐乃は肩で息をしながら、何気なく視線を横へ向けた。広場のようになっている船上の芝生上、その中央に鎮座する石造を見上げる。上半身は翼のようなものを持った女性、下半身は魚という奇怪な姿をした石造だ。

「セイレーンだな」

 立ち止まっている桐乃に気付いたのか、遅れて下から上がって来たオーガストが呟いた。

「ギリシャ神話に登場する怪物さ。とても美しい歌声で惑わし、船乗りたちを遭難させる怪物」

「怪物……」

 巨漢の黒服の男、その身長が二メートル近くであれば、その二倍近い大きさの石造だ。

「それがどうしたんだ、お嬢ちゃん」と鳴瀬は焦りながらも訊ねてくる。先を走っていた黒服の男も立ち止まり、戻ってくる。

「この石造、黒川さんから貰った情報には記されていませんでした」

 全員が口を閉じ、石造を見上げる。嫌な予感が頭の中でぐるぐる回り始め、桐乃は恐る恐る石造に歩み寄る。触れて、ノックして、中が空洞になっていることがわかった。息を飲み、桐乃は鳴瀬を見た。鳴瀬も異変を察知したのだろう、灘を黒服の男に任せて拳銃を構える。

「外装だけだな」

「お願いします」

 鳴瀬が引き金を引き、二挺拳銃から放たれる弾丸が石造の外壁を削り取っていく。ヒビも入り、小さな穴が見えて、すぐに鳴瀬が銃を静めた。桐乃は指先を突っ込み、一気に引き剥がす。石造の中の空洞が露わになった瞬間、場の空気が凍り付いた。

「どうして……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る