第36話フェラールの街と

 小さな村を出てクロス町に向かう途中軍隊がクロス町に入っていくのが見えた。その数は千を超えているだろう。どこかへ戦争にでも行くような恰好をしていた。その中には明らかに煌びやかな鎧に身を纏った者がいる、恐らくは貴族だろう。


 目的地はクロス町だったが俺は貴族とは関わりあいたくないので迂回してクロス町にはいかず、その先にあるフェラールの街に向かうことにした。王都へ行くには少し遠回りになってしまうが、フェラールの街は俺の生まれ故郷らしい。両親曰く俺はフェラールの街で生まれ、そしてアニの街へ移住したらしい。つまり両親の知り合いもいるかもしれない。


 そこで時間を潰してからクロス町に向かうつもりだ。


 数日かけ森を抜け海と山のそばに位置するフェラールの街にたどり着いた。フェラールの街は大きく城壁に守られていたが、村人は少なく割とすたれた街となっている。


 門番にギルドカードを見せ中に入る。まずは情報収集だ。どこかに両親の知り合いがいればいいんだが……。


「あの、もしかしてリリーとアントニーの子共かい?」


 話しかけてきたのは一人の老人だった。杖をつき驚いた顔でじっくりと俺の顔を観察している。


「父さんと母さんを知ってるの?」

「おお、やはりそうか!確か名前は、チャールズ君だったかな?」


 どうやら本当に父さんと母さんの知り合いらしい。


「二人の事はよく知っているよ。というかこの小さな町でその名を知らない者はおらんよ。以前ここに住んでいた二人に皆世話になっているからの。して、二人は元気にしておるか?」

「……死んだよ」

「何と!?あの二人がか!?」


 どうやらこの町にはアニの街の情報は入ってきていないようだ。俺はスタンピードの件を説明すると老人は悲しそうにそれを聞いていた。


「そうか。それは辛かったの。大したもてなしは出来んが是非町でゆっくりしていきなさい」

「村長!その子どうしたの?もしかして隠し子!?」

「馬鹿言うんじゃない。もうそんな元気はないわ。この子はリリーとアントニーの子供のチャールズ君だよ」

「え!?あのリリーとアントニの!?でも言われてみればそっくりね!わー本当に似てる!」

「なんだなんだ?リリーとアントニーの子共だと!?うぉ!本当に似てるじゃねぇか!よく来たな!」


 近くを通りかかった町の人たちが次々に集まり俺の顔を見て驚く。なんだか恥ずかしいが両親に似ていると言われることが嬉しくフードで顔を隠すことをしなかった。


「リリーはいつも嬉しそうに生まれてくる前のあなたの話をしていたのよ?もうみんな耳にタコができるくらい聞かされてねぇ」

「アントニーあいつには一度も喧嘩勝てなかったなぁ。流石Aランク冒険者だが、一度くらい勝ってみたかったなぁ」


 皆我先にと両親のこの村での昔話を聞かせてくれる。俺の胸は熱くなり、泣きそうになるのを堪えながら笑顔で話しを聞いていった。


「これこれ、あんまり皆で話すとチャールズ君も休めんじゃろう。今この町に着いたばかりなのじゃ。少し休ませてやれ」


 村長の鶴の一声で皆口惜しそうに去っていく。俺はこの日は宿に泊まりゆっくりとすることにした。初めてきた町なのになんだか以前から知っているような安心する雰囲気に、ベッドにもぐりこむとすぐに夢の世界にいた。


 朝目が覚め宿屋の裏庭で素振りをしていると宿屋のおかみさんが笑いながらそれを見ていた。


「アントニーもそうやって毎朝剣を振っていたわ。全く親子ねぇ」


 その言葉になんだかこうしていれば両親が近くに感じられる気がした。死んだ人間が離隔に感じるという表現は変かもしれないが、天から見守っているような感覚になる。人は死んでも想い続ければ人の心に残るものかもしれない。


 朝食を食べて町の散策に出かけると入り口の方に人だかりができているのを発見し近づいてみる。


「我はブクブク伯爵である!この近くにある「龍の山脈」に龍狩りに向かうことになった。我の高貴なる目的のために食料をよこせ!」


 そいつは以前クロス町にいた煌びやかな服装をした貴族だった。いきなりの申し出に町の住人達は困ったが貴族の申し出を断れるわけもなく仕方なしに食料を大量に差し出すしかなかった。


 食料を貰った貴族たちはそのまま町の近くにある「龍の山脈」に向かって出陣していった。


「クソ、町の食糧の半分以上持っていきやがって」

「今年は不作の年なのにね。困ったわ」


 町の住人が中心街の広場に集まり会議をしている時、俺は近くにここまで来るときに狩った大量の魔物を放出することにした。いきなり何もないところから山積みになった魔物の死体が現れ町の住人たちは驚き言葉を失う。


「あの、これ良かったら貰ってくれませんか?もう魔法の袋がいっぱいになってて困ってしまって」


 皆に注目されて少し恥ずかしくなりながらそう言うと、一瞬の静寂の後に歓声が上がる。皆口々に俺にお礼を言い魔物を町の食糧庫に運んでいった。


 「流石アントニー達の息子だ」「ありがとう。本当に助かったわ。このお礼は必ず」と皆声をかけてくれ、両親が町にしたように、俺も町の人たちに何かできたことが誇らしかった。


 その日は皆で宴会を開くことになった。俺が魔物を提供しても消えた食料の半分にもならなかったが、それでも皆で俺の提供した食材に感謝しこれから頑張ろうと声をかけあい楽しんだ。


 地球ではこんな光景はもう見られないだろう。ネット社会になり人々の交流が減った地球では、こうやって皆で手を取り合い助け合い励ましあって生きることは。人であること、生きている事、人と触れ合う事、そんな当たり前のことがなんだが尊くこの光景をいつまでも見ていたいとそう感じる人時だった。


 次の日からは村長の依頼を受け、以前両親がしていたみたいに町の人達のために近くで魔物狩りや魔法での道路整備など様々な仕事をこなした。いらないといったが村長が受け取れというので報酬はしっかりと受け取った。こうして俺は町に馴染み数日の間この町で楽しく過ごすことが出来た。


 だがそんな日常も一瞬の出来事で幕を閉じる。


「ドラゴンだ!ドラゴンが来たぞ!」

「何じゃと!?何故こんなところに!龍の山脈から降りてくるはずがない!」


 朝村長と今日の依頼の確認をしていた時、住人が叫びながら町中に声をかけていた。俺と村長が家から出るともうその姿をしっかりと確認できる大きさでドラゴンが飛んでくるのが見えた。


「チャールズ君!君だけでも逃げるのじゃ!」

「え?でも町の人たちが!」

「皆はもしかしたら助からんかもしれん。だが君なら逃げ切れることが出来るじゃろ!リリーとアントニーが繋いでくれたその命、無駄にしてはならん!」


 村長はまるで我が子を想うような優しく強い目で俺を促す。だが俺の生まれ故郷であり、アニの街をでて初めて居心地のいいこの町をドラゴンなんかに壊されてたまるかとドラゴンの方に駆け出す。


「チャールズ!」


 村長のそんな叫び声を聞き流し、町のはずれまで来た俺は父さんの剣を魔法の袋から取り出し構える。


「ギャオオオオオオ!!」


 ドラゴンが近づくといきなり口に魔力を溜める。俺は慌てて横に飛ぶとドラゴンは帆脳のブレスを吐きだす。何とかそれを躱すがその熱量にローブの一部は燃え、帆脳は家や道を飲み込んみそこには大きな道が出来ていた。


 人々の泣き叫ぶ声が聞こえる。俺の剣を握る手に力が入り、「ブースト」を使い空を飛ぶ。ドラゴンは人間がいきなり飛んできたことに驚いた表情をするが、すぐに二度目のブレスを放ってくる。


 それを躱し、炎は何とか町に当たらずに空の彼方へと消えていった。


「この町を壊させるもんか!」


 俺は叫び自分に喝を入れドラゴンと対峙する。ドラゴンは俺の事を敵と認識したのか大きな口を開け突進してくる。


 だが俺はそれを素早く避けてドラゴンの首に魔力を溜めた剣を振り下ろす。父さんの魔剣は魔力を込めると、固ければ固いものほどよく切れるという件だ。ドラゴンの鱗がまるで豆腐のように斬れ、一気にドラゴンの首の一部から血が噴き出した。


 ドラゴンは恐らく油断していたのだろう。こんな小さな人間が自分を傷つけられると思わずに。だからこんな単純な攻撃をしてきたんだと冷静に思った。だが俺にとってはこれは好機だった。


 ドラゴンはいきなり斬られたことに驚き空をぐるぐる飛び回りながらうめき声をあげる。


「ファイアーストーム!!」


 俺は空中で手に魔力を集め受けきまわっているドラゴンに向けて魔法を放つ。ドラゴンはそれを躱すことが出来ずに直撃し、そして地へと落ちていく。


 町の外に落ちたドラゴンは苦しそうに立ち上がりこちらを威嚇してくる。俺はすぐに地上に降りて、再び魔力を集め魔法を放つ。


「ライトニング!」


 空に集まった分厚い雲から一筋の光がドラゴンに向かって降り注ぐ。目を開けている事さえ困難なほどの雷がドラゴンに直撃した。目を開けるとドラゴンは呻き倒れまいとふらふらと立ちあ上がる。


 流石ドラゴン。炎の竜巻に雷まで受けてなお倒れないとは。だが最早虫の息となったドラゴンにとどめを刺すためドラゴンに向かって駆ける。


 ドラゴンは近づいてきた俺に向かって最後の雄たけびを上げその鋭い爪をこちらに振りかざす。


「遅い!!」


 死にかけのドラゴンの攻撃にはスピードがなくそれを難なく躱すと先ほど斬りつけたドラゴンの首元に再び剣を振り下ろし、そしてドラゴンの顔が地に落ちる。


「はぁはぁはぁ。勝った」


 こうして俺は初のドラゴン討伐に成功したのだった。

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