第20話奴隷商と次の街

「すまない……だと?」

「ああ、本当にすまないと思っている」


 伯爵は俺の目を見てはっきりとそう告げる。その眼は嘘偽りない真っ直ぐとしたもののように感じた。


「ふ、ふざけるな!!何がすまないだ!!お前らのせいでアニの街の皆は!!」

「ああ、死んだ。それは知っている。だがこうするしかなかったんだ」


 伯爵は申し訳なさそうにそう告げる。何がそうするしかなかっただ。俺はいっそ伯爵を刺してしまいたくなってきた。


「何がああするしかなかっただ!!国王にでも脅されたとでも言うのか!?」

「ああ、それもある。が、問題はノアだった。神官長のノアは君も知っているだろう?」

「ああ、知っている。だから何だ」

「ノアは軍を持っていたという噂があった。そしてこの国の国家転覆うを測ったとも。その為我々はそれに対処するしかなかった。その手段でスタンピートを起こしたのはやりすぎだと思っている」

「……何を言っている?」

「ノアは反逆者だ。この国の敵だ。そしてアニの街の皆はノア派だったはずだ。国王直々に調べたのだから間違いないだろう」

「ノアが……?」


 俺は剣を思わず下げてしまった。だが伯爵はそれでも逃げることなく俺から目を離さずに真っ直ぐ見ている。


「君は優しい子だ。つまりあの街の人たちの復讐をするためこうして周囲の伯爵を襲っているのだろう?君がその情報をどうやって調べたかは分からない。だが止めなさい。その道は君自身を破滅に導く。」

「うるせぇよ……。うるせぇよ」

「信じられないのは分かる。だがこれは忠告だ。君ならまだまっとうな道に進める。だがそれでも復讐を続けるというのならば、その時は破滅し構ってない。君は国そのものに喧嘩を売っているのだ。勝てるわけない。人ひとりの力などちっぽけなものだ。っと、時間のようだ」


 伯爵が窓の外を見ると沢山の松明がこちらに向かっているのが見えた。恐らく犯人たちを捕らえてきたのだろう。


「君は地下の抜け道から街の外に逃げると言い。そして改めて申し訳なかった。私は反対したのだが、所詮は伯爵。上の力には逆らえなかった。後悔している。だが君までも死ぬ事はない。もし君がよかったら戻ってきなさい。君を改めて正式な従者として迎えよう」


 俺は何も言えず、エマからもらった髪留めを伯爵の机に置く。


「エマには、すまないと伝えてください」

「ああ、わかった。必ず」


 そう言い残すと俺は地下の抜け道へ走る。もうわけがわからなかった。ノアが国家反逆者?そんな風には見えなかった。だが伯爵が嘘をついている様には思えない。


「行くのかね?」


 地下の扉に手をかけた時後ろから庭師の老人が話しかけてくる。


「……どうしてここに?」

「ああ、何となくさ。君が今夜ここから抜け出す気がしてな。君はアニの街の出身だろ?」

「な、なんでそれを?」

「ふふ。そう簡単にばらしてはダメだよ?まぁ老人の勘というやつさ。まぁ儂が何を言っても君は止まる事はないだろうから一言だけ。疲れたら戻ってきなさい。私もアニの街出身でね。君が何をしているか何となくわかる。儂ももう少し若かったらそうしていたかもしれない。だけどその道はあまりにも厳しすぎる。君には帰る場所がないというならここを帰る場所にしてほしい。今度庭の手入れの仕方でも教えよう。案外楽しいものだよ?」


 そう言い残すと老人は行ってしまった。俺は気持ちが揺れ動くのを感じたが無視して地下道を走り街の外まで出る。街から少し外れた所にある小屋から出られたようだ。そのまま近くの街道まで歩きそして王都のある東に足を進める。


 菱井に伯爵の言っていた事を考えながら月明りだけの道を進む。ノアが反逆者?だからノアのお街の皆を殺した?ふざけるなよ。たとえそれが事実であったとしても許されることではない。許していいはずがない。どうせノアの事も嘘だろう。そうだ、そうに違いない。


 必死に自分に言い聞かせるが、気づけば足が止まってしまっていた。母さんに、父さんに、ミアに皆に会いたい。もうどうしていいかわからなくなってきた。


 次の日の朝、日の出と共に起き剣を振るう。毎日行っていることだがこれをすると心が落ち着く気がした。


 父さんに教えてもらったことを何度もイメージし剣を振るい続ける。季節は3月。この世界でも一年365日、12カ月と言う仕組みは同じだ。まぁこの世界を作ったのが地球を作った女神と同じだからかもしれないが。


 しばらく振った後「クリーンの魔法をかけて魔法の袋から以前倒したワーウルフを捌き、木を集めて火をつけてフライパンで焼く。後は簡単に塩コショウをして赤ワインとポルト酒を注ぎ煮込む。後はパンを取り出し今日の朝食は完成だ。これは以前働かせてもらった宿屋で習った料理だ。


 漫画みたいな骨付き肉に被りつきながら考える。次はどこへ向かおう。王都まではまだまだ遠いい。だがアニの街の周辺の街にはもう行った。


 何を信じればいいのかわからなくなってきていた。あの伯爵は本当に嘘をついていたようには思えない。だがノアの事も信じたい。「アニ」の街の皆が反逆者だとは考えられない。そうだ、俺はあの街で9年間も暮らしてきたんだ。俺があの街の人たちについて一番詳しいに決まっている。


 そう言い聞かせるがどうしても矛盾が頭をよぎる。人間の本質は他人にはわかりずらい。前世の両親もそうだった。平気で俺を殺そうとしていた。平気で俺を見捨てた。15年間一緒に暮らしたが二人が何を考えているのか全く分からなかった。他人以上に他人だった。


「……誰だ?」


 木の陰に人の気配を感じ剣を抜き立ち上がる。


「お、お前その食べ物をよこせ!!」


 木の陰から出てきたのは俺と同じ年くらいの少年だった。彼は見るからに痩せ細り今にも倒れそうな体つきをしながら両手でナイフを重そうに構えこちらに叫ぶ。


「一緒に食べるか?」

「え?いいのか?」


 少年は素直に俺の提案に乗りこちらにふらふらとしながら近づくと差し出した肉に一気に被りつく。


「うめぇ。うめぇよこれ」


 少年は泣きながら肉にかぶりつく。恐らく何日も食事を口にしていないのだろう。俺は少年が食べ終わるのを静かに待ち、彼が落ち着くのを待つ。


「ぷはっ!ありがとう。正直腹が減って死にそうだったんだ」

「何となく見ればわかるよ。こんな所で何をしていたんだ?」

「ん?ああ、俺は盗賊の下っ端なんだ。だが安心しな、お前は食べ物をくれたいい奴だ。お頭に売ったりはしねぇよ」


 そんな簡単に見逃していいのか?と聞こうとしたが、見逃してくれるならそれに越した事はないので黙っておく。


「盗賊仲間は食べ物を分けてはくれないのか?」

「俺最近仲間になったばかりの下っ端なんだよ。だから仕事もこうして見張り番なんだけどこの辺り全然人が通らなくてさ。「誰か見つけるまでは食料はなしだ」って言われてんだ」

「大変なんだな盗賊も。そもそもなんで盗賊なんかになったんだよ。もっとまともな生き方あっただろ」

「俺両親が魔物に殺されちゃって。俺だけは何とか生き残れたんだけど生活ができなくてさ。俺特に喧嘩強いわけでもないし冒険者には向いてなくてさ。そんな時に拾ってくれたのが頭なんだよ」

「そうか」


 そうか。それしか言えなかった。この世界ではハローワークなんかないし生活保護施設なんかあるわけない。教会に行けば保護してくれるかもしれないがそれも「光魔法」の適性がなければ難しいだろう。なら俺が何とかしてあげるか?無理だ。確かに俺にはある程度金があるがだからと言って何とかしてあげられるほど俺はお人よしじゃない。


 そんなことを考えていると近くに一台の馬車が通り過ぎる。少年は立ち上がりその馬車を見つめる。いや、正確には馬車の荷台に乗っている商品をだろう。


 荷台には鎖で結ばれた少年や少女がたくさん乗っていた。その中でも最後尾にいる少女は一際美しくこちらを見ていた。


「綺麗だ……」


 少年はそう呟くと、それが聞こえたのかどうかわからないが少女は力なく微笑んだ。その顔はどこか力なく未来を諦めた表情に感じた。


「なぁ。あの馬車は襲わなくていいのか?」

「……ああ、奴隷商は襲うなって命令だ。俺たちにもルールってものがあるんだ。もしかしたらあの奴隷商は取引先かもしれないからな。しかし本当に美しい子だった」


 少年は馬車が見えなくなるまでその方向を見つめ続けた。


「なぁ、あの馬車はどこに向かうと思う?」

「どうだろうな。確か近くに少し大きな街がある。そこの貴族にでも売られるんじゃないか?」

「そうか、食べ物ありがとうな。俺少し用事が出来た」


 少年はそう言うとふらふらと馬車の行った方向へ歩き始めた。


「奴隷商の商品は襲わないんじゃないのか?」

「襲わないさ。ただあの子に惚れてしまったんだ。何とかしてあの子だけでも」


 少年はこちらを振り向くことなく答える。全く恋は盲目と言うがこの子は重症だな。だが俺もこれでも一度は本気で恋をした身だ。その子は死んでしまったが今でも想い続けている。


「全く、仕方ないな。俺もついていってやるよ。特に行先は決まってないからな。それにお前ひとりじゃ行ったところで何もできやしないだろう。ほら、それとこれを着ろ。お前の格好汚すぎてそれじゃ街にも入れないぞ?」


 俺は魔法の袋から予備の服を取り出し少年の頭に投げつける。少年は素直にそれを着て頷くと一緒に歩き出す。特に二人に会話はなかった。だがやはり一人より二人で歩いていたほうが前へ進めるものだと何となく感じた。


 街にたどり着くと俺が生き倒れていた少年を保護したという事で何とか門の中に入れてもらえた。そこから宿をとり少年の汚い体を洗わせた後情報収集に向かう。まずは奴隷商を探し店の中に入る。


「ああ?なんだガキども。ここは遊び場じゃないんだぞ」

「情報が欲しい。ここ2,3日で来た奴隷はいるか?」


 俺は金貨を一枚奴隷商の手に握らせる。


「チッ。まぁこの街で奴隷商は俺だけだからな。ここに来たのは正解だ。確かに先日入荷したばかりだ」

「その中に!!その中に青い髪の少女はいなかったか?」

「青い髪?ああ、いたなそんなガキも。あれは将来絶対美人になるぞ?」

「その子を買いたい。いくらだ?」

「残念だがそいつはもう売っちまった。この街の子爵にな。この街では奴隷を入荷するとまずは子爵に見せに行くんだ。それが決まりでな。だが諦めろ。ここだけの話だがあの子爵の手に渡った子はそう長くはもたない。色々変わった趣味を持った方でな。今まで1年持った子なんかいやしないさ」


 彼が持っている情報は他にもなさそうだったので俺たちは外に出る。


「なぁ。1年持たなかったってどういう意味だ?」

「聞いたろ?色々な趣味があるって。あれは遠回しに拷問なんかの趣味があるってことだよ。つまりあの子は死ぬまで子爵に遊ばれて1年持たずに死んでしまうという事だよ」

「ふざけるな!!なんだよそれ!!そんなこと許されるのか!?」

「知らないのか?この国の法律じゃ奴隷は道具なんだよ。だから近年まで奴隷はこの国ではあまり出回ってなかった。だが今の国王になってから奴隷がこの国でもかなり出回るようになってきているらしい」


 これは以前パランケ伯爵から聞いた話だ。アニの街ではできるだけ奴隷が入らないように工夫していたみたいだがこの国全体で見ると奴隷は今や当たり前の存在になってきているようだ。胸糞悪い話だが。


 それを説明すると少年は歯を食いしばり歩き出す。


「おい、どこに行くんだよ」

「子爵の家だよ。何とかその子を助けられないか聞いてみる」

「馬鹿か。お前の話なんか聞いてくれる奴なんかいるわけないだろ」

「でも!!このままじゃ!!」

「わかってる。まずは宿に戻るぞ。周りから注目されてしまっている」


 さっきから大きな声を出し続けていた俺らに通行人が足を止め注目を集めてしまっている。それに内容がないようだ。一度静かな所に向かった方がいい。


「でだ。一つ俺に考えがある」


 宿屋に戻った俺たちは作戦会議をする。俺はなんでこの少年にこんなに力を貸しているのか分からない。だが何となく放っておけない気がする。この少年は放っておけば間違いなく殺されるだろう。子爵に喧嘩を売ろうとしているのだから。


 少年は必死に俺の言葉に耳を傾けた。ああ、そうか。この子は必死なんだ。誰かを助けたくて、好きな子を助けるために命を投げ捨てる覚悟があるんだ。俺は誰も助けられなかった。家族も、街の皆も、結婚を約束したあの子も。だが今回は違う。今回は助けられるかもしれない。俺はこの少年に過去の自分を照らし合わせているのかもしれない。そんなことで俺の何かが変わるわけでもないのに。


「わかった。それでいこう」

「あとはお前の格好だな。それよりこの黒いローブを被れ。あとはそんなチンケなナイフじゃなくてこの剣を使え」


 俺は少年に真っ黒なローブを着せて短刀を持たせる。何かあった時の為に武器は持っていたほうがいい。これから俺らは犯罪を犯すのだから。


 

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