起ノ弐 咸木フレンズ

◆◇◆◇◆


「……もう、いつになったら来るのよ……」


 そう愚痴ぐちをこぼしつつ、コーヒーカップを手に取る少女。

 暗い夜の闇は、黒を基調としたモダンな雰囲気の店内に合わさって静かな空間を演出している。


「連絡してからもう三十分も経ってるのに……、あ!」

「わ、悪ぃな……。遅れちまった」

「遅れるどころじゃないでしょ! って、どうしたの? そのケガ!」

「ああ、気にする事じゃないから、大丈夫だ」

「なら、せめて傷の手当てあてぐらいしなさいよ。まったくもう……」

 こいつは、神経質というか、なんというか……。


 さっきから俺の事を気にかけてくれている美少女の名は、白河海桜しらかわみお

 先刻、俺に話しかけてきた不良達の口からもその名が出てきていたのを覚えていらっしゃるだろうか。覚えていなくとも別にいい。

 こいつが、その美貌で他校の生徒からの人気を博しているのはいわずもがな。

 容姿端麗ようしたんれい頭脳明晰ずのうめいせき、スポーツ万能と、モテる女子の三拍子を全て揃えていらっしゃる完璧な人間。

 で、そんな美少女なんだけどな、実は━━……

「もう、だからって、少しは急いでよね! もう!」


 俺と白河海桜こいつは、幼馴染おさななじみなんだ。しかし、すごい理論だな。幼馴染同士の待ち合わせには急がなくてはいけないのか。いや、誰とでもそうだと思うんだが。


「……それでよ、話ってなんなんだ?」

「そうそう。それなんだけどね……」


 どこか恥ずかしげな表情を見せる海桜。

 その姿さえも様になるのだが、それを伝えたところで余計に恥ずかしがるだけだろうな。


「あっ……、あのさ……っ!」

 ん? 急に瞳の潤いが増したんだけど。

 つか、そのまま俺を見ないでくれ。

「ど、どうした?」

「えっと……、その……」

 やがて、お互いの吐息がかかる程度にまで顔を近づかせてきた。

 あの、結構近いんですけど!


「ユーキ」


「な、なんだよ。言いたい事なら早く言ってく……」

「わ……」

『わ』?

 次はなんだろう。『ワ』ニの口の中に頭を突っ込めとかなら、全力で否定しかねないけど。

「わ、わた……」

 わた?

 俺の全身でわたあめを作りたいのか? よし、拒否しよう。

 全長一七十㎝の巨大わたあめなんて、なんの需要にもなりゃしない。

「私の……」

 やがて、唇を震わせながら言葉を紡つむぐ。


「……私の友達の、青春水憑あおはるみづきと付き合って!」


「…………は?」

「もう、せっかく言ったんだから、すぐ理解してよ!」

「いや、理解できねぇよ。青春って、あの青春だろ? なんで俺があいつと付き合うしかないんだよ」


 ━━青春水憑あおはるみづき


 俺と海桜と同じ榮原さかはら高校在籍の二年生。

 俺の幼馴染、白河海桜の親友であるため、海桜を通して何度か関わった事がある。

 と言っても、二人きりになった事なんか無いし、特別仲が良い訳でもないんだよなぁ。

 しかし、幸か不幸か。生憎どちらも否だが、俺こと皆村結祈、白河海桜と青春水憑あおはるみづきは、奇しくも同じクラスで同じ空気を吸っている者同士なのである。


「「………………」」


(なんだよこの間は。俺から言い出した方が良いのか?)

 いーち、にーぃ、さーん……

「……あ、やっぱり付き合わなくていいわ」

「へぇい?」


 僅か三秒後に沈黙を破ったと思ったのも束の間、先の話を取り消されたんですけど?

 わからないよ。理解しがたいよ。


「うーん……。なんていうか、《ある人》から水憑を守って欲しいの」

「ごめん海桜。俺、話の全貌を聞かされぬままに勝手に進められてない?」

「それで、詳しくなんだけど……」

「あ、コイツダメだよ。人の話に全く耳を傾けないもの」

「うるさいわね! 人が話してるんだから大人しく聞きなさいよ!」

「海桜さん海桜さん、特大ブーメラン刺さってますよ」


 こいつは、自分の事に熱中しすぎて他人の話に耳を貸さない事が多い。

 よく言えば信念を突き通す努力家。悪く言えば……自己中心って奴だ。誰得情報だがな。


「んで? 続きを話してくれ」

「そうそう。それで、最近の水憑の様子がちょっと変でね」

 そして海桜は、少し躊躇いがちにその先を口にした。


「どうも……《恋》をしてるみたいなの」


 ………………。

「……は? 恋?」

「そう。恋。LOVE」

 あ、さいでっか。僕には関係ありませんね。

 とは言わずに、

「へ、へー。じゃあ、俺はいらないじゃんか」

「もう、なに言ってんのよ!」

「ぐべぇ!」

 なんで!? どうして俺が殴られた!?

「だからこそ、アンタが付き合うんでしょ!」

「は!? お前こそなに言ってんだよ?」

「だからそのー、なんていうか……」

 今度は一段声を小さくして、言った。


「━━水憑が恋をした人は……ヤバい奴なの」



 ◇◆◇◆◇


 ……人間として生きてきて、度々思い知らされる事がある。


 言葉の伝わり方。これ即ち、語彙ごいの多さ。

 語彙が多ければ多いほど、相手に与える情報が伝わりやすくなる。

 しかし、語彙が少なければ、当然相手に伝わらない。

 国語の授業で習う程度の話だが、『語彙の不足』ほど不便な物はない。

 今この場で、つくづくそれを経験した。


「ぐ、具体的にどの辺がヤバいのでしょうか」

「んー、どうして伝わらないかなぁ?」

 どうして伝わると思ったかなぁ?


 しかしそんな事は気にもせず、海桜は淡々と言葉を紡ぐ。

「具体的にというか、彼そのものから、その、《アレ》な雰囲気ふんいきが漂ただよってくるんだよね」


 どうやら、彼女が説明するのは不可能らしい。

 だけど、それだけでなんとなくは理解できた。

 できてしまったのだ━━。


「とにかく気を付けてユーキ。水憑の身を第一に。そのつぎにアンタの身を優先して」

 本来なら突っ込む所だろうが、そんな事はしない。

「……なあ海桜。その、青春が恋をした奴の名前は?」

 俺の問いに、海桜は瞳に期待を浮かべ、言った。


「……條原賢人しのはらけんと━━」


「……うーん、聞いたことない名前だな。芸能人にいそうだ」

「私達はクラスが遠いからね。けど、クラスでは結構人気があるらしいよ」


 ちなみに、俺達のクラスは十クラスあるうちの九組だ。二の九。

 それに比べて、その條原とかいう奴は二組らしい。

 榮原高校は他校に比べて人が多い。休み時間などは廊下に生徒達が溢れかえっているため、知らない人の方が多い、いう場合もある。

 ……と、そんなことは置いといて━━、


「で? その條原って奴は、いつ頃になったら青春に近づいてくるんだ?」


 そう。


 名前や特徴は知っていても、場所や時間が分からなければ意味がない。

「えーっとね。水憑が言うには、そいつは決まって昼休みや放課後に現れるらしいよ」


 なるほど。

 その言い分から察するに、場所はランダムらしいな。

 つまり、常に青春の側にいないといけない訳だ。

 ━━嫌だなあ。

 変態だって思われそうだ。


「まあ、分かった。俺は俺で手を回しとくから、一応青春に説明しといてくれ」

「うん。ていうか、私も手伝うけどね」

「報酬は?」

「〝ぇ。あんた、そういうの求める人……か」

「悪かったな。生憎と俺はそういう奴なんだ」


 特別顔が良いわけでもないし、スポーツだって万能じゃない。

 勉強ができない癖に、自分の為には頭が回る。

 ━━それが俺だ。皆村結祈だ。


 さあて、どんな報酬が……おや? なにやらポケットから、一枚の写真を取り出したではないか?

「……誰かが隠し撮りしたらしいの」

「は? 何を?」


「━━━━私の着替え写真」


「…………はぁ?」

「これをあんたにあげる。どう?」

「ぃよしっ、青春をその篠原って奴から守り抜いてみせるぞ! なんとしてでも任務を遂行させるんだ俺の為じゃなかった青春の為にィ!! つかそれ普通に犯罪じゃね? 危ないから俺が預かっとくよほら早く渡せぇ!」

「うーん。でも、これを撮った犯人は親衛隊に排除されたし、こんなの持ってたらあんたが狙われるわよ?」


 ……よくある娯楽作品アニメやゲームに出てくる美少女ヒロインには、そのあまりの美貌ゆえに親衛隊ファンクラブが作られる事が多い。特別可愛い美少女はな。


 ━━因みに、白河海桜は美少女である。それも、頭ひとつ抜けた特別可愛い美少女な。


 即ち。

「親衛隊って、《あの》『白河親衛隊』か!?」


 声を震わせ問う俺。

 正直、口に出すのに抵抗を覚えるくらいに恥ずかしい名前だからな。

 そしてこの『白河(ry』。驚くほど行動が早い。そして精度が良い。

 前に、海桜に馴れ馴れしく近づいてきた男子生徒二人組がいたそうな。そして、翌日そやつらの姿を見た者はいないんだと。めでた……くねぇ。



「話が逸れたな。それで、作戦は立ててあるのか?」

「もちろん! 任せなさい」


 ━━作戦決行は明日から。

 なんとしてでも、青春を守らねば! 海桜の着替え写真……じゃなくて青春あおはるの為に!

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