ヒツネスト~俺の日常は普通じゃない~
天海 愁榎
プロローグ
其ノ零 始マリノ物語
◆◇◆◇◆
「…………はぁ……はぁ……」
季節は春。
冬の寒さが僅に残る夜の街中を、俺は息を切らしながら走っていた。
人混みを掻き分けた後、大通を駆かける俺のスマホの画面には午後六時五十分という表示と、一通のメッセージ。
『一九時までに駅前のカフェに来て。伝えたい事があるの』
……さて。
想像力の豊かな賢い
「やべぇ、ギリ間に合わねぇ……」
俺が急いでいる理由。━━要するに、ある人と待ち合わせをしているのだ。
俺が横断歩道を渡る前に、信号機のランプが青から黄へと変わり、足を止めざるを得なくなってしまった。
「ちっくしょ……あと5分か……」
着々とタイムリミットが近づいてくる。
が、そこまで焦ることはない。
この信号から駅までは一本道だ。
このまま行けば、目的地のカフェまでなら五分足らずでたどり着く。
やがて、ランプが青に変わり、信号機からぎこちない鳩の鳴き声がカウントダウンを始めた。
「よしっ、俺も……」
「ちょいとちょいと」
唐突に俺の肩へ置かれた手の方へ顔を向けると、何人かの男子生徒の姿が視界に映うつり込んだ。
俺と制服が違うということは、他校の生徒だな?
「……君、
「俺に、なんか用か?」
「用があるから話しかけたんだけどな。まあいいや、こっち来てよ」
「えっ……ちょ、俺は……」
「いいからいいから」
その男子生徒達に引かれるがまま、俺は路地裏へと連れられていった。
「……で、何の用だ?」
「そうそう。じゃ、聞かせてもらうけど」
すると他の男子生徒達も、俺の元へ近づいてくる。
やがて、放たれた言葉は━━
「君、
━━なんだ、紹介の事か。
別に良いんだが、生憎と今は急いでいる。
断りを入れておくか……。
「ごめん。俺は今急いでるんだ」
「そんな事言うなって! ほら、少しだけ!」
その後、しつこくまとわりついてくる男子生徒達に、俺はだんだんと怒りを覚え始めた。
「俺は今急いでるんだ! 早く退いてくれよ! ……あ、ごめん」
つい勢いで、声を荒げ眼前の男子生徒の腕を軽く叩いてしまった。
「……あ?」
瞬間、その生徒は即座にスイッチを切り替え、攻撃的な目でこちらを見つめてきた。
「……お前、今なにした?」
「だ、だからごめんって……」
「うるせぇよ! 生意気な野郎だな!」
「………………ッ!」
一人の男子生徒の拳が俺の頬へと飛んできて、俺はそのまま体をふらつかせた。
おいおい…………これって……!
「ブッ飛ばして力ずくでも言うこと聞かせてやる」
━━近づいてくる。
男子生徒と、それとは別の何かが。
俺の頭をよぎる。
「…………まさか……」
━━ところで。
ここで、満を持して、ようやく自己紹介をするタイミングがやってきた。
ここでは時間の都合上、端的に済まそう。
俺の名前は
特別な物は何も持ち合わせちゃいない筈だが、一つだけ、本当に一つだけ、俺という人間には、他人とは違う特別な物があるのだ。
俺は顔をあげ、黙って男子生徒達の、姿を見る。
「あ? 何見てんだよお前はよぉ」
「まだ何か言いてぇのか?」
「どうせ負け犬の遠吠えだろ!」
━━ある日突然、俺の身体には、とてつもない変化が起こってしまったのだ。
「……お前らもかよ」
「あ? お前今なんつった?」
「何が言いてえんだよお前よぉ!?」
ある日を境に、俺の身体に起こった変化とは。
……俺は、強い感情を持った人間から━━生物の形をしたナニカを視認することができる。
霊体なのか、影なのかは分からない。
だが、確かに生き物の容姿をしている。
…………真っ黒な見た目で。
それはそうと。
(さて……ここからどうするか…………)
待ち合わせどころではなく、今はこの窮地を脱する術を考えなくては。
そう思考に耽っていた俺の視界━━つまり、不良生徒達の背後に、ある一人の少女が姿を表した。
その少女は、じっとこちらを見つめ、やがて…………
「ねぇ、そこで何をしているの?」
不良生徒達に、そう話しかけていた。
「……あ?」
「なんだお前」
「大勢で人をいじめるのなんて、良くないよ!」
やたらと光の籠もった目で見つめるその少女。
「んだよお前、めんどくせぇなぁ!」
「テメェもブッ飛ばしてやらぁ!」
大勢で少女に襲いかかるその姿は、不良生徒達ではなかった。
それは、俺がさっき視た、ナニカだった。
(コイツら、侵食されてやがる……!)
「お、おい……逃げろ!」
対する少女は、深く身構えてじっと目を閉じている。
「うがぉあああ……」
憑かれた様な不良たちが、少女めがけて拳を振りおろ……
「バッ…………」
「━━やぁッ!!」
━━……そうとして、倒れ込んだ。
「ァ〝ア〝ア〝ア……」
「なっ……」
俺が驚いたのは、そのナニカではない。
そのナニカを斬った少女と、彼女の持つ刀。
何色にも染まらぬ風貌の白銀の光沢を放つ、身の丈程もある鋭く尖った、大太刀。
唖然とした俺に、少女は楽しげ笑みを向けて━━
「ふふっ。…………ビックリした?」
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