#474 WC事変⑪

「やはり、派手にネガティブキャンペーンをうつのはいかがなものかと!」

「「…………」」


 事務所の片隅には、若い男性スタッフが中年スタッフと影山に詰め寄る姿があった。


「とくに今回は効果が薄いであろう(既存の)L&Cプレイヤーにまで声をかけています。そのせいで何人かに裏工作を暴露され、中にはFLSウチの関与をほのめかすストリーマーも」

「つまり、それが私のせいで、だから止めろ。あわよくば私をクビにしようってこと?」

「いや、そこまでは!」


 FLSは大会で勝利し、WCとの専属契約を勝ち取るために様々な工作にうってでた。残念ながらWC営業への直接的な忖度は、これまでの強引なやり取りもあって断られてしまったが…………ライバル事務所への働きかけや噂の流布は一定の成果がもたらされている。しかしながら、肝心のFHとL&C側の反応がすこぶる悪い。悪いどころか、FHは本格的に優勝を狙い、L&Cに至っては(証拠が無いので警告止まりだが)悪質な妨害行為に対して訴訟も辞さない構えをとられている。


 お互いに人気商売であることから本格的な闘争騒ぎに発展する事は無いと思われるが…………これだけやっても結局、成果なし。正攻法で勝ちにいかないといけない状況になってしまった。


「君は若いな。そしてなにより…………無能だ!」

「え? それは??」

「ハッキリ言うぞ。お前は商売を、何も分かっていない!!」

「「…………」」

「世の中、優先されるのは"成果"だ。俺も正攻法で仕事がとれるなら、FSLのアイドルどもが売れるなら、やり方に文句をつけるつもりはない。どうぞ、やってくれ! しかしだ、仕事は取れない、売れもしない。そんなやり方に何の意味がある? それなら…………リスクを承知で攻めるしかないだろう? 俺は影山君を高く評価している。FLSの厳しい状況で、手が汚れるのもかえりみず会社に尽くしてくれている。リスクを恐れてコレを評価しない上司は無能! そして俺は無能じゃない!!」

「「…………」」


 高らかに演説する上司も、実のところ影山に思い入れは無い。彼が影山を使い続けるのは、総合的に見れば利益が上回っているところと…………いざとなれば切り捨てやすい点にある。


「お、お言葉ですが、長い目で見れば……」


 若手が最初に思った事を飲み込み、苦し紛れに正論を絞り出す。たしかに上司の言う事も一理あるが、その利益も言うほど大したものでは無い。問題なのは組織の構造であり、構造改革や膿出しをすすめなくては組織に未来はない。


「ありきたりな正論ね。でも、そういうのは具体的な解決策がともなわなくちゃ」

「それは……」


 実のところ影山は上司と肉体関係をもっており、この程度なら擁護してもらえる状況にあった。しかしそこに恋愛感情は無く、単純に"交渉"や"対価"の1つとして性交渉が用いられているだけ。それは当然のように横行している交渉術であり、そこには所属ストリーマーも含まれていた。そして…………この申し出を断った者は使い捨てられ、そうそうに解雇・契約解除されてしまう。


「すこし、肩の力を抜いたらどうだ?」

「え? あ、はい」

「先ほどはアァ言ったが、俺は君も評価しているし、期待もしている」

「そうですね。私も、初々しくて好きですよ」

「そ、それは、ありがとうございます」


 若手の両肩に、2人の腕が重ねられる。


「今晩は、君もどうかね?」

「え?」

「仕事でもプライベートでも、大切なのは理解し合う事だと思うの。だから今夜は、3人で……」

「え、いや、そこは!?」


 芸能業界には、特殊な趣向の持ち主が多く、倫理観も歪みがちであった。





「実際、編集しているとは言え、練習風景を見せちまうのは悪手だからな」

「それだけ、事務所も本気なんだろう」


 トワキンを用い、配信外でも特訓を重ねるFSLゲーマーズ。大会向けの特訓をおこなう事くらい当然と思うかもしれないが、ストリーマーは見た目に反して多忙であり、なにより事務所の維持費を工面するために少しでも見せられる部分は配信していかなければならない。


 とくにFSLは事務所の介入具合が高く、企画も派手(お金がかかる)なものが多いので、実のところ見た目ほど儲かってはいない。世間の認識ではトップでは無いものの『中堅どころではトップ』と見られているが、その収支はスポンサーや親会社であるフジシライFSグループの支援無しでは立ち行かない、危うい状態であった。


「いうて、あのチャンピオンに今さら動きを見られてもなあ」

「おいおい、相手は向井プロだけじゃないぞ? FHには、あの獅子王が居るんだ」


 事務所の情報では『DooMやVIPは優勝を狙っていない』との事だが、流れやランダム要素しだいで漁夫の利をさらわれる可能性は残されている。くわえて、本来はネタ枠に近いFHが優勝を狙っている点も侮れない。


「ほんとうに、FHは優勝を狙っているのか? 勝ったところで案件をこなす余裕なんて無いだろ??」

「フリだけって可能性もあるが…………どうもガチらしいぞ? トワキンのトップギルドと合同練習までしたらしいし」

「マジかよ!? でもまあ、あんなオフザケアイドルに負ける気はしないけどな」

「結局、FHで脅威になるのは獅子王だけ。こっちにはカムイもいるんだ。各個撃破されないよう気をつけていれば余裕だろ?」


 獅子王の強さは有名だが、彼女とカムイが公の場で戦った記録は無い。世間の評価は"同格"となっているが、それはFHがFSL以上にアイドル活動を優先する方針だからであり、本人もそれに納得して活動している。つまり『片手間で戦って、やっと同格』なのだ。


「やはり、問題はチャンピオンだろ? 正直、勝てる気がしない」

「俺たちの実力じゃ、底辺プロの相手がギリだからな」

「おいおい、諦めるのは早いだろ! 事務所も勝機があるからこそ、こうして練習の時間を作ってくれているんだし!!」


 実際のところ、FSLにも勝機はあった。たしかに向井は1対5でも勝てないほどの実力を有し、さらにはボスとして強化されたアバターで参戦する。


 しかしながら大会の主旨はあくまで『販促イベント』であり、見どころが出来るようにバランス調整が入っている。それこそ、プロにだって勝てるように。


「ヨゾラ、本当に無敵化や必殺ポーションもドロップするんだよな?」

「え? あぁ、はい。向井さんは確かに」


 通常プレイではF&CやWCに無敵化などのチートアイテムは出現しない。しかしながらWCには、通常プレイでは出現しない(デバックモード用)特殊アイテムが存在する。ヨゾラは向井との会話の中で『チートアイテムやステージギミックが使用可能になる』と聞き出していた。


「まぁ実際、イベントならチート有りでも不思議は無いよな」

「さすがに無敵で勝ってもって感じはあるが…………向井プロが相手じゃ、それくらいないとな」

「「はぁ~~~~」」


 実際のところ、無敵化にも弱点があり、何より入手できない可能性もある。


「いっそ! DooMあたりの協力を取り付けるか? チャンピオンを倒すところまで協力して、あとはサシで決めよう! みたいな??」

「いや、それは……」

「(DooMやVIPは)優勝は狙っていないって言っても動画的に"華"は欲しいだろうから、乗ってくる可能性はあると思うぞ?」

「まてまて! FSLゲーマーズとして、アイドルとして、そんな戦い方は出来ない!!」


 協力プレイを否定するのはカムイ。提案した側は(チーミングなどの反則行為ではなく)『偶発的な共闘』として提案しただけ。サバイバルゲームでは、強敵を前に共闘するのは度々見られる光景であり、その程度で反則をとられる事は無い。


「いや、それを言われると、そうなんだが……」


 FSLは真っ黒な事務所だ。強引な営業や、ストリーマーや視聴者同士を戦わせてフルイにかける蟲毒めいた企画を繰り返している。しかしながら祭られる側は天国であり、FSLへの恩や、アイドルゲーマーとしての矜持があった。


「私も! カムイさんの意見に賛成です。応援してくれる皆の為にも、恥じない勝ち方って大切だと思うし…………その、FSLには悪い噂もあるけど、そういうのを晴らせるのって、結局、私たちの普段の行いだと思うんですよ」

「よく言った! さすがはヨゾラだ! 皆も、異論は無いよな?」

「まぁ、カムイがそこまで言うのなら」


 切り捨てられるであろうヨゾラまでもが賛同するなら、のこりの3人も強くは言えない。結局のところ切り捨ての話も憶測であり、活躍しだいでは回避可能なのだ。少なくとも、企画には救済条件がもうけられている。


「フフフ……」

「ん? 何か言ったか??」

「いえ、何も」




 練習に勤しむヨゾラの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

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