#008(1日目・夜・セイン)

 シャーッ シャーッ シャーッ


「よし、こんなもんか」


 俺は木陰で[ナイフ]を研いでいた。L&Cは装備に耐久値が設定されており、定期的にメンテナンスで耐久値は回復する必要がある。


 とは言っても簡易のメンテナンスは専用アイテムを消費してしまう。もともとタダ同然の初期装備の[ナイフ]をわざわざメンテナンスする意味はない。


 ガタガタガタガタ…


 ちょうどそこに1台の馬車が近づいてきた。1頭立ての2輪馬車で、馭者ぎょしゃも1人。多分だが近くの村でとれた野菜でも運んでいるのだろう。


 一応、このゲームにも騎乗スキルや馬車にかんするスキルはあるが…、サービス開始初日から獲得できるほど手軽なスキルではない。馭者の顔もテンプレの農民顔だし、NPCと見て間違いないだろう。


「さて、それじゃあ…、いっちょがんばりますか」


 俺が立ち上がるのを待ちかねたように…、風切り音が駆け抜ける。


 ヒヒーン!!


 矢を受けて暴れ狂う馬の前に…、俺はゆっくりと歩み寄る。


 目の前で馬車が横転する。


 俺はそれを冷めた目で傍観する。全ては決まりきった展開。馬が攻撃をうけるとどんな挙動をするか…、馬車が完全に制止するまでどれだけの距離が必要なのか…、NPCが操作する馬車の挙動は始めからパターンが決まっている。


「大丈夫ですか?」

「いたたたぁ、とつぜん馬が暴れ出して…。すまないが馬車をおこすのを手伝ってくれないか?」

「はい、よろこんで」


 俺に背を向け、馭者は歩き出す。


 その無防備な後ろ姿に…、抱きつくように手を回し、首筋を[ナイフ]で一撫でする。


 しばらく蠢いていた馭者が…、光となって消えていく。


「さすがです兄さん」

「さすがに"警戒レベル"ゼロじゃ自慢にはならないな。つか、無警戒は俺もはじめて見たよ」


 警戒レベルは馬車を襲うたびに跳ね上がり、時間経過とともに緩やかに回復していく。大抵は無警戒になる前に誰かが襲うので、ある意味かなりレアな体験といえよう。


「そうですね。それはさておき、人が来る前にドロップを回収しましょう」

「おう、そうだったそうだった」


 当たり前だが、村人を襲うのは犯罪だ。NPCは何かしらの組織に加入しているので、本来ならば警備兵や各種ギルドに指名手配されるのだが…、指名手配を回避して犯罪を犯す方法もある。その方法は…


 噛み砕いて言えば、"バレなければいい"だ。警戒レベルの更新は、襲った次の瞬間からスポーンしたNPCに適応される。しかし、指名手配に関しては、目撃判定を持っているユニットが"警備兵に接触する"などの条件を満たすまで指名手配されない。そのため、今回のように人気のない郊外で犯行をおこなえば…、低リスクでC値や資金を稼げる。


「やはり大したものはありませんが…、[ショートソード]がありますね。攻撃力を上げられますが、装備しますか?」

「ん~、短剣優先でスキルを伸ばしたいから、今は使わないかな…」


 L&Cは死亡すると、所持金と所持アイテムを全てドロップするが…、例外として装備中の装備だけは確率で保護される。とは言っても装備枠は10ヶ所もあるので、フル装備だと大抵は何か1つは落としてしまう。一応、ドロップを回避するスキルやアイテムもあるが…、いつ襲われるかも分からないPKを警戒して装備を妥協するのは非効率と言わざるをえない。


「兄さんは、やはり短剣メインで育成する予定ですか?」

「そうなるかな? まぁ序盤でいいレア装備を引けたら考えるけど…、しばらくは短剣特化だろうな」


 短剣は単発の攻撃力が低いので、高耐久の大型の魔物や防御力の高い相手は苦手だが…、特殊効果も多彩でプレイヤースキルをいかしやすい。運用次第ではバケる上級者向けの装備と言えよう。


「そうですね…、と、兄さん、次の馬車がきたようです」

「あぁ~、あれはパスだな。まだ警戒レベルは初期値のままだと思うけど、金属装備で防御を固めている。初期装備のナイフでは、文字通り刃が立たない」

「しかたありませんね。次に賭けましょう」

「それよりも、レベルが上がって"スキルポイント"が入った。ステータスも調整したいから、アイは休憩しててくれ」

「わかりました。それでは監視をしていますので、終わったら呼んでください」

「お、おう」


 俺をガン見しながら、いったいなにを監視するのか謎だが…、それはさて置き、俺はレベルアップで獲得したスキルポイントやステータスポイントを割り振っていく。


 初期種族の"人族"の場合、レベルが1つ上がるごとにステータスポイントを1つ、10上がるごとにスキルポイントを1つ獲得できる。


 ステータスポイントでカスタマイズできるステータスは、人族の場合だと"心・技・体"の3つしかなく…、心を上げれば魔法に関する各種ステータスが伸び、技なら命中補正や特定スキルにボーナスがのると言った感じに、対応したステータスが増加する。


 基本的には自分の目指す戦闘スタイルに必要な最低限の技量を振ったら、あとは心か体に極振りするのが推奨されている。


 スキルに関しては、イベントスキルや職業スキルなど様々だが、レベルアップで獲得できるスキルは"ボーナススキル"とよばれ、ほとんどが効果が常時発動する"パッシブスキル"になっている。


 俺は迷わず"体"にポイントをふり…、スキルは少し悩んだが"急所攻撃強化"を選んだ。効果はクリティカル時のダメージ増加。


 他だと、命中にプラス補正がかかる"各種補正"や、熟練度上昇にボーナスが付く"各種武器適性"、あとは"暗視"や"耐性"など様々だ。


 その後も俺たちは、人が来ない事をいい事に…、調子に乗って片っ端から馬車を襲っていった。


 その結果…




 王都に戻って、店売りアイテムの価格が10倍に跳ね上がっているのを見て、笑った。

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