第5話 倒してみた

騎士団員達の跡を付いていき、目標の村に到着した。

だが、村は静かで人の気配も魔物の気配も無い。


「全滅してしまったのでしょうか」

「何処かに隠れてやり過ごしているやも知れませんな」


副団長のベルトラン・バルドーが不安げに尋ね、セドじいと呼ばれていたセドリック・ラカンが答える。

バルドーは若くして副団長に選ばれる程の優秀さではあるが、何処か頼りなさが滲み出ている。


「総員、この村一帯を捜索!魔物が潜んでいるかもしれんから索敵を怠るな!」


シャルの掛け声で団員達は2人1組になり村の中を調べ始める。

ガクはどうしていいか分からず、シャルの側に立ったままでいる。


(みんな自然と2人組になっているけど、こういうのは苦手なんだよな。ここに居ればいいかな)


「なんだ?そんなにガクは私の側にいたいのか?」


(うわっ、からかってる顔だ!ウサギもよくこういう顔するんだよな)


「捜索に参加してきます」


村は十数軒の家とその周りに畑があるだけの小さなものだ。

すぐに全体を見終わっているのでガクはもう見る所など無くなっている。


(確か探索魔法があったよな)


「アクティベート《ヘイムダルの眼》」


ガクの眼に光の点がいくつも浮かび上がる。

人族は青く、エルフは緑、ドワーフは黄色と言うように区別される。魔物は種類に関係なく赤い点で一纏めになる。

そして、近くなら大きく、距離が開くほど小さく見える。

HPが少ないと光り方も弱く見えるので、回復役が誰から回復すべきかを判断するトリアージがわりにも使っている。

すぐ近くにいるシャルは大きく強く緑色に光っていた。


(あの人エルフだったんだ。あれ?耳長く無いな)


他にも村を捜索している団員達の分も数えて全員分を確認する。

村の中に魔物がいない事を確認してホッとする。

すると、村から続く森の中、少し斜面を上った辺りに小さな光点がいくつも集まっているのが見えた。

皆青い光だが光に力強さはあまり無い。


(見つけた!)


「シ、シ、団長さん」

「シャルだ」

「うぐっ。シ、シャルさん、村人らしき反応を見つけました!あの山の中腹です!」

「山?何故分かったのだ?」

「あ、いや、その…」

「まあいい。皆!ガクが村人を見つけた!あそこに見える山にいるらしい。バルドーは何人か連れて確認に行ってくれないか」


バルドー達数人が山に入っていく。

ガクはそれを見届けるとまた別の方角を確認する。

今度は村の西に少し離れた場所に赤い点が固まっていた。

小さい点だが余りにも多くて一つの塊のように見える。

どれだけの魔物がいるのか数えきれない。


「あっちに魔物が大量にいますね」

「何!総員戦闘準備!」

「ああっ違います!かなり遠いです!一キロ…ええっと。ここからあそこに見えている西の門までを歩いたらそれをあと10回繰り返した場所にいます」

「ふむ。1/4リューくらいか。皆!戦闘準備解除!バルドーの帰りを待つとしよう」


しばらく待っていると、バルドー達が村人を一人連れて戻ってきた。


「上の炭焼き小屋に村人が全員いました。魔物が襲ってきたので、みんなで避難していたそうです。だいぶ疲れているようですが、怪我人はいませんでした。一人代表で連れてきました」

「騎士様、村はどうなるのでしょうか。もう五日はあそこにいて年寄りは身体にこたえるみたいで」

「ああ、我々ガリア騎士団が来たからには問題ない。すぐに討伐してくるから、もう少しの辛抱だ」


村人から詳細な話を聞き出した後はまた山に戻っておいてもらい、団員数名を村に残してガクが調べた西の魔物がいると思われる場所に行く。


「いました。かなりの数です」


先行して偵察をして来た騎士が戻ってきた。

見つからないように少し小高くなった丘に登り、魔物がいる開けたところを見てみる。

そこには大量のさまざまな魔物が集まっていた。


「何だこの数は。三千はいるか。くそっ、これでは火力が足りん。もっと連れてくるべきだったか」

「団長。一旦戻りましょう。王都に救援を求めるべきと具申します」


(あの数を倒せそうな魔法はある。けど、MPが全然足りない。さてどうするか)


「あの、団、シャルさん!えっとMP、じゃなくて魔力みたいなのを回復させるポーションとかってないですか?」

「ん?魔力?ポーション?つまりマナ回復薬みたいなものが欲しいのか?」

「多分それです!ありますか?」

「ジゼル!ジゼル!ちょっと来い」


後ろの方から同じ年位のフワフワした栗毛の女の子がやって来る。

ローブを着ている事から魔道士と分かるが、やや小柄な体格の為、ダブダブなローブに着せられている感がある。


「はい。団長、何でしょうか」

「マナ回復薬はまだあったよな。それをこのガクに半分分けやれ」

「はい。分かりました。…これです。どうぞ」


ジゼルと呼ばれた女の子はローブの懐から三本の小瓶を取り出してガクに渡した。

青い小瓶の中にはマナ回復薬が入っている。


「ど、どうも…」


(ようやくシャルさんと話すのも慣れたのに、また新しい人だと緊張する!受け取る時、手に触れちゃったし、気持ち悪がられてないかな)


そんな事態ではないのに、余計な心配事が増えていく。

一本の小瓶の蓋を取り、中身を飲み干す。


「あ、美味しい」

「ふふ、飲みやすいようにシロップが入ってますから」

「は、はい、ありがとうこざいます」


何がありがとうなのかはガクも分かっていないが、テンパり過ぎて訳が分からなくなっている。

ステータス画面を見ると、MPが98まで回復していた。


(一本でこんなに回復するのか。これならいけそうだ)


残りの二本を入れておく物が無く、どうしようかと悩んでいると、


「私が持っていますから、必要になったら言ってくださいね。すぐ側に居ますからね」


と言ってガクの手から小瓶を受け取りまたローブの中にしまった。


(また手に触れても嫌がられなかった。それに側にいるって。こんな人あっちの世界じゃいなかったよ。シャルさんも話し方は怖いけど、僕の言う事を全部信じてくれてるし)


感極まって涙ぐんでしまうガク。


「えええっ?!あの、わ、私、何か嫌なこと言ってしまいましたか?ごめんなさい私そんなつもりじゃ」

「うわわ、違うんです、ジゼルさんが優しいから嬉しくてつい」

「え?私、そんな優しくなんてないですよ、ガサツだし可愛くないし」

「そんなことないです!ジゼルさんは優しいですし、とっても可愛いです!」

「!そ、そんな事言われたの始めて、です」


お互い真っ赤になる二人。

先程からそんな事態ではない。


「いちゃつくのは後にしてくれないか…。あと何だかイラつくからジゼルは後で特別訓練な」

「ええっそんな!」


ガクはオホンと咳払いをして、シャルに向き直す。


「シャルさん。どうなるか分かりませんけど、今から大規模魔法を使っても良いですか?上手くいけば大半の魔物を倒せるかも知れません」

「そんな魔法も使えるのか君は。うむ、やってみてくれ。駄目ならその時にまた考える」

「団長!そんなんで良いんですか?」

「バルドーうるさい。私はガクなら何故か出来ると分かるのだ」

「何ですかそれは」

「良いから。ガクはそれをやってみてくれ」


信じているとか信じられないとかでは無く、当然のように任せてくれている、何故そこまで自分の事を当たり前のように出来ると思ってくれているのか不思議だったが、心地よい安心感があった。

ガク自身もシャル達の事を「信じる」という言葉ではない何かで繋がっている感覚が芽生え始めている。


「では、行きます!」


魔物の群れ全体が見えるように岩場に乗り出す。


「アクティベート《あまつひこひこほほでみのみこと》」


火の中で生まれたとされる「天津日高日子穂穂手見命」と言う神様の力を借りる魔法だ。

魔法の起動が成功すると、魔物がいる辺りの地面が赤くなり出し、所々から真っ赤に煮えた溶岩が溢れ出して来る。

いきなり足元に現れた灼熱の泥濘に慌てふためく魔物達。

だが、見る見るうちに地面全体が溶岩で覆い尽くされていき、魔物達は立つ事も出来なくなってくる。

1200度の超高熱に耐えられず次々と魔物達が呻きながら倒れていく。

阿鼻叫喚という言葉が頭によぎり、たとえ相手が魔物とはいえこれは人道的にどうなのかと気になりだす。


「あの、何というか、すみません」

「う、うむ、流石にこれはやり過ぎと言うか、ちょっと私も引いてしまったぞ」


ポーン

『レベルアップ Lv5

レベルが上がりました。

HP:83→102

MP:104→120』

ポーン

『レベルアップ Lv6

・・・・

灼熱地獄を見ながら、レベルアップのお知らせが次々と表示される。

魔物が倒れる度にレベルアップしていくので、自分が敵を取り込んで強くなるような怪物にでもなった気分である。


「こ、これは!《ヘファイストスの炉》を応用して地面全体を溶かしているのかしら!?それとも、《ブリギッドの炎の矢》を地中で炸裂させてるの?何にしてもこの熱量を生み出す神の力を引きだせるのは凄いわ!」


ジゼルが高度な魔法に興奮して一人語り出す。


「あれは気にするな。ジゼルは珍しい魔法を見るといつもああなる。ああ、君もあちら側の人間だったかな。それよりもう動いているものは無くなったようだが、まだあの溶岩は広がり続けるのか?」


魔物はもう動く物はいなくなっている。

レベルは34まで上がっていた。

だが、魔法はまだ完了しておらず、発動中になっている。

地面から次々と溶岩が溢れ出し、周囲の木々も燃やし広がり始めている。


「ああっ今すぐ消します!」


ステータス画面の発動中の魔法を長押しして出たメニューからキャンセルを押す。

そうすると新たに出てくる溶岩は止まったようだ。

だが、既に地表に出ている溶けた岩は消える訳でもなく、外へと流れ出している。


(魔法を止めても消えないのかよ!)


このままだと辺りの森を焼き尽くしかねない。

水をかけて冷やすしかない。


「アクティベート!《あめのみくまりのかみ》!」


溶岩が流れている上空に不気味な黒い雲が現れたかと思えば急激に豪雨が降り出す。

溶岩に雨が当たり大量の蒸気を生み出し冷え始める。

赤々としていた溶岩流は黒く冷え固まり止まった。

その代わり辺りは霧のように一面真っ白になってしまった。


「これで何とかなりましたかね…」

「う、うむ、まあ問題ないだろう…」

「ああ!この量の雨を降らせるなんてこれは《エーギル》いえ!古代神の《ヌアザ》の力を借りているのかしら!」


ジゼルは相変わらず楽しそうである。


霧が晴れて溶岩も冷えたであろう頃に数名で偵察に行ってもらった。

まだ高温であった為にあまり近づけなかったが、辺りには動く物は何一つ無かった。

討伐できたと判断して村に帰ることにする。


村に帰ると村人達が全員山から降りて来ていた。

騎士団なら必ず討伐してくれるだろうと、山暮らしに耐えきれなくなった老人や子供の為に早めに降りたのだ。


「あの、シャルさん」

「ん?なんだ?」

「魔物の討伐については僕の名前は出さないで貰えますか?」

「何故だ?君が全てやったのだから君の手柄だ。貢献した者を讃えて何がいけない」

「僕は金貨5枚でシャルさんと契約しただけの、ただの魔法使いです。手柄とか名誉を貰うのは騎士様の仕事です。だから、僕はシャルさんからの報酬だけで充分なんです」

「…君はあれか!私を口説いているのか?!」

「えっ?」


村人達にはガリア騎士団が大量に発生した魔物を討伐したとだけ伝えた。

村長からは報酬として金貨の詰まった革袋がバルドーに渡され、これで今回の討伐依頼が完了となった。


(クエストコンプリート!ってところかな)


ガクとしては派手な魔法を思いっきり打てたのと、割と人の役に立ったのではないか、という達成感を感じていた。


(さて、そろそろ家に帰って風呂にでも入るかな。この世界は気に入ったし、お金がかかるけど、カード作ってまた来ようかな)


今日は日曜日なので1日この世界で過ごせたが明日は学校がある為家に帰る必要がある。

例え家族にさえあまり相手にしてもらえない生活をしているガクであっても、流石に夜になっても帰らないと騒ぎになるだろう。

《ビジターカード》ですぐに帰れるので、後は騎士団の人達とここで別れて一人になればいい。

また土日にでも遊びに来れば、最後に《ビジターカード》を使った場所に戻れる筈だ。


「シャルさん、それじゃあ僕はこれで」

「よーし!王都に帰って皆で飲みに行くぞ!ガクも当然来るだろう?王都には美味い食べ物や酒がある。是非食べさせたい物があるのだ!」

「あああ、あの、未成年なんでお酒はちょっと」

「なんだ、飲めないのか。それでも構わん。私も実は酒は弱いからな!同じだな!よし!それなら肉だ!肉を食べに行こう!」


何故か早口でまくしたてるシャル。


「察してやるのじゃ。もうちっとおぬしと一緒にいたいのじゃよ」

「セドじいさん…。分かりました。一緒に王都に行きましょう」

「そ、そうか!そこまで言うなら仕方ないな!幾らでも肉を食わせてやるぞ!」

「いや、予算ないんでしょ…」


まだ、日は高いからもう少しここにいても大丈夫だろうと考え、王都まで付いていく事にした。


「いかん、忘れていた!報酬を渡そう。革袋が無いようだからこれも付けよう」


シャルから革袋を受け取る。


(もしかして、僕が行くって言うまで渡さないつもりだったんじゃあ)


自分もすっかり報酬の事は忘れていたので、渡さず焦らす作戦に意味は無かった。


「あれ?シャルさん。金貨8枚ありますよ。5枚で良いですって」

「良いのだ。私からの気持ちだ。受け取ってほしい。後はこれもだ」


そう言ってもう一つ更に大きな革袋を渡して来る。

中には金貨10枚は入っている。


「これは村からの報酬じゃないですか!僕は受け取れませんよ!」

「受け取って貰えないだろうか。手柄も名誉も要らないと言うならせめてお金だけでも貰ってくれないと、君の功績に見合わないじゃないか!」

「だ、め、で、す!これは騎士団が受けた依頼で、その報酬です。僕はシャルさんの魔法使いなんですから、これだけで良いんですよ」

「ぐふぅ!き、君はやはり私を口説いているのか!ジゼルといい女たらしだな、君は!」

「ななな何を言いだすんですか!産まれてこの方一度もモテた事なんて無い僕が女たらしな訳ないじゃないですか!」

「べ、別に私、たらせれてないですし…」


そんな会話をしながら、ガク達は一路王都に向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る