第2話 魔法使いのようです

結局ステータスウィンドウは消す事は出来ずに休み時間になってしまった。

音声認識なら家に帰るまで試せないが、それならウィンドウを出現させた時も何かウェイクワード、つまり合い言葉のようなものを言っているはずだ。

だがあの時は「あ、えーと」としか言っていない。

流石にこれが起動の言葉とは思えず、それならゲームと同じようにウィンドウを閉じるバツマークのボタンが何処かにないかとずっと探していたが見つからなかった。

数学の授業を残り時間ずっと聞かずに調べてわかった事は、ウィンドウの上を指で押さえて動かすと自分を中心に左右上下に移動出来る位だった。

それでも邪魔にならない位置に動かせるようになったので、ひとまずは歩く時や食事の時に困る事は無くなるだろう。

ただどうせなら、出し入れ出来るようになりたいものである。

こんな時も相談出来る友人がいない為、一人で何とかしないといけない。

ヘルプとか無いものかとウィンドウを睨みつける。


「大丈夫?何か困ってない?」


(ウィンドウが喋った!?遂にウィンドウまで擬人化したか?あ、それはもうあるか)


「えっと、困ってます。どうしたらあなたを消せますか?」


試しに答えてみた。


「え、何ひどい!私の事そんな風に思ってたの?」


変に人間味を帯びた答えが返ってきた。

最新のインターフェイスは凝っているものだと感心する。


「いや違う違う!そうじゃなくて、後でじっくり見たいんだけど、今はほら午後の授業とかあるし。授業中は流石にいじったらまずいでしょ」


(僕はウィンドウ相手に何の言い訳を言っているんだろう)


ウィンドウからの返事が無い。

幻聴だったのか、だとしたら独り言をいきなり言い始めるなど、自分でもキモいと思ってしまう事をしていた。


「私の事、じじじっくり見たいんだ…。い、いじるんだ。へ、へぇ。ガク君そう言う趣味なんだ」


(あれ?何だこの違和感は。何か僕は致命的な間違いをしていないか?)


そう、違和感があるのは、例えば、このウィンドウの位置であり、例えば、そのウィンドウの下から伸びている女子の足である。


ガクはウィンドウに指を置き、そうっと横にずらしてみる。

その後ろからクラスメイトの鷲羽 蓮華(わしば れんげ)が現れた。

透過率0%のウィンドウに隠れていて、その後ろにいたのに今まで気付けなかった。


「いや、違う。誤解だ。鷲羽さんの事じゃ無い。ゲームの事だから。変な趣味は無いし」


慌てて言い訳をする。


「そう。私は変な趣味なんだ」

「だあ!そうじゃない!鷲羽さんを見るのは癒されるし触れてみたいけど、それをやったら犯罪だからしないし、今のはゲームの事と間違えただけだから!」

「う、やっぱり変態だ」


(面倒だ。逃げよう)


人と普段から話さない為こんな時にどうフォローしたらいいかが分からない。

ガクはそのまま話を打ち切りトイレへと逃げ込んでしまう。


(何よ。心配してあげたのに…。でもやっぱり何か悩んでいるのかな。授業中も何だか変だったし。ううっ、私の事癒されるって。触れてみたいって。どうしよう、そんな事、男子に言われたの始めて…あ、でも最初のは変態発言だ)


「鷲羽さん、何一人でやってるの?顔の体操?」

「ふぇあ?ななな何でもないよ?」


クラスの女子に話しかけられて、蓮華はガクの心配やその他の、どちらかと言うとその他の方が重要な考えを中断させられてしまう。


「さっきあのネクラマンにセクハラ発言されてなかった?鷲羽さんが文句言いづらかったらわたしが言ってやろうか?」

「んーん、大丈夫大丈夫!全然そんなんじゃなかったから、ほんと平気!それにガク…霞沢君は根暗とかじゃないよ!ちょっとほら、人と話すのが苦手ってだけなんだよ」

「そ、そう、鷲羽さんが良いって言うなら別にいいけど…。鷲羽さんってああいうのが好みだったんだ」

「ち、違うから!今のはそう言う話じゃないから!」


特に用もなく行ったため、すぐにトイレから帰ってきたガクは教室の中のそんな会話をこっそりと聞いていた。


(もう少し時間を置いてから戻ってこよう)


結局、席に戻れたのは次の授業が始まる頃だった。



その後も気付くと蓮華がチラチラとガクを見ていた。

目が合うと逸らされる為、その都度軽く傷付くガクであったが、また話しかけられても困るだけなので、こちらからもあまり見ないようにした。


ようやくウィンドウの閉じ方が分かった。

人差し指と中指を揃えてトントンと2回宙を叩くと閉じる事が出来た。

表示する時も同じだ。

最初にウィンドウが出た時も黒板の前でチョークを持って何を書いていいか悩んでいた時に、丁度このモーションをしていたのだった。


消す事が出来たので、今度は落ち着いてウィンドウの中身を確認できるようになった。

中身はセグメント・ワールドと同じようだが、プレイヤー名はガクではなく本名の「霞沢 岳」となっていた。

職業欄は「高校生」、年齢も実年齢だ。

どこからこんな情報を持ってきているのかと思うが、そう言えばセグメント・ワールドの初期設定の時に入力をしていた事を思い出す。

レベルは1となっているが、そもそもゲーム内もレベルは1なので区別はつかない。

HPは26、MPは35となっていたが、この現実世界でこれが多いのか少ないのか判断は難しい。

ゲーム内のキャラクターはもっとあったような気がする。


そして、ガクが最も気にしていたのは、スキル欄や魔法欄である。

スキル欄には《魔法設計》を筆頭に今まで作ってきたスキルがずらっと並んでいる。

魔法欄もアビリティ欄も同様だ。

元々セグメント・ワールドではスキルや魔法といった類は別世界に行っても殆どがそのまま使える仕様だ。

その世界には存在しない要素が必要な場合には起動しないか起動しても効果が現れないが、基本的にはほぼそのまま使える筈だ。

ここに表示してあるなら、この現実世界で使えてもおかしくはない。

そう思うと途端に試したくなってくる。

魔法欄の《ファイヤボール(試し)》をタップしてみる。

魔法には呪文が設定されているので、音声認識でも起動することは出来るが、ガクはゲームの中でもマイクで音声入力をする気にはなれなかった。

隣の部屋の妹、霞沢ウサギに丸聞こえの為、恥ずかしくて出来なかったのだ。

本心ではやりたかったようである。

ステータス画面から魔法をタップする事で起動する事も出来るので、ガクは専らこの方法で魔法を使っていた。


(これだと急いでいる時に間に合わないんだよな)


確かに3つも4つも触らないと起動しない方法よりも魔法名を声に出すだけの方が早いし間違えないだろう。

だからと言って現実世界でいきなり魔法を叫ぶなど、恥ずかしくて耐えきれない。


(別に魔物とかが出るわけじゃないしね)


《ファイヤボール(試し)》をタップすると、ふあっと火の玉が浮かび上がり、ポスッと音を立てて消える。

ゲーム内での出方とほぼ同じだ。


(うおおっ、現実で魔法が使えた!これって凄くないか?他のも全部使えるって事か?)


ステータス欄に《興奮》と表示される。

文字通り興奮状態のガクは他の魔法も試そうとするが、ふと思い留まる。


(流石にここで攻撃系の魔法はヤバイか)


派手な爆裂系の魔法とか、嵐を巻き起こす魔法とかを使って見たかったが、何とか自制してあまり目立たないものにする。

教室内で、小さいと言えども火の魔法を使っても誰にも気付かれ無かったのは、ガクが普段から誰にも相手にされず気に留める人が居なかったからだが、その事に気付くと悲しい気持ちになるので、ガクは敢えて気付かない振りをしていた。


今度は《鑑定》を起動してみる。

ゲーム内と同じように何を鑑定するのかを選ぶカーソルが浮かび上がる。

目線に合わせてカーソルが動くようで、次々と目標を変えていく。

鑑定出来るものにはカーソルが当たり、出来ないものには当たらず次の目標物に移るようだ。

これにしようと心の中で決めると、これで良いかと尋ねるウィンドウが浮かび「はい」を選ぶとMPを消費して《鑑定》が実行される。


『ゴミ箱

耐久度:5

ゴミを捨てる容器。ポリプロピレン製。』


(耐久度なんて物があるんだ。ゴミを捨てる容器ってそりゃそうだけど。でもこのフレーバーテキストは誰が書いてるんだ?)


ガクは面白くなり様々な物を《鑑定》していった。

ふと、これは人でも《鑑定》出来るのではと思い付き、誰かで試すことにする。


男子を見ても誰も得しないと思い、目標は女子にする。

クラスの大抵の女子にはあまり良い扱いを受けていない為、自然と蓮華を選ぶことになる。


(いや違うから、気になるとかじゃなくて、消去法の結果だから)


誰も聞いていないのに言い訳を考えながら、蓮華に《鑑定》を実行する。


『鷲羽 蓮華 わしば れんげ 16歳 女

レベル:1

HP:12

MP:252

クラス内のトップカーストに所属。

世話好き。

チョコレートが好物。

椎茸が苦手。

生徒会長の従姉妹。』


(だから誰がこれ書いてるんだよ!そりゃこいつはクラスでも上位グループの連中といつもいるけど……なんか怖いな)


加えて自分と比べると異様にMP値が高いのにも驚く。

フレーバーテキストが本当に皆んなこの様な感じなのか、また、MP値も自分だけ低くて他の人の平均は蓮華位あるのではと不安になり、適当に他の人でも《鑑定》を試してみる。


『青海 黒姫 あおみ くろひめ 16歳 女

レベル:24

HP:372

MP:0

魔界の姫。』


(いや待て!何だよこれ!レベル24って!魔界の姫って!)


誰かにからかわれているのではと疑い始めるが、他の人を《鑑定》しても至って普通だった。

蓮華のMPが少し高めで、黒姫のステータスが異常なだけであった。


これを信じるなら黒姫には関わらない方が良いだろうと判断する。

どう見ても悪いイベントしか発生しない。

元々ガクは黒姫とは一切話した事も無く、何の縁もない為ガクから話しかけなければこのまま接点も無く過ごせるだろう。

全力で見なかった事にする。


次は《マーキング》を試してみる。

これは人や物に魔法の印を付けておくことが出来て、ある程度離れていてもどの方角のどれくらいの距離に居るのかが分かる。

更に《マーキング》を付けた人には、遠くからでも魔法をかけたり、《マーキング》の状態を調べる様な魔法もある。


まず蓮華には付けるとして、後は何となく黒姫にも《マーキング》を付けておくことにした。

そして、黒姫の《マーキング》はガクに一定距離まで近づくと警告が表示される様に設定をしておく。

出来るだけ関わりたくない為だ。


(これ、スマホの地図アプリと連動出来ないかな)


もし現実世界でも《魔法設計》が出来るなら、そういった現実のアイテムとの連携も考えられる。

スマートフォンのアプリ内に魔法で取得した情報を表示するか、逆にステータスウィンドウなどにスマートフォンの情報を読み込めればもっと魔法の幅が広がるだろう。


昼休みになり購買へとパンを買いに行く。

ここでも試して見たい魔法があった。

いつもお昼の購買は大混雑をしていて、人気のパンはすぐに売り切れてしまう。それを魔法の力で手に入れようと言う魂胆だ。

目当ては未だ買えたことがないカレーコロッケサンドだ。

ガクが購買に着くと既に人でごった返している。

ここからでは何処に何のパンが有るのかさえ分からないが、《鑑定》を何度か使えば場所はわかる。下の方に埋もれているカレーコロッケサンドを見つけると動かされないうちに素早く《マーキング》を付ける。

そして、その《マーキング》を目標にして《バインド》という魔法をかけてみる。

《バインド》は戦闘時に敵の座標を固定して身動きを取れなくする魔法だ。

パンにも上手く効いたようだ。


「あれ、このサンド取れないぞ。こっちのでいいや、おばちゃんこれちょうだい!」


この隙に人を掻き分けて目標の場所に行く。

《マーキング》が有るので一直線に向かえる。

固定して有るカレーコロッケサンドに辿り着き、しっかりと手に掴むと《バインド》を解除して手にする事が出来た。


(ちょっとずるいけどたまにはいいよね。それにしても、パン一つ手に入れるのにに魔法を3つも使うなんて無駄な使い方だな。MPももう無くなちゃったし、後は明日かな)


セグメント・ワールド内では次の日になれば自然とMPは回復していた。

現実でも明日になれば回復している筈だ。

MPを回復するアイテムもゲーム内には有るが、現実ではどうやって手に入れるかは分からない。


家に帰ったらアイテムの事を調べようか、それとも現実で使えそうな魔法が何かないか調べるのがいいか、とガクはいつに無く現実世界が楽しくなってきていた。

夢のオモチャが現実にやって来た、というワクワクでいっぱいのガクだった。




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