農業と農作業 1

 テレビ都京ときょうで、『ぶらり、火星散歩』という番組が始まった。

 日本で最も無責任と言われている、タレントの高由順爺たかよしじゅんじいが、計画も何もなく火星をふらつくという番組だ。


 ダラダラと歩き回り、通りすがりの人に声を掛け、そこら辺の喫茶店やレストランで食事をするだけという、特に変わったイベントも無く、少し退屈な番組なのだが、火星の生活が伝わってくる数少ないテレビ番組として、高い視聴率を維持しているらしい。



 ある日、この番組の内容が話題になる。

 それは通行人についていって、火星の農業を、ほんのちょっとだけ体験するという内容だった。

 何の変哲もない、いつも通りの番組の内容だったのだが、一部の人々から不満が吹き出す。


「農家をめてるのか!」

「なんだありゃ、楽すぎる」

「ふざけんな、こっちがどれだけ苦労していると思ってんだ!」


 声を上げたのは地球の農家の方々だ。


 地球とは違い、火星では害虫や害獣が存在していない。だから農薬も、獣よけの電気柵もいらない。

 しかも火星の農場は野外ではなく、半分は温室栽培のような物なので、雨量の調整や温度管理も自由自在に出来る。おまけに無料のロボットが農業のサポートをしてくれる。


 優遇された火星の環境に、地球の農家のトゥイッターなどのSNSは大いに荒れた。罵詈雑言はりぞうごんが飛び交い、見るに堪えない状況が続く。



 酷い状態だが、まあ、気持ちは分る。


 火星の農業は、スマフォアプリで農業ゲームをやるより楽かもしれない。

 設定さえしておけば、ある程度はロボットがやってくれるので、これだと頻繁に手入れをしなければいけないスマフォの方が、よほど手が掛かるように思えてしまう。



 この騒動は、農家の愚痴で済んでいれば問題はなかったのだが、次第に大きくなっていく。

 そして、不満はとうとうSNSの枠を越えた。デモ行進や、抗議集会にまで発展して、やがて内閣や政治家に責任を追及する形となり、いつもまにか『火星開発局 所長』になっていた姉ちゃんにも、批難が浴びせられる事となった。



 そんなある日の夜、姉ちゃんがかなり酔っ払って帰ってきた。


「あーもう。アイツらなんなのよ!」


 かなり機嫌が悪い。あまりに酒臭いので、とりあえず水を飲ませて落ち着かせる。


「姉ちゃん大丈夫? 何かあったの?」


「今日、農水大臣と一緒に、農業の代表者たちと話してきたんだけど、会話にならなかったわ。『地球に残された我々は、冷遇されている』とか、『火星の農家はフェアじゃない、我々と同じ条件にしろ!』とか、無茶苦茶な事を言い出すの。とにかく酷かったわ」


「そんなに火星の環境がうらやましいと思っているなら、火星で農業をやってみる事を勧めてみたら?」


 僕がそう言うと、姉ちゃんはますます腹を立てた。


「もちろん、『それでは、火星にきて農業をやって見たらどうでしょうか?』って誘ったわよ。そしたら『それは絶対に嫌だ!』『先祖代々の土地が……』『手作業でないと、野菜にぬくもりが伝わらない』とか、適当な言い訳をつけて断ってきたの、こういう時はどうすれば良いと思う?」


「えっ、困ったな…… ちょっとまって、『手作業』とか言ってるけど、その人達は機械を使わず、人力で農作業をやっているの?」


「後で宇宙人のネットワークで調べてみたんけど、会議に出て来た農家の人で『手作業』で農業をやっている人なんて一人もいなかったわ。それどころか、ここ数年、親からもらった農地を切り売りしてるだけの、農業を全くやっていない人もいたのよ。なんでそんなヤツが農家の代表の中に混ざっているのよ!」


「あー、うん、そうなんだ」


 僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。



「明日もヤツらと夕方から会議だわ。どうしましょう……」


 悩む姉ちゃんに、僕はこんなアイデアを伝える。


「人手が足りないんだったら、ロボットでも派遣してみれば?」


「それね。でもアイツら『火星のロボットは無料で働いてるんだから、俺たちにも無料で貸し出せ!』とか、平気で言ってきそうじゃない?」


「うん、言いそうだね」


「そうすると、他の業界。たとえば工場や工場とかでも『なんで農業は無料なのに、この産業だと金を取るんだ、こっちも無料にしろ!』って言ってくると思わない?」


「……うん、そう思う」


「それが進んでいくと、人間の労働者がいなくなって、消費者がいなくなって、経済が回らなくなるじゃない。 ……まあ、いいか、もう、人類の経済が崩壊しても」


 遠い目をしながら姉ちゃんが言う。

 ダメだ、完全に酔っ払って、論理的な思考が出来なくなっている。これは、僕が何とかしないといけない。



「何か僕に手伝える事はないかな? 出来ることなら、何でも手伝うよ」


「ありがとう。でも、弟ちゃん一人が手伝ってくれても、どうにもならないんじゃないかな……」


「確かに、一人だと、何にも出来ないかもしれないけど。ほら、ミサキとか、ヤン太とか、ジミ子とか、キングも居るし、みんなで手伝えば良いアイデアが浮かぶかも?

 そうだ、『三人寄れば文殊もんじゅの知恵』って言うし、人数が集まれば何とかなるよ」


 僕が必死に説得すると、ねえちゃんは額に手を当てながら考える。


「そうね、数が集まれば解決するかもね。確か弟ちゃんは何でも手伝ってくれるのよね?」


「あっ、うん。出来る事ならね」


「よかった。それなら、なんとかなりそうね。じゃあ、さっそく思いついた計画を実行しましょう!」


 そういって姉ちゃんはスマートフォンを取り出し、あまり呂律ろれつの回っていない口で、どこかに指示を出す。

 こんな酔っ払っている状況で、何か仕事ができるのだろうか? とても不安だ。


 この後、僕は姉ちゃんを部屋に引っ張っていき、上着を脱がせて、ベットに寝かした。



 翌朝、僕はみんなと遊ぶために早く起きる。

 トーストに目玉焼きとソーセージを乗せ、ケチャップとマスタードをかけてかぶりついている時だ。「ピンポーン」と、玄関のチャイムが鳴った。


 そばにいた母さんが外へ出て行く。


「はーい。いま行きます」


「宅急便デス。『笹吹アヤカ』様に、荷物をお届けに参りまシタ」


 ミサキかと思ったら、どうやら姉ちゃんに宅急便のようだ。

 最近は配達者にロボットを使う業者も増えてきた。


「えっ、ええと、ハンコはここでいいのかしらね。ご苦労さま」


「ソレデハ、またのご利用をお願いしマス」


 ロボットは何かの荷物を置いて出て行った。


「ツ、ツカサ、ちょっときて、この荷物、どうしようかしら?」


「なに? デカい荷物でも届いたの?」


 そういって僕は玄関に向う。

 玄関に行くと、空の大きな段ボールが3つと、素っ裸の3人のぼくが居た。

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