バスとバイトとエレベーターガール 6
バイトの三日目、最終日を迎えた。
この日も昨日と同じく、朝早くから空飛ぶバスの運行をして、ラッシュの時間帯に耐えられるかテストをする。
まだ外が暗い早朝に起きて、食事をする為に台所へと向う。すると、姉ちゃんが既に起きていた。
姉ちゃんはスーツに着替え終わっていて、こんな朝早くから仕事に行くところだった。
「弟ちゃん、行ってくるね。じゃあまたバス会社で会いましょう」
「いってらっしゃい」
姉ちゃんを見送り、僕は自分の身支度をする。
今日も姉ちゃんの会社の前に集まり、ロボットに『どこだってドア』で転送してもらう。
バスの車両基地に着くと、昨日と違う点に気がつく、空飛ぶバスが止まっていない。
ミサキが不思議そうに言う。
「バスが無いわね」
「この後、どうするのかしら?」
ジミ子も疑問に思ったようだが、考えていてもしかたがない。
「まあ、まずは社屋に行こうよ」
僕が言うと、とりあえず社屋に向う流れになった。
社屋に入るといつも通り、バス会社の社長さんが待ち構えている。
「さあ、すぐに着替えて行きましょう!」
「あの、今日はバスが無いみたいなのですが……」
僕が質問をすると、社長さんが答えてくれた。
「今日はお客様が大幅に増えそうなので、
「増設ですか?」
「ええ、私も詳しくは知りませんが。とりあえず制服に着替えて待っていましょう」
あのバスは、昨日のラッシュ時でも、座席が満席になる事はなかった。さらに席を増設する必要などあるのだろうか? ちょっと疑問だ。
着替え終わり、外に出る。すると空飛ぶバスが待機していた。
今までのバスでもかなり大きかったが、今日のバスは、それを3台、電車のように連結したような形になっている。
地上でも2連結のバスは見かけた事があるが、これはやり過ぎに思えた。
僕らがバスに近づくと、エレベータが降りてくる。
エレベーターが地上に降り、扉が開くと、中には姉ちゃんが乗っていた。
姉ちゃんはバス会社の社長さんに向って口を開く。
「どうですかこのバスは? ちなみに3台バスを連ねていますが、最後尾の部分は、昨日まで乗っていたバスと同じです。ニーズに合わせてこの様に連結もできます。乗務員の人数をあまり増やさずに、いくらでも乗客数を増やす事が可能です」
「おお、素晴らしい! 早速、乗ってみても構わないかな?」
「ええ、どうぞ。ちなみに先頭車両はサロンカー仕様です。観光用の車両だと思って下さい」
「それはすぐに見てみたい! 行きましょう!」
社長さんにせかされて、僕らはエレベーターに乗り込んだ。
エレベータは昨日と違い、さらに大型になっていた。
今までは17人乗りだったが、これは26人乗りらしい。
扉を閉め、上昇しきって、再びエレベーターのドアが開くと、社長さんはダッシュで先頭車両へと移動して行った。
僕らは仕事があるので、後方から、ちらりと確認をする。
先頭車両は、壁がほとんどガラスで出来ていて、見晴らしがよさそうだ。シートも大きく、観光用としては最適だろう。
僕らは真面目に仕事をする。
機長であるジミ子が今日のスケジュールを確認する。
「今日も昨日と同じね。近くの『野井駅』まで移動して、後は『上神駅』との間を5往復するわ。その後はここに戻ってきて、午前中一杯で仕事は終わり。なぜか宇宙人の
「わかりました」「了解です」「おう、まかせろ」
三両編成のバスになっても、僕らのやる仕事は変わりない。ジミ子とミサキはカウンターでアナウンスと会計を。僕とヤン太とキングはエレベーターを操作するだけだ。それぞれが持ち場に着いた。
僕らの様子を確認した後、姉ちゃんが僕のエレベーターに乗り込んできて言う。
「じゃあ、私は戻るわね。これ、バスのカタログよ、昨日の夜、出来たの。社長さんに渡しておいてね」
僕はエレベーターを操作して、姉ちゃんを降ろす。
姉ちゃんは手を振って、どこかへ歩いて行った。
しかし、バス本体より、カタログの方が後から出来るってどういう事なんだろうか?
「そろそろ発車するわよ」
やがてバスが動き出す。
すると、すぐにスマートウォッチが震えた。
確認すると、『車両基地前、お客様12人』とのメッセージだった。
「僕が迎えに行くよ」
「おう、ちょっと多いな」「頼んだぜ」
ヤン太とキングと言葉を交わすと、僕はエレベータを下降させた。
地上に着くと、僕はお客さんにアナウンスをする。
「こちら『野井駅』への空中バスです」
扉を開けると、待っていた乗客が、さも当然にエレベーターに乗り込んできた。
どうやらもう説明はいらないらしい。
全員が乗り込んだのを確認すると、僕はエレベーターを引き上げる。
上昇中のエレベーターで、お客様からこんな声が上がる。
「昨日より、だいぶ広いな」
どうやら昨日も乗ってくれた人が居たようだ。僕はそれに答える。
「ええ、今日は、お客様の人数が増えるようなので、大型のバスを用意しました。エレベーターも広いですが、車内もおよそ3倍となっております」
「3倍かぁ、えらく広いな。まあ、あれだけ告知をすれば、人も集まるか」
「えっ、告知ですか?」
想定外の事を言われて、僕はびっくりした。
「知らないのか? バス会社のホームページで、このバスの今日の運行スケジュールが告知されてるんだよ」
「そうだったんですね。教えていただき、ありがとうございます」
そんな会話をしていると、すぐにエレベーターはバスと連結をする。
ドアが開き、お客様はバスの中へと移動して行った。
なるほど、告知をした以上、『バスに乗せられない』などといった、
この日、確かにお客様は多かったのだが、せいぜい倍くらいの人数で、ラッシュのピーク時でも、座席にはかなり余裕があった。
会計係のジミ子とミサキはちょっと忙しそうだが、僕とヤン太とキングの、エレベーター担当は、説明が要らないので非常に楽になった。
僕らは順調に運行をこなして行く。
やがて、ラッシュの時間帯の乗り越え、人がまばらになってきた。
3連結で200人くらいの座席のあるバスで、15人くらいしか乗っていない状況になってきた。
駅の間を5往復すると、いよいよこのバスとお別れが近づいてきた。
最後に『野井駅』に寄って『車両基地』へと戻ろうとした時だ。これまでと違うお客さんが大量に乗って来た。
その人達は、例外なく、カメラを持っていた。
一眼レフが多いが、コンパクトカメラを持っている人もけっこう居る。昨日の人はプロだと一目で分ったが、今日は素人の人がほとんどのようだ。
そして、エレベーターガールの僕にこんな質問をしてきた。
「広告をみて来たんですが、『撮影会場』はここですか?」
『撮影会場』とは何だろう? どこかで何かのイベントでもやって居るのだろうか?
混乱した僕は、スマートウォッチを頼る事にした。分からない事に関しては、ここに答えが浮かび出るはずだ。
「はい、このバスで間違いありません。終点までご乗車下さい」
とりあえずスマートウォッチに現われた文字を読み上げる。あの車両基地の近くにイベント会場でもあったのだろうか? 周りには倉庫くらいしか見当たらなかったが……
バスは、カメラを持った乗客を満載して、車両基地へと向う。
車両基地に着くと、バスはそのまま広大な駐車場へと着陸した。
終着駅に着いたのに、おかしな事に誰一人、バスを降りようとしない。それどころか、終着駅にもかかわらず、人が一人、乗って来た。その人物は姉ちゃんだった。
姉ちゃんは乗ってくるなり、カウンターのマイクを手に取り、この場を仕切り始める。
「本日は新型の空飛ぶバスの撮影会に参加いただき、ありがとうございます。乗り心地は、先ほど体験された通りです。では、まず座席の撮影からですね。モデルとして、背の大きいキングくんと、小さ目なヤン太くん。お願いね」
キングとヤン太を窓際の座席に座らせ、それをカメラをもった人達が囲む。
「それでは撮影をどうぞ」
姉ちゃんがそう言うと、バシャバシャと凄い音を立てて、カメラのシャッターが切られた。
「背の高い子、すごい美人だな」「胸もすごいぞ」「目線、こっちに下さい」「こっちにも下さい」「金髪の子もなかなかかわいいぞ」「こっち、向いて下さい」
良いように振り回されるヤン太とキング。
カメラマン達はやりたい放題だ。
5分ほど撮影が続くと、姉ちゃんがターゲットを変える。
「次はカウンターの周りの撮影と行きましょう」
姉ちゃんがそう言うと、今度はカウンターに居るジミ子とミサキをカメラマン達が囲む。
「さて、カウンターではお会計、アナウンス、バスの操作などを行ないます。ミサキちゃん、ちょっと賢そうな顔をして」
「か、賢そうですか? ジミ子、ちょっとメガネを貸して」
ミサキは無造作にジミ子からメガネを奪うと、それを自分にかけて、ちょっと
「ちょ、ちょっとミサキ」
「ジミ子ちゃん、写真を撮るから、少しの間、ジッとしておいてね」
ジミ子は慌てて取り戻そうとするが、姉ちゃんに止められた。
ジミ子は、尊敬する姉ちゃんに言われて、動きを止める。
「はい、撮影をどうぞ」
また、バシャバシャとカメラの音がし始めた。
「あの子、素顔がかわいいな」「顔を上げて、こっちを見て」「なるほど、メガネを掛けると、だれでも頭がよさそうに見えるんだな」
色々と声が聞えてきた。カメラマン達の意見は正しいように聞える。
カウンター周りの撮影が済むと、僕の番が回ってきた。
「弟ちゃん。じゃあ、セクシーな感じでエレベーターのボタンを操作して」
「えっ、セクシーってなにそれ……」
姉ちゃんが無理な注文をしてきた。僕が嫌がると、姉ちゃんは
「ほら、これだけカメラマンさん達がいるんだから、お願いね」
「お願いします」「胸を強調するような感じで」「見せても減るもんじゃなし、大胆にね!」
ちょっと不適切な声も聞えるが、これだけプレッシャーを掛けられると、ここでポーズを取らない訳にはいかないだろう。
僕は足を組んだり、腰をひねったり、それっぽいポーズを頑張って取ってみる。
「でかい、でかいな」「馬鹿な! あれは画像処理じゃなく、本物だったのか」
カメラマン達の声が聞えてくる。僕は、体の一部分に視線が集まっているのを感じた。
僕の時も5分ほど撮影が続いた。
一通り撮影が終わると、姉ちゃんが再び仕切る。
「本日は撮影会に参加していただき、ありがとうございます。本日はここまでとさせて頂きます。またの機会がありましたら、告知をさせていただきます。お帰りはあちらからとなります」
バスの出入り口を示すと、そこからカメラマン達は降りていく。その様子は、大半の人は満足そうだった。
撮影が終わり、僕らと姉ちゃんだけになった。
姉ちゃんは僕らに言う。
「いやぁ、バスの良い宣伝になったと思うわ。バイト代、弾んでおくわよ」
とりあえず、僕らのバイト代は上がったが、突然、こんな事を企画するのはやめてほしい。後で強く言っておこう。
バスの乗務員のバイトは楽だったが、最後の撮影会で、一気に疲れた。
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