労働基準法の厳守とその影響 2

 僕らはハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに到着すると、いつものセットを頼む。


 ここでも労働時間の短縮、つまり人件費の高騰の影響が出ていた。

 ハンバーガーが100円が120円に。ドリンクのSサイズが100円から110円に上がっている。

 他のメニューも、だいたい10円~30円の幅で上がっていた。


「あれ、値段が上がってる」


 ミサキが驚きの声を上げる。


「先週の時点で告知されてたぜ」


 ヤン太があきれながら言う。


「ニュースでもやってたわよ」


 ジミ子がさらに追い詰める。


「だって、値上げの品が多すぎて、覚えきれないんだもの」


 人件費の高騰により、ほとんどの品は値段が上がった。

 中には便乗値上げもあるが、これは、まあ仕方がないだろう。



 僕らは席に着くと、ハンバーガーを食べながら、マンガやテレビの話しをする。

 一通り話題が出尽くすと、それぞれがスマフォをイジりだした。


 ジミ子が何かを見つけたようだ、スマフォの画面を見ながら、説明をする。


「中小企業が7万社ほど、潰れるらしいわ。今週の改善政策で、拍車はくしゃを掛けたみたい」


 そういってスマフォを僕らに見せる。

 そこには潰れそうになって、宇宙人に経営権を渡す会社のリストが載っていた。


 リストには、無名で聞いた事のない会社はもちろん、上場企業の有名な会社も何社かある。

 これはとんでもない記事だ。



「潰れる会社はどうなるの?」


 ミサキが質問をすると、キングが調べて答えてくれる。


「ええと、『プレアデス星団グループ』というグループ会社を設立して、そこに子会社として加入するらしい。

 グループ会社内で、人事をまとめて効率化するらしいぜ」


 スマフォで記事を見せてくれる。

 そこにはこんな統合例が載っていた。


 中小の介護会社が、いくつか合併して、経営を統合するらしい。

 このグループに入るようになったきっかけは、元々、人手不足の業界だったので、今回の改善政策が致命傷になったようだ。


 ロボットの従業員をさらに増やし、さらに動物の王国の従業員も配属する。

 僻地へきちにある小さな介護施設は、大型の介護施設と『どこだってドア』で繋いでしまい、合理的に運営を行えるようにするらしい。


 この合併で効率よく運営できるようになったので、従業員の夜勤が激減して、負担も相当減るらしい。

 記事には従業員のインタビューが、動画付きで載っていたので、それを見てみると、終始、笑顔で質問に答えていた。


 今回の改善政策は経営者にとっては辛いかもしれないが、一般の社員にとっては幸いなのかもしれない。



「おっ、これ、面白い事になってるぜ」


 そういってヤン太が新しい記事を見せてくれる。


 そこには、全国的な居酒屋チェーン店『ヲタミ』の会長が宇宙人から警告を受けている、という記事だった。


 ジミ子が要点をまとめて読み上げる。


「ええと、この会社、従業員のほとんどを管理職として、残業代を払わず、こき使っていたらしいわ。

 従業員数2800名のうち、2割以上が、裁量権さいりょうけんの無い、名ばかり管理職みたい。監視している宇宙人から警告が行ってるわね」


「その続きを読んで見ろよ、面白いぜ」


 ヤン太がニヤつきながら、記事の先を指さす。

 ジミ子が引き続き、この記事を読み上げる。


「……この会社の会長、宇宙人から警告を貰っているにもかかわらず、それを聞き入れないらしいわ。

 会長の主張によると、『彼らは立派な管理職です。自ら喜んで、率先して働いてるだけ』ですって」


「こりゃ、就労者として刑務所送りかもな」


 ヤン太が大笑いしながら言った。


 従業員が一日あたり8時間を超える残業をすると、経営者は、超えた時間の分だけ刑務所で就労しなければならない。

 普通の経営者は、刑務所には入りたくないので、こんな事態は避けるのだが、この会社の会長は考え方がおかしい。

 この会長は、もしかしたら、本当に刑務所に入る事になるかもしれない。



「刑務所には、どのくらい入るのかな?」


 ミサキのが疑問をもったようだ。その質問に、僕が答える。


「ええと、2割以上だけど、ここは2割としよう。この会社の残業時間の平均は……」


 ちょっとネットを調べてみると、変な数字が上がってくる。


「月に平均42時間の残業 最大200時間の残業があるらしい」


「残業が200時間って、どうやればそんな数字がでるんだ?」


 キングがデタラメな数字に興味を持った。僕が軽く計算をしてみる。


「ええと、月に20日ぐらい出勤して、8時間労働だったから。残業なしで月に160時間か。ここに200を足すと360時間。休みなしで月に30日を働いたとしても、一日あたり12時間か……」


 続いてキングが地図で店舗情報を見ながら言う。


「隣駅にある『ヲタミ』の営業時間が、11時から夜の24時までか、店が開いてる時間は13時間、その勤務時間だと、ほとんど店の中に居るな……」


 たしかにその通りだ。月に30日とすると、全ての営業時間は390時間しかない。


 ここで僕は一つ忘れていた。昼休みは勤務時間から外れるはずだ。

 30日出勤として、昼休みの1時間休憩をいれると、360時間+30時間で、ちょうど390時間になる。全ての営業時間と一致したが、これは偶然の一致だろうか? まさか……


 話しが脱線しかけたので、話しを戻す。


「ええと、ちょっと異常だけど、話しを戻そう。管理職の人数は、およそ560人。平均残業時間42時間。素直に掛けあわせると、一ヶ月で23520時間か……」


「刑務所での労働も、今回の改善政策で6時間になるんだろ?」


 ヤン太の質問にキングが答える。


「もちろん。就労時間の23520時間を消化しようとすると3920日も働かなきゃならないぜ。

 それに、刑務所は土日が休みだから、就労できる日は年に260日くらいらしい。

 3920日の就労を終えて出てくるまでに15年くらい掛かるだろう」


「うへぇ」


 膨大な年月に、ミサキが思わず舌をだす。



 ここで僕はひとつ疑問が浮かんだ。


「まあ、そんな事にはならないと思うけど、宇宙人に指摘されても経営権を手放さず、今のままの状態で営業を続けたらどうなるのかな?」


「それが、従業員から直にうったえられない限り、営業を続けられるらしいわ」


 ジミ子が記事を読みながら説明をする。


「本当に?」


 ミサキが驚きの声を上げる。


「営業を続けて、不法な残業が積み重なると、その分、就労期間は延びるよね?」


 僕がそう言うと、ジミ子が答える。


「そうでしょうね。刑期は延びていくと思うわ」


「ま、まあ、それなら早く訴えられて、経営者を首になった方が良いかもね」


 ミサキが苦い顔をしながら答える。すると、不吉ふきつな事をキングが言った。


「ここの社員、ちょっとマインドコントロールに近い教育を受けているらしいぜ。マインドコントロールが解けるには、かかった時間と同じ時間が必要だと言われてる。

 ここの会社で管理職になるには、2~3年は働かないといけないらしい。それはつまり……」


「……まあ、そうなったら、さすがに経営権を手放すんじゃないか?」


 ヤン太は楽観的な意見を言ったが、この予測は後に外れる事となった。

 この後も『ヲタミ』の会長は、営業方針を変えることなく会長職に留まり、着々と就労期間を延ばす事となる。

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