派遣現場からの声 2
一件目の面接が終わり、一息つく。
1人目に面接をしたミチコさんは、上手く行っているようだった。
これから行なう2人目と3人目の人も問題が無ければいいのだけど……
「デハ、次の面接場所に向いマス」
ロボットの案内で、僕らは『どこだってドア』を潜る。
ドアを潜ると、体育館より大きなホールのような場所に出た。
ピカピカの床に、やたらと高い天井。
広いホールの壁際には、レストランとお土産があり、中央には大きな電光掲示板が吊り下げられている。
電光掲示板には時刻が表示された発車標があった。
初めは大きなターミナル駅かとも思ったが、電光掲示板には航空会社の名前が書いてあるので、ここは空港だろう。
新しくて立派な施設だが、
案内役のロボットは、全員そろっている事を確認すると、ゆっくりと歩き出す。
受付窓口で空港の職員に声を掛け、手続きを済ませると、再び移動を開始した。
スタッフ専用の扉をくぐり抜け、ロボットは歩きながら、次の人物について説明を開始した。
「次の面接の人物は、スエマツさまデス。人に進化する前は犬でした。現在は、この
扉をいくつか通り過ぎて行くと、小さな会議室へとたどり着いた。
僕たちは椅子に座り、スエマツさんが来るまで待機をする。
5分ほど待つと、扉をノックして、若い人物がやって来た。髪がかなり短いので、元男性だろう。新しい警備員の制服を、ビシッと着こなして格好いい。
スエマツさんは帽子を脱ぐと、僕らに深々と頭をさげ、挨拶をする。
「本日はおいでいただき、
必要以上に丁寧な挨拶に、慌てて僕らも返事を返す。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。
本日はお忙しい中、ありがとうございます。
今日は、気軽にお話を聞ければと思っています。気になっている点や、不満な点などあれば、何でも言って下さい」
「私は不満な点などひとつたりとてございません。働かさせて頂けて居るだけで、幸せでございます」
あまりに真面目な対応に、ヤン太がちょっと
「俺たちバイトの面接官だぜ、もっと気楽に話そうぜ」
ヤン太の言葉をきいて、スエマツさんの表情が少し緩む。
そこを僕が畳み掛けた。
「そうです、僕たちは何の権限もないバイトですので、軽い気持ちで会社の悪口でも何でも言って下さい」
するとスエマツさんは、神妙な面持ちでこう言う。
「
その質問に、ミサキがフレンドリーな態度で返事をかえす。
「まったくありませんよ、友達感覚でお話しをしましょうよ」
「あ、はいじゃあこれから素で話すわ」
ミサキにそそのかされて、スエマツさんは、いきなりタメ口になった。
まあ、向こうの方が年上なので、あたりまえと言えばあたりまえだが。変わり身が早い。
僕らはあまり気にしないが、社会人としては、ちょっと砕けすぎの気もする。
スエマツさんの本音が聞けるようになり、僕は初めから仕切り直す。
「では改めて、なにか不満な点はありますか?」
「あるある、いくつもあるぜ」
先ほどとは打って変わって、不満をぶつけてきた。
僕は詳しく話しを聞く。
「どんな点が不満です、一つ一つ、詳しく教えて下さい」
すると、スエマツさんは軽く眉間にシワを寄せながら話し出した。
「まずは会長が勝手に俺の派遣先をきめたことだ。
その理由が『犬と言えばおまわりさん、公務員に派遣は難しいけど、警備員の派遣の依頼は取ってきたわ。どちらも似たようなもんでしょ』と、強引に決められたからな!」
……ああ、姉ちゃんだったら、そう言うだろう。
たしかに警察も警備員も、両方とも似たような制服ではあるけど……
「警備員は嫌なんですか?」
ミサキの質問に、スエマツさんは素直に答える。
「警備員がダメって訳じゃない。ただ、警官と警備員だったら、絶対に警官の方が格好いいだろ?
警官だったら、犯人を追い詰めるため走り回ったり、取り押さえるため決死の格闘したり、時には銃撃戦をしたり、カーチェースだってしたりするんだぜ。それに引き換え警備員は地味すぎる」
スエマツさんは両手を振り回し、銃を構えるアクションをする。
……ドラマの見過ぎじゃないだろうか。
ほとんどの警察官はそんなことは体験はしないで、なにごともなく定年退職を迎えるだろう。
まあ、この人は人間になって間もないので、世間知らずなのはしょうがないのかもしれないが……
僕はあきれていると、キングがこんな質問をした。
「空港でも事件は起こるんじゃないか? 少なくとも派出所に務めてる警官よりは、犯罪の遭遇確率が高そうだぜ」
スエマツさんへのフォローとも取れる発言だったが、そうはいかなかった。
「俺、元が犬だから鼻が良いんだ。麻薬探査の訓練とか受けてるんだけど、実際に持ち込むヤツはいなくてさ。
こう、大麻とか、ドカーンと大量に持ってきてくれないかな。
目立ちたい気持ちは分からなくはないが、警備員としては極めて不適切な発言をする。
あきれるキングを横に、ジミ子が別の質問をする。
「ほかにも不満があるの?」
「ひとつ、大きな不満があるな」
「それは何?」
「いいか、よく聞いてくれ。実は…… 暇すぎるんだ」
「それって忙しいより良いんじゃない?」
ジミ子の意見にスエマツさんは険しい表情で否定をする。
「この空港は地方の弱小空港で、一日で10便以下しか飛行機が来ない。ピーク時を過ぎると、2時間や3時間以上、飛行機が来ないんだ。
誰も居ない場所を何時間も警備するのは、なかなか
「……まあ、そうね。それはキツいかも」
ジミ子も少し納得する。
この後も細かい愚痴が続いたが、どれも大した事はなかった。
「自販機の品揃えが悪い」「レストランのラーメンは細麺で、太麺の方があのスープにあう」「カレーのトッピングにラッキョウを入れるな、臭い、鼻が曲がる」など、どうでも良い事だった。
途中で「警備員にも拳銃を持たせるべき!」みたいな主張もしたけど、それは聞き流しておいた。
全ての意見を聞き終わると、僕がまとめに入る。
「じゃあ、この職場を変わりたいって報告をすれば良いですか?」
僕がそういうと、スエマツさんは首を横に振って否定をする。
「待ってくれ。よく考えたら、俺はこの職場は好きだわ。
何だかんだで同僚と仲も良いし、動物出身だからちょっとだけ注目されるし、意外と子供達にも人気があるんだぜ」
「じゃあ、この職場は継続する形で良いんですね?」
「そうだな、続けて行きたい。
今まで不満に思っていた事も、こうして吐き出すと楽になったわ。これからも、ちょくちょく話しを聞きに来てくれ」
「わかりました。それではお仕事をがんばって下さい」
スッキリした笑顔を浮かべるスエマツさんと挨拶を交わし、僕らは別れた。
スエマツさんは誰も居ないホールに戻り、辺りを警戒する。
ただ立っているだけの楽な仕事に見えても、意外とストレスをため込むようだ。
僕らは話しを聞いただけだが、少しだけ人の役に立てたような気がした。
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