第五十九話 重圧

アニカが僕の後ろにいて、何をしようとしているのか、分かった。

それなら、僕はこうするまでだ!

人形が僕に剣を振り下ろすタイミングで、避けるのでも、短剣で受けるのでもなく、僕は人形に突っ込んでいった。

人形もここで突っ込んで来るとは予想していなかったようで、あっさりと人形の木でできたボディー部分に顔から当たる。

鼻を打った。


人形は一度空振りをするけど、異様な角度で腕の関節が曲がり、僕の背中を刺してくる。

流石に至近距離だと上手く刺せないようだ。

僕を引き剥がしに掛かってくる。

そうはさせない。


「ズワールテクラハトゥの枷」


人形を僕ごと上から見えない手で押さえつける。


「アールデの壁」


人形の後ろを囲むように三方に土の壁を作る。

これで、動きを制限できた。

でも、人形の力も強いからそんなにこれも持たない。


「アニカ!今だ!僕ごと刺せ!」


アニカが後ろから近付いてくる。

後ろには僕のギベオンソードが転がっていた筈。

あれなら僕ごと人形にも刺さる筈だ!

さあ、一気に来るんだ!


ザクッ


ギベオンソードが刺さる。

痛、、、くない、、、。

斬れ味が良すぎると痛みが無いって本当なんだな。

ん?

刺さってない?


人形の動きが止まったから離れてみる。

おお、本当に僕には刺さってないぞ。

ギベオンソードは僕の頭上スレスレを通過して人形の喉元に刺さっていた。


「これトテモ重かったデス。リーカさんが一緒で良かったデス」

「えへへ。間に合って良かったデス。あ、うつっちゃった」


そうか、ギベオンソードはめちゃくちゃ重い剣だった。

2人で持ち上げてくれたんだ。


「よく上まで剣が上がったね。でも、僕ごと刺してって言ったのに」

「そんな事できマセンヨ!大好きな人なんデスから!」

「おぅ。はっきり言いますね。えっと、それじゃあ、私も、リーンハルト君のこと、、、、えっと、大、大」


無理して言わなくていいと思うよ。

周りみんな注目してるし。


緩い空気になってホッとしたその瞬間、人形の腕が上がる。


「まだ、生きてる!」


2人の腕を掴んで後ろに下がる。

人形は攻撃してくるかとも思ったけど、喉に刺さったギベオンソードを抜くとガランガランと下に落とす。

人形の喉には剣の形にポッカリと穴が空いて向こうの景色が見えている。


グリングリンと首が動いたかと思うと、カタタタタと小刻みに震える。

笑っているのか?


人形はすっと体を小さく丸めると、次の一瞬、バネのように跳ね上がって近くの建物の屋根に飛びのってしまう。

一度、僕の方を見てから、人形は音もなく屋根沿いを走り去ってしまった。


あれでまだあんなに動けるのかよ。

それでもあそこで引いてくれるくらいには、ダメージは与えられたと思っておこう。


「アニカ、リーカ、ありがとう。助かったよ。危な、、、かった、、よ」




目を開けると、そこはアニカの顔だった。

なんだこの夢は。

夢に見るなんて実は僕もアニカの事が気になっていたのだろうか。

しかし、嫌にリアルな夢だ。

なんといっても、周りから黒いマナが僕に突き刺さってくる感じが、妙にリアルだ。


ああ、違った、夢じゃなくて現実だ、これ。

アニカに膝枕をしてもらっていて、その隣でフィアが黒マナをグサグサ僕に向けて放ってるんだ。

フィアは何をしたいんだ?

楽しいのかな?それ。


「えっと、おはよう」

「あ、起きた。良かった〜。さっきのが効いたみたいね」

「良かったですぅ」

「無事ならいいのだけど、、、、いつまでそこにいるつもりかしら」


居心地が良過ぎてこのままずっとアニカに膝枕をしてもらいたかったけど、フィア以外からも黒マナが出てきそうな雰囲気だったので、渋々起き上がる。


「あ、そうか、あの後、僕は気絶しちゃったのか。アニカが運んでくれたの?」

「ハイ!リーカさんと一緒におぶってきました」

「ありがとう。あの人形はあれから出てきていないよね」

「大丈夫です!でも、あの人形は何だったんでしょうね。リーンハルト君より強そうでした」


そうだ。あの人形は明らかに僕より強かった。

レベル9、いや、10はあったんだろうか。

そんな人間、この国のトップでもそうそういないんじゃ無いのか?

あ、人間って言うより精霊なのか。


「アニカ、精霊ってあんなに強いのか?国王レベルだったぞ?」

「ソーデスネ。精霊は普通の人族より強いデスけど、あれだけ強いのはあまりいないと思いマスヨ」

「人形族のアバターだったから、強かったと言うことはないの?」

「人形族は大人しい種族デス。丸一日動かなかった日なんてザラにあるらしいデスヨ」


それは大人しいというのではなくて、動くのが面倒なだけじゃ。


「まあ、とにかくあの人形が次に現れたら今度は速攻で逃げよう。今のままじゃ勝てそうにない」

「ご主人が勝てない相手なんて、化け物よね」

「はあ、もう、私が居ない時に話がドンドン進むから追いつけないんだけど」

「あ、レティおかえり」

「おかえり、じゃ無いわよ!また新しい女の子が増えて、その子と出かけていたら、人形にボコボコにされて帰って来た、とか、私胃に穴があきそう、、、。ああ、それでもリンくんの事放っておけない。私、ダメな女になっていくなぁ」

「あの、レティはダメって事はないんじゃないかな?」

「そ、そうですよ!レティシアさん!なんかこう、リーンハルトくんが落ち着ける場所とかそんな人ですってレティシアさんは!」

「ああ、うん。お母さん的な?そうよね、、、、」

「ちょっと、リーカ!レティが余計落ち込んじゃったじゃないか!」

「ふええぇ。すみません!そんなつもりじゃ、、、」

「平気デスヨ!わたしこの中で多分最年長デスから!わたしがお母サマデス」


普段、僕の事をお兄サマ呼びしてるから説得力ないよ。

僕の傷はレティが回復魔法を掛けてくれたお陰ですっかり治っていた。

流石に脱力感は残るけど、人形の剣でグサグサ刺された傷はもう残っていなかった。

本当にレティには感謝だな。本当に。


「それで?その騒動でアニカの家は見つけるどころではなかったのね」

「ああ、そうだね。また明日見つけてくるよ」

「何言ってるデスカ!もう家は探さなくていいデスヨ!」

「いや、そりゃあんな事が有ったんだから、怖かったんだろうけど」

「違いマス!もうわたしはあの戦いでお兄サマと共にシセンを潜り抜けマシタ!だから、もうメイジツ共にわたしは家族デスヨネ!」


ああ、そうか、人形と死にそうになるような戦いを一緒にしたもんな。

アニカとはもう会う事もなくなると思っていたけど、フィアの出した条件はクリアしちゃったな。

フィアをチラッと見ると、ああ、無表情だ。

これ、怒ってるなぁ。


「そうね…………。くっ、仕方ないわね。この家に居る資格は得たようだし………。何故みんなわたしに同意を求めるのかしら。見ないで欲しいのだけど………。ふぅ、アニカ。ようこそ。家族として歓迎するわ」


何となく、ここに住み着いた人は、僕の所に集まって来たと言うより、保護を求めて逃げ込んで来た人ばかりな気がする。

あれ?ここって、もしかして、そういう迷っている人を救う保護団体的な何かになってる?

そうじゃないよね。

みんな僕の事を慕って集まって来ているんだよね。

僕が自惚れているだけなのか?



翌朝、学園に登校する。

この家で学園組は僕とリーカだけになる。

アニカは学園から来たけど、生徒でも無いし、ダミーさんでも無くなったのでもう学園には行かない。


「それじゃあ、いってきます」

「みなさん、いってきま〜す」


リーカは皆さんと言うけど、玄関にはラナとアニカしかいない。

レティはもうギルドに出勤しているし、マルモとブロンはまだ夢の中だ。

フィアはいつものように見送りはしてくれない。


「いってら」

「いってラッシャー」


ラナは眠そうだな、寝てていいのに。

ラナ曰く、送り迎えは正室の務めなんだとか。

どう言う意味かはよく分からなかった。


「うふふ、私、この登下校が一番好きなんです!」

「え?そうなの、面白いの?これ」

「はいぃ!だって1日の中で唯一リーンハルトくんと二人きりになれる時間なんですもの!」


そういう事を言われると、ちょっと自惚れがこじれるじゃないかよ。

男女二人きりで登下校か。

少しドキドキする。


「手、、、繋いじゃったりします?」

「え?う、うん、そうかな?どうかな?」

「ふふ、何それ。変な返事」


何だこれ。僕は今日爆発でもするのか?

手くらいならいいよね。いいかな?

そっと手を伸ばすとリーカからも手が出てくる。

あとちょっと。


「おう、リーンハルト。おはよう。あれ?クルルさんも一緒?何だよ。やっぱりお前らそういう仲なんじゃないか」

「うおおおはよう!ロルフ!今日もいい天気だね!」

「そうか?どんより曇ってるがな」

「それと、僕とリーカはロルフの思っている間柄じゃないって言ってるだろう?なあ、リーカ」

「あ、そうですね。人には言えない間柄ですもんね」


うごおお!変な言い方しないでよ!

誤解じゃないから余計タチ悪いし!

クラスメイトを奴隷にしてるなんてバレる訳にはいかない。


「そういえばさ。クルルさんのそのほっぺたの焼印って、確かどれい」

「わあああ、ロルフ!宿題やって来た?僕はやって来てないんだ!」

「え?そ、そうか、その割には余裕だな。いいのか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。ロルフが見せてくれるから」

「そんな約束した覚えないぞ?」


危なかったぁ。そうだよ、頬の焼印は知る人が見れば奴隷の証しと分かるし、よく見れば僕の名前と2番目の奴隷という事が小さくだけどしっかりと焼印に書かれている。

ここから僕とリーカの関係がバレるのは時間の問題だ。

何とかしないと。


「リーカ、ちょっといい?」


リーカの頬に指で触れる。


「ふぇっ、こ、こんな所で、大胆過ぎです〜」

「何言ってるの?ちょっとジッとしててね、認識阻害」


以前作った認識阻害スキルをリーカの頬にある焼印だけに効果が現れるように掛けた。

これで、普段はリーカは認識できても頬の焼印は気にならなくなる筈だ。


「なあ、やっぱり朝からイチャイチャしてるじゃないかよ」

「違っ、これは、、、なんというか、、、」

「ぽっ」


焼印がバレるよりはイチャイチャしてると思われた方がまだいいか。

もっと早く気付いていたらなぁ。




教室に入ると、何やら騒がしかった。


「だから、ごめんなさいって言いましたでしょう?」

(謝って欲しいんじゃない。取りに行って来てっていってるんだ)


フリーデとクリスが睨み合っている。

相変わらず、他の人が周りにいるとクリスは声が小さい。


「おはよう。どうしたの?あの2人」


近くにいたベルシュに聞いてみる。


「あ、リン様。おはようございます。どうやら王女殿下が王子殿下の宿題を昨日借りて書き写していたみたいなんですけど、それを今日ご自宅に忘れて来てしまったらしいんです」


ああ、それであの状況なんだ。

フリーデが悪いけど、今から取りに行かせるのはきつくないか?


「もう授業が始まります。今から取りには行けませんわ」

(な、なん、何だよ。自分だって宿題が出せないんだぞ。それでもいいのかよ)

「ふぅ。昨日書き写した事は頭に入っていますから、今それを書き出します。それをクリスにも渡しますから、それを写せばいいでしょう?」

(何で!何で僕が写さなきゃいけないんだよ!)

「時間がありませんから、仕方ないでしょう?」

「くっ、いつもそうだ!姉さんは、、、エルフリーデはいつも僕より何でも出来るのに、普段は何もしないで怠けている!それなのに、僕に迷惑を掛けておきながら、最後は僕より上に立っているんだ!」


おお、クリスがこんなに見られてるのに珍しく大声で抗議してる。

フリーデといつも比較されてるから、何でも出来る筈の姉が怠けているのが許せない、、、いや、悔しいだけかな。

クリスも姉ほどではなくても、出来る方なんだから、もっと自信を持っていいと思うんだけどな。


「はいはいー。授業を始めるわよ〜。そこ騒がしいわよ、って王女殿下?!あ、すみません。どうぞごゆっくり」

「ほら!こんな時も僕じゃなくて姉さんだ!僕は気を使ってさえ、して貰えない!」


それは今の話とは関係ないんだけど、クリスにとっては同じ問題なのかな。

王位の継承がプレッシャーになってるんだろう。

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