第四十二話 シャッハ
時間ギリギリまでメンバーに作戦を伝えて、気をつけて欲しい点を何度も話した。
「これで本当に勝てるの?えっと、フォルトナー君」
「まあ、子供達同士だからね。何が起きるか未知数な所があるから絶対とは言えないかな。ええっと、ト、トイフェルさん」
「キミが一番子供よね」
名前、覚えられるか心配だ。
一気に4人だもんな。
今、話してくれたのが、自己紹介を一番最初にしていた、ティアナ・トイフェルさん。
名前を訂正されなかったから合っている筈。
「ナイトと言っても、騎士も貴族ですからね。わたくしは不満ではありませんよ」
「これはゲームだから地位とか気にしない方がいいと思うよ。バウムガルトさん」
この人がリーゼロッテ・バウムガルトさん。貴族らしい。
「面白いと思うよ。それにこのゲームの本当の意味を理解すると、この役とかルールもなるほどと思うな。だからこそのこの作戦だろうし」
「わ、私はリン様を守る騎士ですから!いざとなったらリン様に覆い被さって守りますからね」
「ロルフ君は賛同してくれてありがとう。そして、ミューエさんは様はやめて。そして、大声で役を叫ばないで」
男子仲間のロルフ・バルマーくん。
ベルシュ・ミューエさんは、今頃クエストの最中と思われるウチの次女の顔が浮かぶので、派手な発言は控えて欲しい。
試合は2チームずつ同時に行われる。
競技室というシャッハ専用の部屋が用意されていて、それぞれ別の入り口からチームに別れて入室する。
僕達チームDはユーリアさんがいるチームCと対戦する。
「第2競技室 D2出入口」という扉から部屋に入る。
こちらはD1からD5まで、チームC側はC1からC5までの入り口の中から選ぶ事で部屋のどこからスタートするのかをを敵チームに知られないようにするらしい。
「部屋の中がどんな感じか探りながらになると思うけど、さっき話した陣形で、それぞれの「役割り」を気にしながら行こう」
競技室の中は思っていたより広い、けど、狭かった。
何を言ってるんだろう。
でも、その通りだった。
敷地としては、前にノルド軍から取り返したザールブルク砦くらいの広さがある。
だけど、中は壁だらけで、まるで迷路のようになっている。
道は何人も並んで歩ける幅はあったけど、少し進むと直ぐに壁に当たり見通せる場所がほとんど無かった。
「これなら作戦通りに行けるだろう。敵に遭遇するまでは、陣形を保ちつつ進もう」
前衛に僕とティアナさん。
真ん中にロルフくんが居て、後方には貴族組のベルシュさんとリーゼロッテさんだ。
早く家名じゃなくて、名前で呼びたい。
何故なら家名は覚えにくいからね。
「結構これ、怖いね」
「その割には楽しそうだよ?」
「えへへ。家が狩猟をやってる家庭で、こういうのは親に連れらてよく行ったんだ。チームCを全員狩ってやる!なんちゃって」
ティアナさんは見た目に反して、なかなかワイルドな方らしい。
最初は貴族のお嬢様なのかと感じていた。
そして、ベルシュさんの方が何となく平民かと思ってた。
十字路になっている辺りに差し掛かった時に、右の壁から人影が出てくる。
「会敵!みんな退がれ!」
敵なのかを判断せず、そう声を掛ける。
判断は退避後にすれば良い。
みんなも僕の警告にちゃんと反応して、数歩分バックステップで退がる。
現れたのはやっぱりチームCだった。
まあ、ここにはそれ以外はいないんだから当たり前か。
相手もこちらに気づき体制を整える。
4人しかいない。1人は別行動か。
ロルフくんを後ろに隠して、前衛の僕とティアナさんが立ちふさがる。
敵は当然ロルフくんを狙ってくる。
マナ弾は誰が撃っても、見てから動き始めても避けられる程遅い為、いくら撃ち合っても当たる事はない。
だから、別行動の一人が奇襲をかけて来る筈だ。
そっちは後衛の貴族二人に任せた。
「あ、危ない!よし、私が当たりました!防ぎました!」
ベルシュさんがロルフくんに当たりそうだった弾を自分の腕に当てる事で防御した。
敵側の別行動をしていた人が、後ろに回り込んで狙ったらしい。
敵はヒットアンドアウェイで直ぐにその場所は離脱したようだ。
よし、そろそろこのくらいでいいかな?
前から撃ってくる4人分の弾は今まで全て避けていた。
当然、こちらからも迎撃しているけど、やはり全て避けられている。
ここで、いきなり動きを変える。
敵前方からの4つの弾全てを僕から当たりに行く。
着弾まで時間差はあるから、シャッハのウィンドウは出したままで、どの人の弾がポイントにどう変化させたか、というのをよく見ておく。
マナ弾1発目、右手前の男子だ。
跳ね返った。
次、2発目、一番左、雷野郎の弾。
1ポイント減った。あいつがキングだ。
3発目、真ん中、女子。
跳ね返った。ナイト確定!
4発目、ユーリアさん。
1ポイント回復した!
ユーリアさんがクイーンだ!
それに弾の軌道をよく見るとロルフくんには当たらないようなコースになっていた。
そして、最初の男子がナイトなのが判明して、別行動の人は当然ナイトだ。
よし、これで敵全員の役が判明したぞ。
「左端の男子がキングだ!一斉に撃て!その隣の女子はクイーンだから当てるな!」
「な、何!何でバレてる?」
「あいつさっきわざとあたりに行ってなかったか?」
僕の役はクイーンだ。
クイーンなら全員の弾に当たってもキングからの弾しか減らされない。しかも、クイーンの弾も受ければタイミングが良ければ、元の2ポイントに回復できる。
それに、ポイントが減ればその相手がキングと判別できるし、回復すれば相手がクイーンとわかる。
クイーンの弾は敵にも有効なのだ。
説明では味方に当てるとは言っておらず、ただ当てれば回復するとしか言っていない。
このゲームの肝は敵の役をどちらが早く見破るかに掛かっている。
ナイトがクイーンに当ててしまうとポイントが減ってしまうし、キング以外を全て倒すにはキングがクイーンに2回当てないといけない。
つまりキングを倒すのが一番早いのだけど、それにはクイーンが分からないと危なくて攻撃などできない。
何度も当てていけば、段々と分かってくるだろうけど、今回は僕が一気に当たりに行く事で、全員の役を見破ったのだ。
クイーンには当てないように、キングにだけ狙えば回復されても追いつかない。
後ろからロルフくんを狙って撃たれるけど、そんなのに構わず雷野郎に集中砲火だ。
ロルフくんはキングでも何でもないから問題ない。
実はキング役は隣で前衛をやっているティアナさんだ。
このメンバーならロルフくんがキングで当然、というみんなの認識も利用して、中心にロルフくんを配置してみんなで守れば必ずロルフくんがキングだと思い込むだろう。
つまり、ロルフくんは偽キングだ。
雷野郎が弾の雨を避け、ユーリアさんが回復をしても、4人からのまとまった弾は全ては避けられず、回復も追い付かずに0ポイントになった。
僕は後ろから撃たれているロルフくんの前に立ち、回復していればいいだけだった。
やっぱり僕はトドメを刺さず、主人公を助ける役割りで良いんだ。
また一歩大賢者様に近づいた気がする。
全員一番近い扉から部屋の外に出る。
シャッハのウィンドウを見ると状態には「勝利」と表示されていた。
「上手くいったわね!私キングなのに一番前でドキドキしたわよ」
「まあ、そんな訳ないと思わせるのが目的だからね。避けて当然という弾だから出来るやり方だけど」
敵チームもこちらに近づいてくる。
「チームDは何故あんなやり方をしたんだ?というより何故役がバレたんだ?」
雷野郎がリーゼロッテさんに問い詰める。
「さあ?わたくしはリーダーの作戦に従ったまでですわ」
「君がリーダーでは無いのか?」
「貴族と平民を区別しないのが流儀だったのでは?」
「いや………そうだな。すまない。では、誰がリーダーだったんだ?」
リーダーなんて決めてないよ?
リーゼロッテさんは何でそんな事を言ったんだ?
「リーンハルトさん。貴方の立案した作戦のお陰で勝つ事が出来ました。ありがとうございます」
「そうです!リン様のお陰です!」
「この、口だけでここに居るコイツがリーダーなのか?」
口だけなのは自己紹介をちょっと間違えただけだって。
スキルをあまり検討せず、いきなり使うのは危険だって言うのを学べたから良い経験だったけど。
「フォルトナー氏は口だけのお人ではありません!王女の為にいつも粉骨砕身動き回ってくれています!」
ユーリアさん………。
今までで一番距離感のある呼び方………。
国王でさえ、名前の呼び捨てなのに。
王女しか目に入っていないのは分かってるけど、ちょっと悔しい。
でも、僕を庇ってくれたのはちょっと嬉しい。
「それなら、お前!どういう事をして役を見破ったか教えろ。そして、何故自分のチームのキングを放って後衛も攻撃に加えた。あれではキングを危険に晒していただけではないか」
あれ?まだキングが別の人だったって気付いてない?
役を見破ったのもあれだけ派手にマナを弾いたんだから、そこから分からないものかな?
まあ、いいや、ここは優位を担保しておこう。
「まだこのチーム分けで戦うんだから、作戦は秘密だよ。ヒントはたくさんあったんだから、人にすぐ聞くんじゃなくて、自分で考えてみるのがいいと思うよ」
「な、何を!平民の分際で偉そうな口を利くな!素直に聞かれた事に答えるんだ!」
なんだよ。結局こいつも身分で判断してるじゃないか。
テオ隊長みたいと思ってたけど、全然反対だったな。
関わりたくない度はどちらも同じくらいだけど。
「ちょっと!平民が偉そうにして何が悪いのよ!貴族は平民の税で暮らしてるのよ!だったら偉そうにしたっていいじゃないの!」
ティアナさんは庇ってくれるのは良いけど、ちょっと論点がずれちゃってるかな。
それと、僕がきっかけで言い争いになりそうなのは、悪い気がするしなんとかしないとだ。
「分かったよ、教えるから、そんなに大した事をしていた訳じゃないしね。だからティアナももう大丈夫だから」
「あ、、、、はい。どうも」
ああああ!しまった!焦って思わず名前で呼んじゃった!
ダメだー!すっごい引かれてるよ!
急に黙って俯いちゃったよ!
もっと慎重にいくべきだったのに!
いやまだ大丈夫、焦るな。他のメンバーの事も自然な感じで名前を呼び捨てにすれば何とか!
出来るの?そんなこと?!
「リ、リーゼロッテもそれで良いかな?ベルシュも」
頑張った!僕はやってやったよ!
これでどうだ!
「え、ええ、よ、よろしくてよ?」
「は、鼻血が出そう」
一人は問題なさそう、、、でも無いけど、それは別の方向性だから今はいい!
リーゼロッテさんの反応はよくわかんない。
それでも、これでティアナさんを名前で呼んだ事は薄まった筈!
「平民というのはやはり野蛮で、下品だな。会って日も立たぬ内に女性の名を呼び捨てで呼ぶとは。見ろ!この女性達は怯えてしまっているではないか!」
ごめんなさい、ごめんなさい!
ティアナだけで終わらせれば良かったのかもしれない。
それに、呼び方間違えちゃった、とか言えば良いだけだったんだよ!
変に繕おうとするから間違えるんだ。
「どうされました?リーンハルト。何かお困りですか?」
「ああ、フリーデ。大丈夫。何でもないよ」
フリーデとクリスが現れると、何故か急に一歩引いて頭を下げている。
「構いません。ここは学校ですし、わたくしも一学生です。礼などはお友達にするのと同じで良いのです」
「「「はっ」」」
何だこれ。
これじゃあまるでフリーデが偉い人のようじゃないか、って偉かったよ。
でも、みんなここまで畏まるものなの?
国王でも無いし、クラスメイトだよ?
「フリーデは試合どうだったの?クリスとリーカが相手だったんでしょ?」
「おい!お前!王女殿下になんて口の利き方をするんだ!不敬だぞ!」
「え?!あれ?フリーデ、そうなの?」
「そんな筈ないでしょう?わたくしとリーンハルトはもうお友達なのですから。お友達はお友達同士の会話の仕方があるのですよ?」
周りのざわつきが一層大きくなる。
「し、しかし、殿下を愛称で呼ぶなど。それにお前は飛び級なのだから歳下だろう。俺に対する礼儀もなっていないのではないのか?」
「そこの貴方」
「はっ!殿下」
「貴方もわたくしの事をフリーデと呼んでくださいまし。そして、気軽な言葉遣いで話しかけてくださいな」
「え?!いや、そ、そんな畏れ多い。俺、、私には出来かねます」
「それが出来ないのでしたら、わたくしとリーンハルトの友人関係に口を挟まないでいただけませんか?」
「う、うぐっ」
フリーデが僕の事を友人として助けてくれた。
嬉しい。
いつも人付き合いや友達作りに頑張っているのを見ているから、それがこんなに自信を持って友達を助けてくれたのが嬉しい。
しかし、王族と貴族、そして平民との間にある、身分の溝というか、お互いの意識の差が思っているより大きい。
こういった排他的な感覚がエルツ族を迫害する社会を作り上げていったのだろう。
エルツ族が大手を振って街を歩けるようになるには、この身分意識を変える必要があるようだ。
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