第二十六話 ただいま
クロとの会話は金銭的理由から終了してしまった。
それならあの無駄話をやめればいいのにと思ったけど、クロ的には久し振りに人と話す事でテンションが上がってしまうらしい。
今度は数日の間は会話できないみたいだから、その間に入学できる方法が無いかとか、入学出来ないとしても何とかして学校関係者になれないか調べておく事になった。
僕自身は勇者候補の人が勝手に勇者になろうがご自由にと思うんだけど、クロがこれ以上貧乏にならないようにする為にも手伝ってあげるしかないようだ。
クロの支配から解放されたレリアは俯いて動かなくなっている。
「レリア?その、ごめんね。さっきのはクロって言って、一応あれでも女神様らしいんだ。それで、僕の知り合いの身体を借りてああやって話してくるんだけど、レリアもその対象だとは思わなかったよ。勝手に借りちゃって悪かったよ」
「それはいいわ。頭の中にバカっぽい声で説明があったから。それよりもさっきの話は忘れなさい!」
「ええっ?そういう訳にはいかないよ。やると言った以上何とかして学校には行けるようにしないと」
「そんな事はどうでも良いのよ!あの、クロって言う人が言っていた話ができる人の条件よ!こ、好意があるって言うのは貴方が思っているような事ではないのよ!それは分かっていて?」
それってお父様に重ねていると思ってたけど、それは違うって事なのか。
「違うの?」
「ええ。違うわ!勘違いしないで欲しいわ!」
「それは、つまり、僕の事が好きって事なの?」
「何でそうなるのよ!」
「ええええっ?」
砦の中の整備も常駐する兵士達も整い、しばらくはノルドが攻めてきてもここを守りきれるだろうと言う事で、第零部隊と第1、第2部隊はマルネの町に帰還する事になった。
テュルキスの妖精の効果はもう切れているから大丈夫なのかな、とも思ったけどこの砦は対ノルド用に作られていてあちら側からの攻めには強いらしい。
前回は常駐兵士の数を大幅に減らしてしまうと言う失態の所為で占領されてしまったのだそうだ。
この国の人達は本当に大丈夫なのか?
一度、戦い方とか国の守り方とかのお勉強会をみんなでした方がいいと思うよ。
これも僕は母さんから真実の書の一部を受け継いでいるからそう思えるらしいけど、そうするとノルドの人達はそう言う知識とか戦法とかを真実の書から得ていたりするのだろうか。
マルネに戻る馬車はまたお姉さん二人に囲まれてしまうけど、行きよりもみんなと仲良くなれた気がするし、勝って帰るということもあって、和気あいあいとした雰囲気だった。
マルネの町に着いて、さあフィア達の所に帰ろうと思ったけど、団長さんに呼び出されてしまった。
また、別の所に遠征とかだったら本気で怒るつもりだ。
もう十分役割は果たした、あれ?あまり僕は活躍しなかったかも?
よくよく考えたら、みんなに支援系の魔法は掛けたけど、敵は誰も倒してないし、ノルドの隊長さんは逃しちゃったし、何もしてないどころか迷惑掛けちゃってるかもだ!
その事を持ち出されてすぐに別の戦場にまた送り出されるのか!
やだなぁ。みんなの所に帰りたいな。
「リンくん。ご苦労だったな。今回の作戦での事で少し話があってご足労願った」
「は、はい」
やっぱりそうだぁ。
1日でもいいからフィア達に合わせてくれないかな。
ダメか。
「それでな、砦の攻城戦の前に第2部隊の救出作戦があっただろう?その時その功績でカーネリアン勲章と昇段があったと思うのだが、それがな、ちょっと問題になったのだ」
「そうですよね。何もしていない僕がそんな凄い勲章を貰えるはずがないと思っていたんですよ」
「また、君はおかしな事を言いはじめる」
はあああ。と団長さんが溜息を深くつく。
何となく団長さんと会うといつも呆れられているような気がする。
「今回の砦奪還作戦の最大の功労者はリンくん、君だ。団員全員が無事生還し、砦を楽々と取り返し、最後にはノルドの最強騎士と言われたイェフゲニー・アフシャロモフ6段騎士と戦って敗走させたのだ。君が居なければ砦の奪還どころか、団員達が砦に近づく事さえ出来ずに全滅していただろう」
「そうよ、リンくん。私たち第零部隊も貴方の掛けてくれた魔法のお陰で戦場の指揮に集中できたわ」
そうなの?
役に立ったんなら良かったけど、自分の実績としてはあまり感じられないな。
あ、そうか。良く考えたら、今の僕は賢者様のやっていたことに近いかも。
自分では直接功績を挙げていないけど、周りの勇者や英雄の支援を頑張って戦いを有利に進める、裏で支える役だ。
そうだよ!僕はそういう賢者様に憧れてたんじゃないか!
自分で何もしてなかったから落ち込んでたけど、これで良かったんだ!
「急に顔色が良くなったな。さっきまでは死にそうな顔をしていたのに今の間に何があった?アーディ、何もなかったよな?」
「そ、そうですね。でも、元気になったのなら良いことですよね?」
「まあそうだな。ごほん。それでな、その問題なのだが、第2部隊を救出した事よりその後の砦を取り返した事の方が遥かに功績としては大きいから、その前に叙勲する事になったあの勲章では割に合わないとなってしまったのだ」
そういうものなの?
僕にとっては勲章なんて貰えるだけで凄いことだから、割に合うとかあまり気にしないんだけど。
「まあ、それでだ。軍上層部も揉めてな。カーネリアン勲章だけでも異例の叙勲なのだからそれで十分だと言う者もいれば、誰もなし得なかった偉業なのだからそれに見合った褒賞はあって然るべきだと言う者もいた」
「それでね。最終的にもう一つベニトアイト勲章という特別勲章を授ける事になったの」
カーネリアンもそうだけどベニトアイトというのはこの王国や近隣の国々で古くから信仰されている神様の名前だ。
ベニトアイト神というと光と正義の神様だ。
この王国の神様は全てその神様を象徴する宝石が存在する。
ベニトアイトという宝石は青く光るとても美しい宝石だ。
ちなみにカーネリアン神は勝利の神様で、対になる宝石はオレンジがかった鮮やかな赤い石だ。
この辺りの知識も習った記憶はないから事実の書からのものだろう。
そう言えばクロも女神なんだから対になる宝石もあるはずだ。
でも、クロの真の名を忘れたから宝石も分からないや。
ま、いいか。
結局、カーネリアン勲章とベニトアイト勲章の両方とも受勲し、段位も一気に7段騎士になるみたいだ。
そんなに勲章とか高段位とかいらないんだけどな。
断ったらやっぱりダメかな。
「とにかく叙勲式が終わったらその後、退団するとというのでいいですよね。これで貸し借りは無しという事で」
「それは待って欲しい。叙勲してすぐ退団とあっては勲章を渡す国王の顔にも泥を塗る事になる。前線に出ることはもうさせないようにする。今回の功績で俺も騎士団長と兼任して軍上層部の作戦本部付きになった。君もその作戦本部に招き入れて何もしなくても良いようにする」
だから、軍は辞めずに籍を残しておいて欲しいというのが団長達の考えのようだ。
話が違うよね。
でもまあ、役に立たなかった上に戦場には行かないで済むのならお互いの妥協点なのかな。
また叙勲式の日取りが決まったら連絡してくれるという事で、一旦休暇という体で解放された。
騎士団の敷地から出てマルネの町の中に入る。
数日くらいしか経っていないけど、なんだか懐かしい気がする。
平和だな。
命のやり取りをしていた所と2日も掛ければ行けてしまうのに、ここでは穏やかな時間が流れている。
この風景を守れたのか。
どれだけ僕が役立ったか分からないけど、頑張って良かったよ。
レティの部屋にまずは帰ってみるけど、やっぱり誰も居なかった。
まだお昼過ぎだからクエスト中かな。
それなら冒険者ギルドだ。
ギルドのドアをくぐると身体のゴツい人達が大人しくソファに座って順番待ちをしている。
「こんにちは!あらパパのお使いか何かかしら?偉いわね。どんなご用かしら?」
「あ、ええと、お使いとかじゃないんですけど」
「あら、それなら見学とかかしら?いいわ、お姉さんが案内してあげちゃう!」
「い、いえ。そうでもなくてですね」
「ミーちゃん何やってるのよ、ってリンくん!帰ってきてたの?!何よもー!全然連絡もしなくてー!」
「ああ、レティ。助かった」
良かったレティだ。知らない職員のお姉さんに何処かに連れて行かれるところだったよ。
「レティシアさんのお子さん?」
「「違います!」」
レティには休憩を取ってもらってカフェで話をする事にした。
「もう、失礼しちゃうよね!私にリンくんみたいな大きな子がいるわけないじゃない!そ、それに私たちは未来のふ、ふ、ふう、ふう!この紅茶熱いわね!ふう!ふう!」
「いつものレティだね。安心した」
「それにしても、無事で良かったわ!でも連絡が全くなかったのはちょっと怒ってるんだからね!信じてくれてる証拠だってフィアが言ってたから、まあ、いいけど?」
フィアありがとう。連絡手段が無かっただけとは言えないな。
フィアやラナにはしょっちゅう連絡してたし。
その辺はフィア達も内緒にしてるんだろうか。
「ねぇ!手!」
「て?」
「そう!手!握っていい?」
「別にいいけど、どうしたの?」
「リンくんに会えなくてリンくん成分が不足してるのよ!リンくんの着替えとか持ち物じゃもう物足りなくなってきたところなの!だから手を握って補充させて!」
ええええ。
まあ、寂しい思いをさせたって事なのかな。
手くらい幾らでも握るよ。
「はい。どうぞ」
「あ、あれ?いいの?ダメって言われるかと思ったからちょっとびっくり。そうなると逆に緊張してくるわね」
そう言いつつもしっかりと手を握ってくるあたりは流石レティだ。
「うへへへぇ。最近フィア達にリンくんを取られてこういうの出来なかったから嬉しいな」
そうか、レティは散々振り回したのに放ったままにしたりで、悪い事をしたな。
でも、これから学校にも行く事になるから、また離れ離れになっちゃわないか?
まだ、学校に行く手段も見つかっていないけど、レティには一番最初に相談しないといけないと思う。
「あのね、レティ」
「え?な、な、何?真面目な話?」
「うん。今後の僕達の話なんだけど」
「けっ!けけけ!」
「あ、待った!ちょっと違う話だよ!」
「そ、そう。そうよね!まだ早いわよね!」
「う、うんまだ早いかな。それで、話っていうのは、次の季節に僕は学校に通えるようにしないといけないんだ」
「学校。でも、リンくんまだ10歳だよね」
そうなんだよ。
そこも問題なんだよ。
タイミング的には今度の入学試験で受からないと勇者候補と同じ入学になれない。
一年ずれたらその間に勇者候補が写本を見る機会は出てきてしまうだろう。
「今度の試験で受かる方法は無いかな?」
「マルネの民間学校なら多分大丈夫だと思うけど、リンくんの言う学校ってもしかして王立学園の事?」
「そうかな?よく分かってないんだけど、王都にある図書室が塔になっている学校だと思う」
「じゃあそうだね。基本的に王立学園の入学条件は12歳になった者が試験を通過する事だけど、王族なら年齢制限はないわね。後は王族の推薦があれば年齢に関係なく入れるかもしれないけど、普通は推薦なんて貰えないし、実例も無いと思うわよ」
やっぱりそうか。
これ、ずっと手を握ったまま話すのかな。
「それにもし学園に入学できたら、ここからは通えないから王都に住む事になるわね」
「そう、だね。レティにはまた嫌な思いをさせるけど」
「大丈夫よ!別に異動願いなんて幾らでも出せるし、王都の方が暮らしやすいわよ、きっと」
「え?異動って、そんな僕の都合でレティの職場を変えるなんて出来ないよ!」
また振り回してしまうのは嫌だ。
「え?離れて住むなんて嫌よ!寂しくて死んじゃう!今回のだってマルモとブロンと毎日泣いて過ごしたんだから!」
あ、ああ。思っていたよりレティには負担を掛けていたんだ。
何やってるんだ僕は!
家族を守るって言っておいて、大切な人をこんなに悲しませていたなんて!
「ありがとう。レティ。一緒に付いてきてくれる?僕のわがままに付き合ってくれる?」
「え?え?これってプ、プロ」
「まだ!まだかな!それは!もうちょっと、僕が大人になるまでは、まだ早いかな」
「そ、そうよね。毎度ごめんね」
流石に身を固めるには年齢が若すぎて犯罪者になってしまう。レティが。
「ああああ!!何、ご主人と手を繋いでラブラブな雰囲気出してるのー!離れなさいよ!そこ変わりなさいよ!」
「やっぱり私は遊びだったのね」
「わーい!リンお兄ちゃんだあ」
「にいちゃん!にいちゃん!帰ってきたー!僕強くなったよ!」
エルツ族4人組がクエストから帰ってきたみたいだ。
フィアのセリフはちょっと気になるけど、まあ概ね平和で賑やかないつものメンバーが揃って一安心だ。
「ただいま。みんな」
「「「「おかえりなさい」」」」
「あ、私言ってない!言われてない!おかえり!おかえり!」
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